A secret feeling ― 5 ―





それはいつもとかなり雰囲気の違う・・・不思議な朝食だった。
マイケルは見慣れない光景に、何度もフォークを落としたり紅茶を零す。
ほんの少し頬に紅い跡を残すハウルは、どう考えても挙動不審で。
絶対にソフィーを見ないように【心がけて】いたし、口も利かない。
ソフィーといえば、いつもとは逆にやけにハウルに話しかけたり、世話を焼きたがる。

絶対におかしい!!無駄遣いしたことも、ソフィーさん気にしてないみたいだし・・・さっきのハウルさんのソフィーさんに対する態度・・・かなり酷かったのに・・・。どうしてソフィーさんにこにこしてるんだろう?まるでいつもと逆じゃないか?お二人に何があったんだろう?

「マイケル?パンが落ちちゃったわよ!?」
「えっ!あっ!」
ソフィーの声にびくりとして、マイケルは慌ててパンが転がった机の下に潜り込む。
「ねえ、<ハウル>?今日はお仕事休んだ方がいいと思うの。今日は一日、花屋を手伝って頂戴?ね?」
パンを拾い椅子に座ろうとして、マイケルはそのまま床に尻餅をつく。
「ちょっと、マイケル?あんた大丈夫?」

それは、こっちの台詞ですよ!!ソフィーさん!お仕事を休めだなんて、ど・どうしちゃったんですか?

マイケルは床に座ったまま、声を出せずに口をパクパクする。
ソフィーは困ったようにマイケルに手を伸ばすと立ち上がらせ、新しいパンを取り分ける。
休むように言われたハウルはと言うと・・・・マイケルが初めて見る・・・いや随分前にも見たことがある・・・・・・無機質で感情のこもらない瞳をカップに落としている。
いつものハウルなら、ソフィーからのこんな申し出を聞いたら『僕と一緒にいたいだなんて可愛い愛しのソフィー!!僕はインガリー1の幸せ者だね!』と抱きついてキスの雨を降らせていただろう。
― しかし、ハウルは嬉しそうどころか、ソフィーが「おかわりは?」と優しく覗き込んで尋ねると、酷く迷惑そうに「僕に構わないでくれないか?!」 と低く言い放つ。
流石に、ソフィーもびくりとして悲しげな表情を見せるが、ほんの一瞬で再び笑顔を向け、「そうよね、ごめんなさい?いつもの癖がでちゃうのね」と何事もなかったかのようにカップを口に運ぶ。

焦ったって仕方ないじゃない?わかってるのに、ダメね。つい声をかけちゃうのよ。
だいたい、こんな風に落ち着いて食事がしたいものだわ!なんていつも言っていたのに、あたしったら自分が落ち着かないなんてね。
あの人と言い争うのは慣れてるのに、拒絶の言葉は聞いたことがなかったんだわ。
・・・それにしても・・・料理をいつもいつも褒めちぎる声が聞けないことが、こんなに寂しいものだったなんて・・・。

ソフィーのカップを持つ手が微かに震えていることに気づき、マイケルは慌ててハウルへと視線を移す。

ハウルさんてば、喧嘩にしてはやりすぎですよ!

そう抗議しようとして、言葉を飲み込む。
ハウルが、凍りついたような表情でソフィーの指先を見つめている。その瞳には痛々しさが宿り、自分で投げつけた言葉の刃を自分にも突き刺しているかのようで・・・傷つけたことを誰より悔いているように見える。

一体、どうしちゃったんだろう。こんなハウルさん、僕は知らない。さっきの・・・無機質で感情のこもらない瞳は・・・僕がここに転がり込んだばかりの頃、時折みせることはあったけど・・・それでもハウルさんは、強い拒絶なんて見せたことはないのに。
せいぜい、小言をいったり癇癪をおこしたり、後はのらりくらりと逃げるくらい。緑のねばねばが、究極かな。
女性とお別れする時は時々冷たくあしらう事はあったけど・・・結局は僕やカルシファーを身代わりにして逃げ出すんだから。
こんなハウルさん、やっぱりおかしい。まして、ソフィーさんにあんなこと言うなんて・・・。
それに、今のハウルさんを見ていると・・・。

マイケルはもうどうしていいやら二人を見比べて、これならいつもの言い争いのほうがずっといい!と暖炉で同じように窺っているカルシファーに視線を送る。
カルシファーは、マイケルの視線に気づくと薪の下に潜り込んでしまう。
「さあ、もう片付けてもよさそうね?ああ、<ハウル>あなたにも手伝ってもらっていいかしら?ただし、魔法は使わないの。
マイケル、お店の準備をお願いしてもいいかしら?」
ソフィーはそう言いながら、皿を集めてハウルの前に重ねていく。
「ソフィーさん、僕がやりますよ!」
ソフィーの申し出に、驚きの表情を浮かべたまま動こうとしないハウルに、マイケルが助け舟を出す。
「大丈夫よ、マイケル。<ハウル>は手伝ってくれるはずよ?あんたには開店の準備をお願いするわ。」
ソフィーの笑顔に押し切られるように、マイケルは「わかりました」と苦笑する。こんな時のソフィーには、何を言っても聞き届けてもらえないことはよく知っているから。
マイケルは薪の下に隠れるカルシファーに、『後で、説明してくれるよね!?』と恨めしそうに視線を送り店に繋がる廊下に向かった。

「なんで・・・・?」
不意に、掠れた声が聞こえ、ソフィーはその声の主を振り返る。
「なあに?<ハウル>。・・・そんなに手伝うのがイヤ?」
ソフィーはまたキツイ言葉が投げつけられるかも、と身構えるが<ハウル>は静かに立ち上がり皿を持ち流しへと歩き出す。
ほっと胸を撫で下ろしソフィーが暖炉に目を向けると、カルシファーもやれやれと薪にしがみついて火の粉を散らす。
『あんた大丈夫かよ?』
カルシファーは不安げにソフィーを見るが、ソフィーは腕まくりをして小さく頷く。
「あたしが洗うから、あなたは拭いて頂戴ね。」
ソフィーは流しの前で立ち尽くす<ハウル>に布巾を渡した。

・・・・しばらく沈黙の時間が流れる。
最後のティーカップを<ハウル>が拭き終わると、ソフィーは満足げに「ありがとう」と微笑む。
<ハウル>はそんなソフィーをちらりと瞳の端に捕らえ、布巾を手渡す。
「・・・貴女は・・・」
ソフィーは食器を片付けながら、緊張する素振りを見せまいと「うん?」と答える。
「<ハウル>と居て怖くはないのですか?」
ソフィーは皿を食器棚に戻すと、ゆっくりと<ハウル>の前に立つ。
今ソフィーの前に立っている<ハウル>は・・・酷く怯えているように見える。

そうね、あんたは臆病者なのよね。

ソフィーはそっとハウルの・・・握り締めている両手を持ちゆっくりと開かせると・・・手を繋ぐ。
「怖くなんてないわ。ちっとも。」
<ハウル>の手は冷たくて、汗が滲んでいる。
「酷い魔法使いでも?悪魔と契約をして・・・心臓を失くして・・・心を失くしても?」
ソフィーは優しく包み込んでいた手に、ほんの少し力を込める。
「心臓なら・・・あなたの中に・・・あたしが<ソフィー>が戻したんじゃないの?」
足元を見つめていたガラス玉のような碧眼が、ゆっくりとソフィーに向けられる。
ソフィーは少し頬を赤らめると、そっと<ハウル>の胸に耳を寄せる。
途端に、その胸が激しく打ちつけて、ソフィーは微笑んで見上げる。
「ほら、ちゃんと動いてるじゃない!」
<ハウル>も見る見るうちに紅くなり、困ったような表情を見せる。
「ふふ、心もちゃぁんとあるわ!それに、悪魔と契約したのだって、カルシファーを助けたかったんじゃないの?」
驚いたようにソフィーを見つめる瞳は・・・ほんの少し碧が濃くなった気がした。
「あなたも・・・<ソフィー>も・・・きっと相手を想いすぎてるのね?あなたの<ソフィー>は、きっとあたしほど癇癪もちじゃ
ないようね。あたしだったら、いい加減にしなさい!って箒を振り回しちゃう。」
ソフィーが可笑しそうに告げると、<ハウル>は一瞬ぎょっとした表情になるが・・・初めて・・・ふっと口元を緩める。
それは、華がほころぶかのような優しい微笑み。

ハウル!あたし、あんたが・・・凄く凄く好きだって・・・気がついたわ・・・。

<ハウル>が初めて見せた笑顔を見つめ、ソフィーは胸がいっぱいになり泣きたいような気持ちになる。

・・・・早く・・・あんたに・・・おはようのキスをせがまれたいなんて!






        6へ続く