A secret feeling ― 9 ―
空っぽになったバケツや桶、七リーグ靴を洗いながらマイケルはいつもより仲良く見えるハウルとソフィーをちらりと盗み見る。
店先の物ひとつひとつに興味を示し、ハウルはソフィーに尋ねて回りソフィーが答えると、はにかむように笑う。
ハウルさんどうしたんだろう?店の中に真新しいものなんてないのに?新しい甘え方?
ソフィーさんの怒鳴り声が響かないなんて、嬉しいことのはずなのに何だかへんてこな気分だな。
マイケルが「僕もかなりハウルさんに毒されてきちゃった」と苦笑する隣で、<ハウル>が静かに呟く。
「ありがとう・・・ソフィーさん・・・」
ソフィーをまっすぐ見つめ、<ハウル>は真剣な表情を浮かべる。
「・・・行くのね?」
ソフィーも<ハウル>を見上げふわりと微笑む。
「貴女のお陰で、自分の臆病さに気がついた・・・。逃げ出してみたけれど・・・<ソフィー>を失う怖さのほうが臆病者の僕にとって・・・・耐えられそうにないようです・・・」
<ハウル>は心臓に手をあてて鼓動を確かめるように目を瞑る。
「貴女が教えてくれたから・・・心がここにあることを。」
ソフィーはそっと<ハウル>の手に自らの手を重ねて頷く。
「まだまだ、動き出したばっかりだけど。至極厄介なものが、これからこの心臓で暴れだすのよ?」
ソフィーは、今それに手を妬いてるの、と苦笑する。<ハウル>は微笑んで・・・少し悲しそうに呟く。
「<ソフィー>は・・・許してくれるでしょうか?まだ城に・・・居てくれるでしょうか?」
臆病で不正直。どうしようもないハウル。
「・・・・許してくれなくてもいいじゃない。今までの分を埋めるくらい・・・話をしたらいいのよ。泣いて怒って!それが心ある
人間がする普通のことでしょう?それに・・・」
大きな溜め息をつき、ソフィーは情けない表情のハウルを見つめる。
「結局、あたしはそんなあんたが好きで好きで仕方ないんだもの・・・!」
やれやれとばかりにもう一度溜め息をつき、大きく目を見開く<ハウル>の頬に触れ、ソフィーはくすっと笑う。
「大体、ハウルがおとなしく・・・<ソフィー>が出て行くのを見送るはずがないしね?」
「・・・僕は貴女にも酷い態度で・・・あたったのに・・・」
<ハウル>はソフィーの両手を握り締め、指先にそっと口付ける。
ソフィーはあかがね色の髪より頬を赤く染め、くすぐったそうに目を細める。
「ええ、悲しかったわ!でもね、あたしも・・・逃げちゃいたい気持ち・・・わかるのよね・・・」
ソフィーの言葉に、<ハウル>は意味深な笑顔を浮かべると小首を傾げソフィーを覗き込む。
「あたしは欲張りなのかもしれないわ・・・あなたが悲しそうなのも<あたし>が我慢してるのも、凄く悲しいもの。」
<ハウル>はガラス玉より少し色の濃くなった碧眼を輝かせ微笑むと・・・ソフィーの唇に風のようにさらうキスを落とす。
「感謝のキス。あなたの<ハウル>ならこれくらいのことはしそうだよね?」
驚いて目を見開くソフィーに、<ハウル>は優しく囁く。
「そんなとこまで同じでなくてもいいのよ!」
ソフィーは頬を膨らませて鼻をならすが・・・・すぐに笑顔を見せ、その瞳に涙を湛える。
「・・・あたしも感謝してる。あなたに会えてよかった。」
<ハウル>はそっとソフィーを抱きしめて大きく息を吸い込むと・・・ゆっくりと鏡と向かい合う。
「あ、ちょっと待って!!」
ソフィーの声に驚いて<ハウル>は振り向くが、ソフィーは慌てて城に続く廊下を駆けていく。
「あ・・・あの・・・ハウルさん・・・・?」
途方にくれた表情のマイケルが、何が起こっているのか理解できずにおろおろしている。
<ハウル>は困ったように微笑み、懇願するようにマイケルに告げる。
「今のことは・・・ハウルには内緒だよ?」
マイケルは頭がこんがらがって訳がわからず「えぇ?あ・・うっ・・はい?」と目を白黒させる。
そんなマイケルの可笑しな返事にくすくす笑いを漏らしていると、ソフィーがカルシファーを伴い、戻ってくる。
息を切らし、肩を上下させながら小瓶をさしだす。
「・・・っは・・い、これ!・・・いい?ど・・どうしても・・・、上手く、想いが伝えられない・・・時はこれを飲んで!?」
「あ、それ昨日の<言葉が滑らかに出る薬>!」
マイケルが声をあげると、ソフィーはにっこりと微笑む。
「昨日、ハウルとマイケルが完成させたでしょう?何の役にたつのかしら!って思ったけれど、・・・あなた達には必要だったみたいね?ああ、でも、もちろん努力はするのよ?」
ソフィーは<ハウル>に小瓶を握らせるとくるりと身体を反転させて、鏡の前に<ハウル>を立たせる。
「<ハウル>!<おいら>によろしくな!」
カルシファーが<ハウル>の目の前でふわふわ漂うと、<ハウル>は静かに頷く。
ソフィーは、鏡越しに<ハウル>を見つめ優しく微笑む。
「あたしを幸せにできるのは、<あなた>だけよ?・・・よろしくね?」
<ハウル>は静かに頷いて、「僕もそう思うよ」と答えると・・・・・
花がほころぶような笑顔を見せ、「ありがとう」と鏡に一歩踏み出した。
<ハウル>が鏡に触れた瞬間、映し出されたのはハウル。そのまま2人は溶け合うように互いに通り抜け・・・・次の瞬間には・・・ハウルが花屋の鏡の前に立っていた。
うわ!ええっ!?鏡に吸い込まれた!?
マイケルが驚いて腰を抜かし、床に座り込む脇を・・・ソフィーは走り抜けハウルに抱きつく。
「・・・お帰りなさい!ハウル!」
ハウルは一瞬驚いた顔でソフィーを見下ろすが、すぐに甘い笑顔になり
「会いたかったよ、ソフィー!!」
と思い切り抱きしめた。
「それじゃあ、さっきまでここにいた<ハウル>さんは、あちらの世界の<ハウル>さんだったんですか!?」
みんなでテーブルを囲み、ソフィーの淹れてくれた紅茶を飲みながら、今朝からの不思議な出来事をようやくマイケルに伝える。
一人置いてけぼりをくっていたマイケルが、恨めしそうにソフィーやカルシファーに「酷いですよ!!」「僕だけ知らなかったんですか!?」と抗議の声を上げる。
「だって、おいら<ハウル>の考えてること半分しかわかんなかったからな。あんたのことなら大概わかるけどさ!
<ハウル>がどうしたいのか図りかねたんだよ!」
カルシファーは細い腕を一生懸命振り回して、必死に説明する。
「カルシファーは、僕と<ハウル>が入れ替わるのを見ていたしね。・・・でもソフィーはよくわかったね?」
ハウルはにこにことソフィーを見つめ、愛しい人がすぐに気がついてくれたことが嬉しくて仕方ない様子だ。
ソフィーはそんなハウルのニヤニヤ笑いを避けるように、くるりと背を向け紅茶のお代わりは?とマイケルに尋ねる。
「やっぱり、愛の力かな?ねえ!?ソフィー、そう思うだろう?」
朗らかに答えるハウルを無視して、ソフィーはカルシファーに薪を足す。
「・・・・ソフィーったら!!」
ハウルはじれったそうに、なかなか椅子に座ろうとしないソフィーの腕を掴んで振り向かせる。
ソフィーは、・・・上目遣いでハウルを見つめると悔しそうに呟く。
「あんたが・・・怒ってるのかと思ったのよ。」
「えっ?」
「・・・・・・怒ってると思ったの!最初は・・・。だから・・・その・・・・。」
ソフィーがみるみる赤くなり、ハウルはすっかり忘れていた・・・昨晩のことを思い出す。
うわわ!そ、そういえば、今朝は・・・それで慌てて起きたんだ!
「あの、その、ソフィー・・・昨日は・・・」
ハウルもまるでソフィーの熱が伝染したかのように、一気に赤面してあたふたと両手を動かす。
ソフィーはそんなハウルを見て、思わずふき出してしまう。
「うっ・・・、ソフィー・・・!!」
こんなに情けない顔をしたハウルでも・・・やっぱり大好きなんだわ。
今夜は・・・覚悟しようかしら・・・?どんなあんたも愛しくて仕方ないんだもの。
しがみつくように抱きしめるハウルの背に手を回し、ソフィーは鏡を見つめて微笑む。
<ハウル>あんたも愛してるわよ。
胸に一つ、小さな秘密を仕舞い込んで。
鏡の魔法がソフィーに見つかるのは・・・・もう少し先のこと・・・。
end
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