A secret feeling ― 3 ―





抱きしめる感触が同じなのに、奇妙な違和感を抱いてハウルは腕の中のソフィーを見下ろす。
いつも耳まで赤くするのは・・・同じ。でも、まるで初めてのことに動けずにいる・・・今のソフィーはそんな印象だ。

「昨夜のことで・・・警戒してるの?」

ハウルは手を胸の前で握り締めて固まってしまっているソフィーをゆっくりと解放する。
ソフィーは疑わしげな瞳でハウルを見上げると、「何のこと?」と尋ねる。
恥ずかしいとか、照れているとか、そういう感情は見て取れない。
ただただ、不思議そうに、訝しげに、何故抱きしめられるのかわからない、ソフィーの瞳はそう訴えている。
そして、珍しいものでも見つけたようにハウルの姿を見て呟く。
「貴方がそんな格好をしているなんて・・・珍しいわね。」
ハウルはそう言われて、自分を鏡に映す。
確かに髪はぼさぼさ、部屋着のままだし、お風呂にも入っちゃいない。
いつも「見てくればっかり気にかけて!!」と小言を言われることはあっても、この姿でそんなことを言われたのは初めてだ。
「・・・ソフィー?」
ハウルは、ソフィーの瞳を覗き込む。
何かが、胸の奥で痛む。どうしてだろう?ソフィーはソフィーなのに・・・まるで・・・。
「・・・。私の顔に何かついてる?」
ソフィーは顔をしかめ、ハウルの瞳から目を逸らすと・・・戸惑いを隠せない様子でうろたえている。
「ねえ、あんたは・・・・僕のソフィー?」
ハウルの問いかけに、ソフィーは凍りついたかのように悲しそうな表情を顔に貼り付け、小さく答える。
「貴方は・・・私なんて必要ないんでしょう?」
ハウルの胸の中で、何かが完全に【違う】と弾き出される。
目の前にいるソフィーは悲しみで包まれている。絶望と諦めと。愛されない悲しみ。
・・・まるでウェールズの頃の自分のように。
「・・・ソフィー、カルシファーはどこ?」
先程まで話をしていた相棒が居ない。暖炉では、火の悪魔でなく、ただの火がちろちろと燃えている。
すっきりと片付いた居間は、どこか住む人の気配も薄くうら寂しい。
「カルシファーは随分前に、自由になって出て行ったじゃない・・・。」
ソフィーはハウルに背を向けると鏡の前で俯く。
「マイケルも居ないんだね?」
ハウルはその細い肩が震えるのをいたたまれない気持ちで見つめる。
「マイケル?サリマンさんのお弟子さんのこと?・・・今日の貴方はよく話すのね。私には関係のないことばかりだけれど。
それとも、もう掃除婦としての私も必要なくなったと言いたいのかしら?」
ハウルは頭の中で、様々な情報を組み立てながら一つの答えを導き出す。

ソフィーはソフィーであってソフィーではない。カルシファーもマイケルもここには居ない。

「ねえ、ソフィー?あんたは信じられないかも知れないけれど・・・僕はあんたの知ってる<ハウル>じゃなさそうだ。」
ハウルが苦笑して告げると、ソフィーは瞳に涙を湛えて振り返る。
「今日、出て行こうと思っていたわ。貴方が私を愛せないことくらい、わかっていたのよ。でも、でも、貴方の傍にいたかった!」
傷付いた瞳が心の悲鳴を伝えて、ハウルは思わず駆け寄って抱きしめる。
違うとわかっていても、このソフィーが僕でない<ハウル>を求めているのだとわかっていても、やはり放って措けそうにない。
「僕は、ソフィーを愛しているよ。かけがえのない存在だもの。君が愛してくれているように、僕も・・・いや、君の<ハウル>も
・・・君を愛しているよ」

泣いているのがソフィーで、泣かせているのが僕で。
ここは僕の住む世界じゃない。
それでも・・・きっと<ハウル>はソフィーを愛している。

「僕は、君の<ハウル>じゃないんだ。なんだかややこしいことになったようだね。」
ハウルはソフィーの両頬を包み込むと、困ったように微笑む。
「泣き止んで欲しい。たとえ僕のソフィーじゃなくても、君もソフィーだ。愛しいひとが「愛されてない」って泣き崩れるのはツライものがあるからね。こんなに愛してるのにさ。」
ハウルのいつも通りの仕草も甘い囁きも、ソフィーなら真っ赤になりながらも呆れながら、微笑んでくれる。
もちろん、それに気をよくしてハウルがもっと抱きしめたりキスを降らすと怒り出してしまうが。
そんなソフィーがたまらなく愛しいハウルは、今自分が触れることにさえ戸惑うソフィーの反応が痛々しい。
「・・・・そうね・・・・。不思議なことだけれど・・・貴方は私の知っている<ハウル>ではないようね」
ソフィーは涙を指ですくう、見慣れたはずのハウルに・・・悲しい微笑を浮かべる。
「私の知っている<ハウル>は・・・私を抱きしめたり・・・「愛してる」なんて言わない。愛されてなんて」
「それは、違う!」

僕をこちら側に引き込んだのは<ハウル>だ。ソフィーを愛しくて愛しくて仕方ない僕を。
こんな状況を受け入れてる僕もどうかと思うけど。
あの時、鏡を通して・・・僕たちは入れ替わった。
僕の手を引き、こちら側に引き込んで。その<ハウル>は・・・向こうに側。

「君の<ハウル>は、感情表現が下手なのかな?」
こんな状況なのに、可笑しくなりくすくすと笑ってしまう。
「あの人は心がないの。だから・・・誰も愛せない。私はわかっていて、ここに居る。でも・・・もう限界」
ソフィーは、自嘲的に微笑むとそっとハウルの手をとる。
「ふふ。今までどんなにこうして触れて欲しかったか・・・。最後に神さまが願いを叶えてくれたのかもしれないわね?」
「君は・・・ここを出て行く気なの?」
ハウルの胸がズキンと痛む。目の前のソフィーは自分の愛するソフィーではないとわかっていても、気が狂いそうな一言。

僕から離れるなんて、許さない!

そんな焦燥感が体中を駆け巡る。

僕の、愛しいソフィーは・・・今、どうしてるかな?まさかソフィーも出て行こうって思ってないよね?

昨晩のことが頭をよぎり、ハウルは慌てて頭を振る。
まだ、あれから一度もソフィーの顔を見ていない。・・・ソフィーを早く抱きしめたい。

同じ顔で、同じ声で、別れを切り出されるのは、なんともツライ。
「言葉も交わさないのに・・・瞳の中に入れてもくれないのに・・・ずっといるのは・・・もうツライの」
大好きな人だから・・・尚更に。ぽつりと漏らす、その声には隠しようのない愛しさが滲んでいる。
「心がないって・・・<ハウル>とカルシファーの契約は解消されたんだろう?」
ハウルはあかがね色の髪を指に絡め、まっすぐに自分を見つめるソフィーに尋ねる。
「心臓は戻したわ。私が。でも・・・心は戻らなかった。<ハウル>が私を避けているのは・・・わかっているの・・・」
美しい<ハウル>は、今まで人を受け入れず・・・孤高の魔法使いとして生きてきた。
たまたま、ソフィーは魔法をかけられ、ともに生活し呪いも解いてもらった。
「私は<ハウル>に恋をして・・・<ハウル>は私を渋々ここに留まることを許したの。でも・・・それだけ」

本当に、そうなのかい?

ハウルは鏡を見つめ、もう一人の<ハウル>に問いかける。

おずおずと、ソフィーはハウルの瞳を覗き込み、可愛らしい笑顔を見せる。
「ねえ、ハウルさん?何でこんなことになったのか判らないのだけれど・・・私と過ごしてくださらない?
最後に・・・心のあるハウルと過ごしてみたい。」
ハウルは、にっこりと蜂蜜のような笑顔をして「光栄です」と白いほっそりとした手の甲にキスをする。
「最後だなんて・・・そんな悲しいこと言わせないよ?」
不敵な笑みは、鏡の向こうの魔法使いに向けたもの。

<ハウル>君がなんでこんなことをしたのか・・・・なんとなくわかっちゃったけど・・・・。
僕のソフィーを泣かせたら・・・ただじゃおかないからね?






        4へ続く