A secret feeling ― 2 ―





ふかふかのベッドの上で眠るのは久しぶりで、ハウルは心地よさに体中を思い切り伸ばす。
爽やかな気持ちで毛布にくるまり、不思議と疲れが取れていることに気がつく。身体が軽い。

ん?・・・・ちょっと待ってよ?

「ソフィー・・・?」
ハウルは瞳を閉じたまま・・・腕を伸ばし・・・自分の隣に在る筈のぬくもりがないことに驚き飛び起きる。
「ソフィー!?」

まさか・・・まさか・・・そんなことってあるだろうか!?

「なんてことだ!!」
ハウルはこの世の終わりとばかりに叫んでしまう。

ああ、なんたる絶望!なんたる失敗!僕は・・・・・?

・・・あかがね色の髪をすくい、そっと口付ける。
ハウルは昨晩疲れきった身体で・・・それでもソフィーを引き止めたくて、見えない糸で絡めとるようにソフィーを手繰り寄せた。
怖がらせるとわかっていたけど・・・奪うように口付けて。
ソフィーは息もつかせてもらえない深い口付けに泣き出してしまったけれど・・・ハウルは大人気なく放さなかった。
どうしても、ソフィーを手に入れたかった。
離れていても忘れられないように、他の誰にも目を向けないように。
理由なんていくらでもあったし、そんなことは実際どうでもいいこと。
ただ、愛しいソフィーを抱きたかった。
何度も何度も名前を囁き、口付け、半ば強引にベットに押し倒した。
・・・・・・・・。

なのに・・・・その後の記憶がない。
柔らかなソフィーの肌の感触に酔いながら・・・・、身体のラインにくらくらしながら・・・・・・?

・・・・・・嘘だろう?・・・・・・・いつの間にか・・・・

眠ってしまった!?

ハウルは髪を掻きむしりながら、思い出す。

ソフィーの呪い!!<疲れがとれるように。ぐっすり眠れるように。>想いのこもった・・・ベッドカバー!
「これのせいか!!」

確かに、いくら休みを貰っても取れないだろうと思っていた疲労感も、今はすっかり抜けきっている。かなりの精神的な疲労を蓄積させていたハウルは・・・不覚にも・・・ソフィーの呪いにまんまと捕まってしまったのだ。


うわああああ!怖がらせるだけで、その先の悦びはまだ与えていないのに!!
涙で濡れたソフィーの瞳も、上気した頬も、張りのある瑞々しい肌も、気が狂いそうなほど可愛くて綺麗で・・・・。
「ソフィー絶対警戒しちゃった!!」
それどころか・・・嫌われてしまったかも!!
・・・もうチャンスは当分訪れないような気がする・・・・。


ハウルはリフレッシュされた身体と思考回路で絶望的な答えに辿り着き、ねばねばを出したいような気分になる。

僕ってなんて不幸な魔法使いだろう。
ことごとくタイミングが悪い。僕が悪いのか、ソフィーが悪いのか?
それとも僕の悪巧みのせい!?

ハウルはかなりのダメージを受けながらも・・・やはりソフィーのことが気になる。
ベッドは冷たく、ここにソフィーが留まらなかったことを教えている。
慌てふためいてベッドから降り、寝室のドアを乱暴に開け階下を臨む。
・・・・ソフィーの気配はない。
階段を転がり落ちるように駆け下りると、炉格子にしがみついたカルシファーが火を吹き上げて驚く。
「なんだよ?そんなに慌てて!悪い夢でも見たのかい?」
ハウルはもう一度辺りを見回し、ウェールズ語で悪態をつくと肘掛け椅子に倒れこむように座る。
「・・・・どうしちゃったんだよ?昨夜はよく眠れたんだろう?」
薪を抱きかかえながら、カルシファーはどこか含みのある言い方で尋ねる。
「・・・・ソフィーは?」
ハウルは蜘蛛の巣一つない天井を仰ぎ見る。
「荒地に行ってるよ。花を摘みに。」
ハウルは大きな溜め息をつき、火の悪魔をちらりと見る。
「・・・ソフィー怒ってた?」
薪をひとつかみ口に放り込んだカルシファーは、同情するような声で答える。
「・・・あんた昨夜は失敗だったな。でも・・・まあ、ソフィーは怒っていなかったよ」
「本当かい?」
いつになく弱気な相棒にカルシファーは苦笑する。ソフィーが出て行ったのではないかと、心配したのだろう。
ハウルはまた溜め息を漏らすと、暖炉の隣に立てかけた鏡に歩み寄る。

普段見せない無防備な笑顔で、可愛らしい呪いを施された鏡。
そこに映るハウルの姿は、寝起きのぼさぼさ頭で情けない顔をして立っている。
罪悪感のせいか、ぐっすりと眠り魔力がみなぎっているせいか、ソフィーの呪いは効いていないようで、ありのままの姿が映る。
「ハウル、この鏡どこで手にいれたんだよ?」
カルシファーは鏡越しにハウルを見て尋ねる。
「ソフィーの呪いのせいかもしれないけど・・・やたら魔力を感じるぜ?あんたとは異質な・・・それでいて同じな・・・」
「王宮の鏡職人から買ったのさ。と言っても、僕が考えた鏡を使った防御方法を試すために、鏡の中に魔方陣が埋め込まれているんだ。まだ試作段階だけどね。ああ!もちろん害はないはずさ!」
カルシファーが非難の目を向けたので、ハウルは笑顔で付け加える。
「あんた、任務中にもここを覗いてただろう?」
カルシファーはやれやれと呟き、ハウルを眺める。

何だって、ハウルはソフィーのことになるとパニックしちゃうんだろう?いつもの自惚れが嘘みたいじゃないか!
稀代の魔法使いもソフィーの前ではただの男ってことか?

ハウルは驚いたようにカルシファーを見つめ、慌てて鏡に向き直る。
「任務中は・・・一度もソフィーを見つめられなかった。鏡を持っていかなかったからね?・・・。」
「そうか?いつもあんたの視線を感じてたんだけどな。じゃあ、魔方陣のせいか?」

鏡からの気配は紛れもなく<ハウル>のものだったけど。
「ソフィーの呪いが変な作用を起こしたのかな?」

ハウルは鏡の中の自分とそっと手を重ねる。
「っ!!??」
不思議な感覚。鏡の中の自分が・・・ぐいっと手を引く。
冷たい感触が体中を通り抜け、影が重なったような感覚の後、ハウルは前と変わらず鏡の前に立っていた。

・・・?今の・・・感覚は・・・一体?

ハウルが鏡に触れながら思案していると、背後で・・・愛しいソフィーが声を掛けた。
「ハウル・・・?どうかした?」
ハウルは反射的に振り向いて「昨夜はごめんよ、ソフィー!嫌わないで!」とソフィーを抱きしめた。






        3へ続く