A secret feeling ― 6 ―
ソフィーがほんの少し表情を曇らせたのを<ハウル>は見つめ、胸の中のざわつきをどう対処してよいかわからずに、おずおずと声をかける。
「・・・あの、ソフィー・・・?」
名前を呼ばれ、弾かれたように<ハウル>を見つめ、ソフィーは苦笑する。
やっぱり。この人ったら、相手の感情を敏感に感じ取っちゃうんだわ。それなのにどうしていいかわからずに、戸惑ったり・・・キツイ言葉を投げてしまうのね・・・・。
ソフィーはたまらず、ハウルを抱きしめる。
きっと、<ハウル>は今まで傷を癒してくれる人に出会わなかったのね。だから、ますます臆病になって・・・・。
【悪い魔法使い】の自分に誰も近づけさせず、接し方がわからないから冷たくして・・・。
「あなたのところにはカルシファーやマイケルは居ないの?」
抱きしめられて、<ハウル>は身動きできず、ただ激しくなる鼓動に押しつぶされそうになりながら、ソフィーのあかがね色の髪を見つめ・・・話し出す。
「マイケルは・・・ポートへイブンのドアを開けたら転がり込んできたけれど・・・すぐにペンステモン先生に手紙を書いて持たせた。
・・・・先生は引退されていたので、王室付き魔法使いのサリマンのところに弟子入りしたと聞いた・・・。
・・・・カルシファーは、契約が解けて自由になった時、二度と戻るなと警告した。」
「そんなに怖いの?」
ソフィーの問いかけに、<ハウル>は睨み付ける。ソフィーは動じず、反対に挑戦的に笑って見せる。
「あなたは、失うことを恐れてる。大事に慈しんで、自分の腕の中から飛び去ってしまうのが怖くて仕方ないのよ!
だからあなたは、自ら大事なものを手放しているんだわ。本当になんて臆病者かしら!」
ソフィーは抱きついていた腕を解き、腰に手をあて鼻をふんとならす。
「貴女に何がわかると言うんだ!?悪魔と契約を結ぶなんて、恐ろしいことなんだ!荒れ地の魔女のようになっていたかもしれないのに!僕は邪悪な魔法使いだ!誰も幸せになんてできやしない!僕と一緒に居たら不幸になってしまう!
・・・・・愛しい人が不幸になっていく姿なんて見たくない!!」
<ハウル>はまるで今まで押し殺していた感情を吐き出すように、碧の双眸を見開いて叫ぶ。
「じゃあ、<ソフィー>は?あなたの<ソフィー>は今どこにいるの!?すでに手放してしまったの!?」
ソフィーは取り乱す<ハウル>にお構いなしでぐいっと顔を近づける。
「彼女は、城に留まっていた・・・。呪いが解けたと言うのに、僕の手伝いをしたいと言って・・・。でも、きっともう出て行った!昨晩も酷くツラクあたってしまったから!一晩中・・・・泣いていた・・・・!!もう、彼女は戻らない・・・!」
悲痛な叫び。<ハウル>の瞳から涙が溢れる。
「彼女は言った。・・・あなたは私を見ようとしない・・・私は・・・もう限界だって。」
ソフィーは再び抱きしめたい衝動に駆られながら・・・そっと<ハウル>の服を掴む。
「・・・それじゃあ・・・城に残った<ソフィー>の気持ちはどうだっていいの?あなたが・・・どんなに酷い人でも・・・わかっていて残ったんじゃないのかしら?<ハウル>、あなたを愛しているから。」
<ハウル>の瞳が今では縋りつくように、ソフィーを見つめる。
「それで・・・あなたは自分の心に・・・嘘をつけなくなった。失ってもいいなんて嘘。出て行ってしまうかもしれないって、怖くて怖くて仕方がなくて・・・。だから・・・ここに逃げ込んだのね?」
<ハウル>の瞳には・・・切なさが浮かび、自ら押し殺した<ソフィー>への想いがくすぶっている。
まったく、不正直にもほどがあるわ!
そんな<ハウル>の表情にをどこか憎めないソフィーは、ようやく頬の緊張を緩める。
「あなたは、自分が思っているほど強くもないし、冷たくもない。臆病で、寂しがり屋で・・・どうしようもない人よ?でもそれは、あなたがちゃんと心をもった人間だってことだわ。
・・・・・・恐ろしい魔法使いである前に、弱さも脆さも持つ一人の人間なのよ。」
ハウル、あんたは確かに困った人だけど・・・それは愛すべきことでもあるわ。
あたしは、あんたが魔法使いだから好きになったんでも、完璧な人間だから好きになったんでもないもの。
我儘で臆病でぬるぬるうなぎなあんたが好きなんだもの。
あんただって同じよね?あたしの癇癪持ちなとこも、異常なキレイ好きなとこも、知りたがりで可愛くない性格も、わかった上で愛してくれてるのよね?
・・・恋なんて理屈じゃない。
こんなに理不尽な出来事までしでかすんだもの、厄介な代物よね!?
「全部吐き出して、すっきりした?」
自分の本当の気持ちに気がついたかしら?
そうソフィーが微笑むと、<ハウル>は、まるで腫れ物に触れるように・・・ソフィーを抱きしめる。
ソフィーは一瞬身体を強張らせるが、そっとハウルの背中に腕を回す。
「あなたのハウルに・・・怒られてしまうね」
<ハウル>はあかがね色の髪に顔を埋め、くすっと笑う。
ソフィーは少し考えてから、困ったことだわ、と呟く。
「・・・そうね、あたしのハウルは凄くヤキモチ妬きなのよ!」
ソフィーはくすくすと笑いながら、例えば自分自身でもハウルは妬くかしら?などと暢気に思い巡らす。
きっと、自分自身でも呪いかけちゃいそうだわ・・・。
ソフィーはそっと溜め息をついて目を瞑る。
「でも・・・あなたの<ソフィー>も今頃同じようにハウルに抱きしめられてるかも!?」
ばっと、ソフィーの両腕を掴み<ハウル>は身体を引き離すと、悲痛な表情を見せる。
ソフィーは呆れたような笑顔で「あなたも十分、ヤキモチ妬きね!」ともう一つ、溜め息を漏らした。
「なんだ!お二人とも、仲直りされたんですか?」
呆れた様子で背後からマイケルに声をかけられ、ソフィーと<ハウル>は互いに見つめ合って笑い出す。
「心配したんですからね!」
マイケルは心からほっとした様子で、わざと二人を睨み付ける。
「<ハウル>、今からでも遅くないと思うわ!<マイケル>を住み込みの弟子にしたらどう?」
ソフィーが心底嬉しそうにマイケルを見つめると、<ハウル>は困ったようにマイケルを見つめる。
「彼に恨まれてしまうよ!どうやら恋人が近くで働いているらしいから。」
「ねえ、もっとあなたの方のことを聞かせて頂戴!なんだかちょっとずつ違っていて、何だかおもしろいわ!」
「僕も、こちらの様子を聞いてみたい。僕がどんな風に生きているのか。」
「あら、知ったらあなた慌てて帰りたくなると思うわよ?」
ソフィーと<ハウル>が互いを見合って笑い出すと、マイケルは腑に落ちない表情で抗議する。
「もう、なんなんですか!?僕を住み込みでどこにやろうっていうんですかっ!!」
カルシファーがふわふわと飛んできて、<ハウル>の近くまでくると、<ハウル>はすまなそうに目を細める。
「君にも謝らなくちゃ・・・。そして、本当の気持ちを・・・伝えなくちゃ」
「多分、<おいら>わかってると思うぜ!なんせずっと一緒だったんだからな!」
「みんな、ずるいですよ!僕だけちんぷんかんぷんじゃないですか!!」
7へ続く