A secret feeling ― 7 ―





≪ジェンキンス生花店≫に久しぶりに店主が顔を出している、と噂を聞きつけたがやがや町のご婦人方が押しかけ、店内はかなりごった返していた。
いつもなら見事な話術と手際の良さで、お客を捌く美貌の店主の勝手が違っていた。
困ったように女性客に囲まれて、どうしてよいかわからずにおろおろしている。
人数が少ないうちは無視を決め込んでいたようだが、普段この店主がそれはそれはとろけるような笑顔で歯の浮くような台詞を吐いて骨抜きにされているご婦人方は、冷たい視線にもまったく動じず、むしろそんな店主が逆にたじろいでくると「久しぶりで照れていらっしゃるのかしら?」
「今日のジェンキンスさん、なんだか可愛いですわ!」
などと色めきたつている。
その店主本人はと言えば、しきりにソフィーを探して目で助けを求めている。
最初はそんな<ハウル>の様子が可笑しくて、知らんぷりしていたソフィーであったが、段々おもしろくなくなってきていた。
客は一向に減らないし、どうしてよいかわからない<ハウル>がご婦人方にいいように玩具にされだしたからだ。

ああもう!『あなたにはこの百合がお似合いですね』とか『その美しい黒髪には赤い薔薇がよく映えますよ』とか言って、花を手渡せばいいのに!

ソフィーはいつもとは違うイライラを感じて、<ハウル>が気になって仕方ない。
「ソフィーさん!花を切り落としちゃってますよ!!」
マイケルに言われ慌てて手先を見ると、茎をほんの少しきるつもりが、茎しか残っていない。
「まあ、酷い事しちゃったわ。ごめんなさい!あんたは小さくても偉いのね。素敵な香りで楽しませてくれるのね。」
ソフィーは花を拾い上げると、グラスに水を張りそっと浮かべる。
助けを求めてソフィーを見つめていた<ハウル>が、その様子にふっ・・・と優しい微笑をもらしたので、ご婦人方は競ってエプロンを引いたり、身体を摺り寄せたりし始める。
ソフィーはいてもたってもいられなくなり、ずいっと客を押しのけて、<ハウル>の前に立つとにっこり笑って振り返り、「さあ、何になさいますか?」と<ハウル>と客の間に割り込んでみせる。

えぇっ!もしかして、こ、これは!!ソフィーさんが妬いてる!?

マイケルはもう何度目かわからない心の叫びをあげる。
客の前に立つソフィーの笑顔は引きつり・・・・まるでいつものハウルのようだ。
<ハウル>はというと、明らかにほっとした表情を浮かべ相変わらずおどおどしている。

今日は何て変わった一日だろう!?

マイケルはふと鏡に映った自分の混乱しきった顔を見て苦笑する。

今日はいつもとあべこべだ。




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心のあるハウルと過ごしてみたい・・・そう言った<ソフィー>の願いは、ただ一つ。
「・・・ゆっくりと・・・お茶を飲みたいわ。無視されずに・・・私の存在を受け入れて・・・ただ一緒に居てもらいたいの」

ハウルは<ソフィー>をソファーに座らせ、魔法で火を熾すと「今日は僕が紅茶を淹れてあげよう」と言い、慣れた手つきでカップを暖める。<ソフィー>はそんなハウルを眩しそうに見つめる。
「<ソフィー>?」
ハウルはいつも愛しい人をそう呼ぶように、何とはなしに名前を呼ぶ。
途端、<ソフィー>は身体をびくっと震わせ表情が凍りつく。

この声で名前を呼ばれる時は・・・いつも冷たい拒絶の言葉が投げつけられる時だから?
愛しい人のこんな顔・・・見るのもつらいのに。

「砂糖は?」
ハウルは優雅な物腰で紅茶を注ぐと、何も見ていないが如く爽やかな笑顔で尋ねる。
<ソフィー>ははっとして苦笑し、小首を傾げハウルを見上げて首を横に振る。
紅茶を注いだカップに、ハウルは何事か呟いて<ソフィー>へ渡す。
「・・・・なあに?何かしたの?」
不思議そうにカップのなかの紅茶を見つめ、ハウルに問いかける。
ハウルはにっこり笑いソファーに並んで座ると、<ソフィー>はひどく緊張した面持ちでハウルの淹れた紅茶に口をつける。

口に含み喉を潤す。・・・温かくて体中が優しさで包まれる。

涙が溢れそうなほど、こんなことが嬉しい。
私は<ハウル>と・・・一度でいいから・・・こんな風に過ごしたかったんだわ・・・・。
嬉しくて・・・悲しい。ようやく叶った願い。
けれど、ついにあの人は振り向いてはくれなかった。
あの人は・・・私を仕方なくおいただけ。

「私・・・ね、初めて会った時に<ハウル>に惹かれたの。一目惚れだったのね」
<ソフィー>はゆっくりと・・・明かせなかった想いを口にする。<ハウル>の前では・・・隠した気持ちを。
「あの人の瞳はね・・・ガラス玉みたいなの。冷たくて、感情を宿さない。それなのに、町で彼を見かけた時・・・私・・・彼の瞳の中に・・・切なさを見つけた気がしたの。一人でいることが寂しくて・・・ツライって・・・。バカね?」

ハウルはソフィーに出会う前の自分を思い出す。

僕は心を失くしたことを認めたくなくて・・・仮初の恋を繰り返した。
何度も何度も。
愛される歓びを愛する幸せを探して、探して!
・・・心があることを証明したかった。寂しいなんて認めたくなかったから・・・。
<ハウル>は・・・諦めていたんだろうか?もう心などないのだと・・・。

「何かに突き動かされるように後を追ったわ。でも・・・途中で老婆に変えられたの。・・・みじめだった。」
ソフィーは自分の手のひらを見つめ、自嘲的に微笑む。
「でも彼以外、荒れ地の魔女の呪いを解ける人が思い浮かばなかった。・・・ううん。そんな姿でも、傍に居たかったの。老婆のほうが・・・<ハウル>の負担にならないって。」
<ソフィー>は静かに立ち上がると、作業台に置いてあった薔薇の花束を抱える。
「ハウルさん、私、この薔薇を活けたら・・・ここを出て行くわ。」
ソフィーはそう言って精一杯笑顔を作る。
「私は・・・<ハウル>の瞳の中に寂しさを見つけたけれど・・・それ以上に・・・拒絶する瞳に耐えられなくなっちゃったの。
<ハウル>を孤独から救ってあげたかったのに、心を戻してあげることができなかった。」
泣き笑いのような表情を浮かべる<ソフィー>をハウルはそっと後ろから抱きしめる。
「君の<ハウル>は・・・きっと・・・今頃僕のソフィーに怒られてるよ?ねえ、<ソフィー>。僕をこちら側に呼んだのは<ハウル>なんだよ。僕は臆病者さ。・・・・ソフィーを失うなんて・・・・これほどの恐怖はないよ。」
ハウルの温かさが<ソフィー>の枯れていた心を潤わせていく。心の中に満ち足りたものが溢れていく。
「君の<ハウル>は・・・どうしていいかわからなかったんだ。やっと魂の半身に出会えて・・・戻ったばかりの心を・・・
君への想いをどうしたらよいのか・・・わからなかったんだ」
<ソフィー>は、自分を抱きしめるハウルの指先が震えていることに気がつく。

怖い!怖い!君を失って・・・僕は生きてはいけない!ソフィー、あんたが居ない世界で僕は・・・生きていけない!







        8へ続く