A secret feeling  ― 4 ―





ソフィーとマイケルはいつものように荒地で花を摘むと、朝露でしっとりと濡れたエプロンを外しながら城の扉を開ける。
「カルシファー、ただいま」
マイケルが宙に漂う花いっぱいの桶を従えて城に入ると、驚いたように声をあげる。
「ハウルさん、こんなに早くどうされたんですか?」
ソフィーの顔が一瞬にして赤くなり、ほんの少し中に入るのをためらった後・・・意を決して扉をくぐる。

昨晩の出来事は・・・すっかり忘れていた『ハウルの知らない部分』に飲み込まれそうで怖かった。

普段は手が付けられない子供のような素振りなのに・・・あれは卑怯よね・・・。
流される。ハウルの激しさに。
怖い、でも。

ソフィーは溜め息をついてスカートについた雫を払う。

すやすやと眠ってしまったハウルをいつまでも見つめていたのは・・・愛しさと・・・物足りなさ。
自分の中で火を灯した好奇心に眩暈がする。
結局、あたしは未知の扉の前で・・・中に入りたくてうずうずしてるんだわ。

ソフィーは情けない顔で立っているであろう、愛しい魔法使いを想い苦笑する。

ああ、忌々しい!ハウルの顔なんて見たくないってのに!心臓が持ちやしない!

鼓動が城中に聞こえるのではないかと不安になり、ソフィーは慌てて深呼吸する。ハウルが抱きついたりする前になんとか早鐘のような鼓動を押さえつけようと目を瞑る。
「あれ?ハウルさん、また新しい洋服を買われたんですか!?」
マイケルの声に反応して、ソフィーの目がぱちっと開き、今感じていた甘い気持ちも吹き飛んでしまう。
「またあんたは無駄遣いばっかりして!ついこの間衝動買いをしたばっかりでしょう!?」
ソフィーの剣幕にマイケルが慌てて飛びのくと、いつもより・・・ずっと落ち着いた雰囲気の服を着たハウルが居る。
スパンコールの縁取りも、大きく開いた袖口もない。
ただ上質な生地であることと、仕立てがしっかりしていることは玄人のソフィーから見てもわかる。高価なものだ。
「だいたい、どこに隠してあったっていうのよ!?昨日は何にも持ってなかったのに!」
ソフィーはずいっと顔を近づけて、ハウルを睨みつける。

さあ、なんていい訳するつもり!?

瞳に力を込め、ソフィーは腰に手をあて鼻をならす。・・・・がハウルはうるさそうに顔をしかめるだけで、何も言い返さない。
そんないつもと違う反応を見せるハウルをまじまじと見つめ、ソフィーは急に不安になる。

まさか・・・昨日のこと怒ってる?



疲れがピークであったことも関係するだろうが・・・昨晩のハウルが眠る気などなかったことは確実だ。
碧の双眸が『逃がさない』と言っていた。『待てない』とも。
怖くて切なくて・・・
それなのに、胸に去来する気持ちは・・・愛しくて。
性急に求められて、気持ちをコントロールできず、それでも、組み敷かれた腕の中で甘い疼きを植付けられて。
だから、その行為が急に止まったことに驚いた。
はだけた胸の上で、さらさらの金色の髪が揺れる。
白い肌に目に付く紅い痕。
まるでそこが唯一安らげる場所と云う顔で、ソフィーの胸で幸せそうに眠るハウル。
・・・ほっとしている自分と・・・寂しく思う自分・・・。
「ハウ・・・ル?」
そっと呼びかけるが、ハウルは泥のように眠り起きる気配はない。
ふと、自分が握り締めていたものを見つめ・・・ハウルに呪いがかかったことを知る。
それはそれは、想いを込めて作ったものだから。

ベットカバー・・・よね?きっと・・・。

張り詰めていた空気が急に弾け、ソフィーはくすくすと笑う。
髪に指を通すと、優しく梳く。
その寝顔があんまり可愛いので、ソフィーはしばらく胸に抱いたまま過ごした。
静かな寝息が肌にかかるたび、不思議な感覚が湧き上がる。
夜が明ける前に、ソフィーは眠るハウルからゆっくりと身体をずらし、ベットから這い出ると寝室を後にしたのだ。



いつも以上にガラスのような瞳に自分の姿を映すまいとする、ハウルの腕をソフィーは掴む。
「ハウル?」
ハウルは素っ気無くその腕を払うと、冷たい視線をソフィーに向ける。
老婆になったソフィーにですら敬意を払っていたハウルのその態度に、マイケルは驚きカルシファーに目を向ける。
カルシファーは・・・細い青い腕を伸ばし頭を抱えている。
ソフィーは心臓に氷水を流し込まれたような感覚が体中を支配し、払われた手を握り締める。
いつものような言い争いであれば、威勢良くぶつける抗議の声さえ奪う衝撃。
初めての拒絶。例えようのない焦燥感。
体中を冷たい痺れが駆け巡った後は、ズキンと鈍い痛みが胸を襲い、目頭が熱くなる。
ソフィーは一瞬唇を噛み締め、鼻の奥がツンとするのを堪える。

・・・・嫌われた?・・・・・でも・・・・そんなことじゃなくて・・・・。

それでも胸に湧き上がる思いは、じりじりと胸を焼く愛しさ。こんな場面で何を感じているの?とソフィーは思わず苦笑する。

自分を見ようとしない瞳。閉ざした心。
その奥にある・・・小さな戸惑い?

それを見つけて、ソフィーははっとする。
これは、どういうことなのかしら?何が起こってるというのかしら?

握り締めた手をゆっくりと開き唇を噛むのを止める。冷たい視線を向けるハウルに身じろぎせず、ソフィーはゆっくりとハウルへ腕を伸ばす。

そんなに悲しそうな顔を見せられたら、放っておけないじゃない?

そんなソフィーをマイケルもカルシファーも・・・そしてハウルさえも驚いた表情で見つめる。
ソフィーは皆のそんな表情にはまったく気づかず、背伸びをして両手でハウルの頬をそっと包むと・・・柔らかく微笑む。

どうしようもない人ね。・・・なんて臆病なのかしら・・・。

冷たさしか宿していなかったハウルの瞳が激しく動揺し、大きく目を見開く。
ソフィーは悪戯っぽく目を細めると、美しいハウルの頬を軽くつねる。
「いたっ!」
ハウルが心底驚いて声をあげると、満足そうにソフィーは手を離しいつもの調子でたたみかける。
「さあ、とにかく朝食の準備をするわ!カルシファー宜しくね!マイケルも<ハウル>も手伝って頂戴!」
呆気にとられるマイケルと<ハウル>をよそに、ソフィーはフライパンを握り締める。
カルシファーはごうっと炎を大きくすると嬉しそうに炎を揺らす。

やっぱりソフィーだ!・・・ハウル、あんたのソフィーは最高だよ!






        5へ続く




挿絵・・・海が好きさん