A secret feeling ― 1 ―





城の扉の前で弾む息を整え、王室付き魔法使いは静かに着衣を整える。
3日ぶりの我が家を前にして、深呼吸。
この扉の中で・・・・愛しいフィアンセが待っている。そう考えるだけで疲れきった身体が癒される気がする。

なんて単純。僕ってこんなにわかりやすかった?

呆れる自分に苦笑しつつ・・・ハウルは指先に力をこめ、扉の取っ手を回した。


「ハウルだ!」
カルシファーが炎を大きくし暖炉から身を乗り出すようにして、肘掛け椅子で縫い物をしているソフィーに声をかける。
ソフィーはぱっと表情を明るくし、カルシファーに笑顔を向けると縫いかけのベットカバーを椅子に置く。
マイケルも作業台の参考書から目を扉へと向ける。
ぱたぱたと扉に駆け寄るソフィーに、マイケルとカルシファーは視線を交わし笑顔になる。

ほらね、やっぱり寂しかったんだ!

3日前、せっせと城中を磨き上げハウルの帰りを待っていたソフィーの元に、王からの使者が来て『ハウル殿は重要な任務で王一家に随行し、聖なる塔へ赴いたのでしばらくお帰りになれません』と告げた。
ソフィーは明らかに沈んだ表情をしたにも関わらず、カルシファーとマイケルが励まそうと声を掛けると「これで落ち着いてお店に出れるわ!」などと元気よく答えていた。
しかし、「どんな任務なのかしら?ご使者の説明じゃちっともわかりゃしない!!」「どこにその塔はあるの?」「危険はないのかしら?」などと、ほとんど知識のないマイケルを質問攻めにしたり、カルシファーに様子を見てくるよう促した。
素直でないソフィーが何だかいじらしくて、マイケルもカルシファーも付き合ってしまう。
結果、マイケルはハウルに出されていた<言葉が滑らかに出る薬>の課題は、はかどらずにてこずっているし、結界で足取りの追うことの出来ない王一向を探しに、カルシファーは何度も出掛けた。
見つからないと告げるたびにがっくりと肩を落とす姿はハウルでなくとも、心を動かされるものがあった。
それでも、ソフィーは寂しいと一度も言わなかった。
昼間はせっせと城を掃除し、花屋ではいつも以上にはりきって笑顔をふりまく。夜は黙々と針を動かし続け、ハウルの
ベットカバーを仕上げると、昨日からはマイケルのベットカバーにも取り掛かった。
ソフィーが忙しくすればするほど、ハウルを考えないようにしているのだとわかったし、そうするのは会えない寂しさだとバレバレ
であったのだが、ソフィーは上手く隠していたつもりらしい。

扉がカチャリと開き、久しぶりに城の主が顔を見せるとソフィーは満面の笑みを浮かべる。
「おかえりなさい!ハウル!」
扉を開けた瞬間に、どうしようもないほど愛しいソフィーの笑顔に迎えられ、ハウルは一瞬驚いたように扉に寄りかかり、
思わず背を向けて胸を押さえる。

ちょっと待て!これくらいでドキドキしてどうするんだ!?
僕はいったい幾つだよ?

ハウルは3日前のソフィーを・・・鏡越しの可愛い姿を思い出す。
・・・まさか盗み見られているとは知らず鏡に呪いをかけるソフィーの姿はあまりに無防備で、ハウルの理性を総動員する
必要があったほどだ。

そして、この可愛い出迎え!!

ハウルは不覚にも少年のような嬉しさと凶暴な情熱とに捕らわれる。
「どうしたのよ?気分でも悪いの?」
ハウルの背中にそっと手を添え心配するソフィーは、あかがね色の髪を2つに結わえている。
琥珀色の瞳が不安そうに揺れ、その姿がたまらなくハウルを魅了する。
高鳴る鼓動に身を焦がす・・・・ほんの一瞬のためらい。しかし、そこはやはり<ハウル>である。
くるりと向き直り、思い切りソフィーを抱きしめる。
抱きしめたくて仕方がなかった存在を前に、悩んでいる時間がもったいない!とばかりに。
「ソフィー!ただいま!寂しかったかい?あんたを抱きしめられなくて、僕は気が狂いそうだったよ!」
久しぶりの感触を楽しむように、ハウルはソフィーの頬に、額に、髪にキスを降らせる。
「ちょ!ハウっ!ねえ!」
ソフィーは全身熱をもったように赤くして、突然のキス攻撃に困惑する。
「・・・っ、何よ!調子の悪いフリするなんて!」
悪態をつくソフィーの声を心地よさそうに聞いて、ハウルは額と額をくっつけるように覗き込む。
「心配してくれたのかい?うん、僕はくたびれてしまった!あんたに会えなかったから気分は最悪。もうくたくたで一歩も歩けやしない」
「・・・・・・嘘ばっかり」
ソフィーはハウルの瞳にいつもの悪戯な輝きを見つけて呟く。
「でも、ソフィーを抱きしめたら元気になった」
膨れてみせるソフィーに笑顔を向けると、ソフィーは力が抜けたように頬の筋肉を緩める。
「ご飯は食べたの?今から何か作る?」
「ええー、ソフィー本気かよー!!」
恋人たちの再会を半ば呆れ顔で眺めていたカルシファーは、恨めしそうな声をあげる。
「そんなに嫌そうな顔しなくたって、おなかなんてすいちゃいないさ。」
ハウルは拗ねたような声をあげつつ・・・相棒に答える。
「マイケル、課題は進んだ?」
カルシファーと同じように、苦笑しながら立ち上がりハウルとソフィーを見つめていたマイケルに声を掛ける。
「作業台の散らかりようから察するに、課題はうまくいってないみたいだね?」
「おかえりなさい、ハウルさん。・・・そうなんです。どうしても<のどがいがいがする薬>になっちゃて・・・」
しょんぼりと落ち込むマイケルの声ががらがらで、ハウルは苦笑する。
「ねえ、そろそろ放してくれない?」
ソフィーが居心地悪そうにハウルの腕の中で身を捩り、声をあげる。
「ずっとこのままでも僕はいっこうに構わないんだけど?」
悪びれずにしれっと答えるハウルに、「あたしは構うのよ!」とソフィーはきつく言い返し、ハウルの胸をとん、と叩いた。



ひとしきり、ハウルはマイケルにだした課題<言葉が滑らかに出る薬>の調合法やわからなかった箇所を聞きながら、マイケルの声をもとに戻してやったり、その間に虫がつかなかったか確認をした。マイケルは「もちろんですよ」と笑うと、縫い物をするソフィーに聞こえないようにハウルをどれほど心配していたかを伝える。
ハウルはひどく上機嫌になり、マイケルに北の塔の封印のことや、珍しい花の話を聞かせた。ソフィーも耳を傾け、縫い物をしながら、冒険物語のようなハウルの話しを楽しんだ。
ふと気配を感じ、ソフィーが見上げると自分の前にハウルが立ち、ちょっぴり笑って呟く。
「これは、僕の?」
いつの間にかマイケルは作業台の上を片付け、自分の部屋へ行ったらしい。カルシファーも気持ちよさそうに薪の中に入り込んで目を閉じている。
「いいえ、これはマイケルの。あんたのベッドカバーはもう出来上がってるのよ」
ソフィーはにっこり笑うとハウルの表情を見て顔を曇らす。
「なんて疲れきった顔をしてるの!ああ、もう眠らなくちゃだめじゃない!」
ソフィーは立ち上がり、綺麗に畳んであったベッドカバーをハウルに差し出す。
ハウルはほんの少し考え、ソフィーに仔犬のような眼差しを向ける。
「ソフィー、疲れちゃってここで寝ちゃいそうだよ・・・」
そう言いながら、ソフィーに寄りかかる素振りを見せると「ベッドで寝なくちゃ疲れがとれないわ!」とハウルの腕を引き階段を上りだす。
カルシファーがこっそり顔をだし「にやけてらぁ」とパチッと火の粉を飛ばした。



「ねえ、そのベッドカバーで今日から眠れるのかい?」
ハウルの寝室は、主のいない間に少々片付けられ、古いベッドカバーはもうかかっていない。
出来上がったベッドカバーを広げるソフィーに、なるべく・・・瞳の奥の熱を悟られないように・・・笑顔で尋ねる。
「もちろん、今日から使って頂戴?ちゃんと洗ってあるわ。」
ソフィーの笑顔にじりりと容赦ない欲情が込み上げる。

参ったな。実際、こんなに余裕のない自分にはびっくりだ。
ソフィーの笑顔からは、何の艶かしさも発してないっていうのにさ。

どうやら留守にしていた間に・・・ソフィーはすっかり忘れてしまったようだ。
このベッドカバーに込められた、あの想い。ようやく・・・一緒に眠ろう・・・と淡い想いを膨らませてくれていたというのに。
数日離れていたことと、ハウルの隠し切れない疲弊を前にソフィーの頭からはすっかり抜け落ちてしまった。

・・・ソフィーの気持ちを大事にしてやりたかったけど

ハウルは後ろからそっとソフィーの髪に触れ、凶暴な想いなんて見つけさせずに、優しく指を絡める。
「・・・ハウル?」
それでもソフィーは振り返れず、髪に口付ける仕草に身体を強張らせた。






        2へ続く