僕は願う。君の声が聞きたいと。 ― 4 ―
ハウルの腕の力が抜けたのを感じ、ソフィーは振り払うように寝室に駆け込む。
思い切りドアを閉めると、そのままベットに倒れこみベットカバーを握り締め、涙を流す。
自分で呪いを掛けておいて、『声を聞かせて?』だなんて!
『・・・ソフィー、本当に僕のこと・・・嫌いになっちゃったの・・・?』
あたしが本当にあんたを嫌いになったと思ってるの?気になって仕方ないのに。
例えこんなに酷い呪いをかけられたったって、心底嫌いになんてなれやしないわ。
いつものちょっとした喧嘩と変わらない・・・そう思っていたのはあたしだけ?
こんな呪いを掛けるなんて!
今朝のあたしは言いすぎたかもしれないけど、本当に言葉を封じ込められるなんて。
あたしも・・・何故かいつもに増して感情の起伏が激しくて・・・自分を持て余していたのよ。
・・・あたしもハウルと同じね。・・・癇癪を起こしただけ。
涙がとめどなく溢れる。泣くつもりなどなかったのに、何故か止まらない。
ここのところ、ハウルの様子はおかしかった。
何かにイライラしていて、かなり悩んでる風でもあった。
わかっていたけれど、ハウルはいつものようにぬるぬるうなぎで。
どんなにあたしが問い詰めたったって、まともに答えちゃくれない。
それがハウルらしいと言えばそれまでで、自分だってそんなことは百も承知で一緒にいるのだから仕方ないのだけど。
ハウルの我侭なんて今に始まったことじゃないし。
・・・・・・でも。
大嫌いなんて・・・二度と口を利かないなんて・・・言わなきゃよかった・・・。
こんな酷いことをしたあんたを殴ってやりたいほど憎らしいのに。
顔が見たい。話がしたい。抱きしめたい。
さんざん泣き腫らした瞳は重くなり、思考回路を遮断していく。ソフィーは声にならない声でしゃくりあげ、
そのままベットにうずくまるように眠りに落ちた。
寝室のドアが静かに開いて、心持緊張した魔法使いが室内を見回す。
泣いて暴れた様子もなく、寝室は愛しい妻が念入りに掃除したいつものまま整然としている。
ソフィーはと言えばベッドに子猫のようにうずくまりほとんど動かず、ハウルは一瞬冷やりとする。
「ソフィー・・・?」
そろそろと近づきそっと覗き見ると、時折しゃくりあげながらもすうすうと可愛らしい寝息をたてている。
ハウルはその隣に座ると、顔にかかった髪をすくいあげ、そっと指を通し梳く。ベッドカバーは涙で湿っていて、ソフィーの袖口も
濡れている。
「泣き寝入りしちゃったんだ・・・」
気の強いソフィーが、泣き寝入りしちゃうなんて・・・そう思うと無償に愛しくて涙の痕の残る頬に口付ける。
「ごめんね、ソフィー・・・。こんなに泣かせるつもりなかったんだよ?」
軽く自己嫌悪を覚え苦笑する。
それでも、ソフィーに甘えてしまう自分をよく知っているから。
寝顔にそっと口付けて、静かに目を瞑る。
いつもなら、ソフィーの考えてることなんてお見通し。それなのに、流れ込む感情すら遮断する魔力。
それはほんの僅かな力にも関わらず、ソフィーを呪縛する。
僕のものでもなく、ソフィーのものでもない。
それなのに、いつも身近に感じているような・・・不思議な感覚。
悪意なんて微塵もない。ただ愛しい気持ちがふつふつと溢れてくる・・・
・・・・ちょっと待って?・・・・これは・・・・これは・・・・!!
「なんてこと!僕としたことが、こんな大事なことに気がつかなかったなんて!」
ハウルは髪を掻きあげて笑顔になる。
何たる宣戦布告!
もしかして君、男の子!?
「愛しいソフィーを怒らせてばっかりの僕に怒ったのかい?」
ソフィーの髪をすくい、そっと口付ける。胸にこみ上げる涙が出そうなほどの幸福感。初めての感覚をこんな風に自覚するとは思ってもいなかったので、ハウルは複雑な表情を浮かべる。
「それとも、君もソフィーに静かにしてもらいたかったの?ほんと・・・さすがと言うべきか・・・。」
ハウルはソフィーの可愛らしい寝顔を見つめ微笑む。
「・・・ソフィーを困らせちゃ駄目じゃないか?それともソフィーが力を与えちゃったのかな?どちらにしても・・・」
ソフィーを抱き上げベットに横たえると、毛布を肩までかけそっと語りかける。
「君の力は封印させてもらうよ?今君はソフィーに同化していて、どうしてもソフィーに影響しちゃうからね。」
君もソフィーの泣き顔は見たくないだろう?
まだ君の存在にソフィーは気がついていないんだ。君がしたことは内緒にしてあげるよ。
「約束するよ。全身全霊をかけて・・・僕はソフィーを愛して守るから。」
だから・・・認めてもらえないかな?
僕にはソフィーの声が必要なんだ。ソフィーの声が僕の臆病さを打ち砕いてくれるから。
ふっと・・・ソフィーを包んでいた魔力が消えハウルは微笑む。
「ありがとう。・・・さあ、安心してお眠り?君はまだようやく命を宿したばかりだ。」
ハウルはそういうと、毛布越しにソフィーの中心に手のひらをむけ何事か呟く。
淡い光がぽうっと浮かびハウルの手の中に治まる。
「君が生まれてきたら、返してあげるからね?」
ハウルが呟くと、ソフィーのまぶたが微かに動きゆっくりと瞳が開く。
「・・・奥さん、気分はどう?」
ソフィーは弾かれたように飛び起きようとして、ハウルに優しく制止される。
「・・・ハウル・・・」
口に乗せた言葉が当たり前のように発せられ、ソフィーは瞳に涙を溢れさせる。
「ああ、ソフィー!君の声が聞きたかったよ・・・!」
ハウルは柔らかな笑顔でソフィーを抱きしめると流れる涙をキスで受け止める。
「・・・っハウルの・・・ばかっ・・・!」
「うん・・・ごめんねソフィー。もう、あんな呪いかけたりしないから。どんな言葉でもいい。いつも声を聞かせて。
あんたの声は僕の力になるから・・・」
もう少し・・・あんたが小さな命に気がつくまでは・・・僕だけのソフィーでいてくれる?
ああでも、あんたが無理をしないように見張ってなくちゃ!
僕はあんたとあんたの中に宿った新しい命を守らなくちゃいけないからね。臆病でばかりいられない。
やがて生まれてくる愛しいライバルと約束したんだ。
「・・・元気に生まれておいでよ?」
ハウルがソフィーを抱きしめて呟くと「何のこと?」とソフィーは怪訝そうにハウルを仰ぎ見る。
「喧嘩の後はあんたが生まれ変わったみたいに可愛らしいってこと。さあ、あんたの可愛らしい声をたっぷり聞かせておくれ!」
「・・・あたしあんたを・・・嫌いになんてなれないわ」
呆れたようなソフィーの言葉にハウルはくすっと笑い口付ける。
君は僕たちの喧嘩を子守唄にして大きくなるんだね。ちょっと気の毒な気もするけどさ。
大丈夫。そこには愛が溢れているから。
ちょっと気が早いけど・・・僕は願う。君の声が聞きたいと。
人騒がせな口喧嘩。今日も仲直りは、甘いキス。
end