僕は願う。君の声が聞きたいと。 ― 3 ― 





マイケルがご婦人方に厭味を言われながらも何とか花を売り、へろへろになりながら城に戻ると、ハウルは暖炉の前の
肘掛け椅子に座り、長い足を優雅に組んで火の悪魔と話し込んでいた。
「あの・・・、ソフィーさん大丈夫ですか?」
いつもであれば、すでに仲直りしてマイケルが呆れるくらい睦まじく昼食の仕度をしているはずであるが・・・ソフィーの姿は
見当たらない。

もしかして、今回は長引くのかな?

思わず冷や汗が背中を伝う。そうなるとハウルの機嫌は最悪だろうし、マイケルに皺寄せがくるのは必須だ。
何より、姉思いのマーサに知られたら義兄のみならず自分へも非難が飛んでくるかもしれない。
そうじゃなくて!と首を振り、マイケルは先ほどのソフィーの様子を思い出す。

感情のストレートなソフィーさんが・・・言葉にするのをためらうなんて・・・

ハウルを相手にするならともかく、マイケルにそんな態度を見せるのは珍しいことなのだ。
おずおずと尋ねたマイケルをハウルとカルシファーがまじまじと見つめる。
ハウルの瞳はきらりと輝き、カルシファーは値踏みするかのような視線をぶつける。
「・・・?な・・・なんですか!?」
マイケルは思わず後ずさり、一瞬身の危険を感じる。
「・・・・まさか、マイケルじゃないよね?」
「はあ?」
ハウルが碧眼を細め、マイケルに静かに尋ねる。その瞳にはどこか悪戯めいた輝きがあったのだが、矛先が自分に向いた
ことに訳がわからず、戸惑っているマイケルに気がつく余裕はない。
「マイケルのはずないじゃないか。そんな強力な呪い使えないだろ。よくて、一瞬黙らせる程度だな」
マイケルから興味のなくなった火の悪魔は、薪に手を伸ばして口に放り込む。
「そうだね。あのソフィーを黙らせるくらいだからね」
ハウルもようやくマイケルから視線を外すと、溜め息をつく。
マイケルはようやくあらぬ疑いから解放され、恐る恐る暖炉に歩み寄る。
「ソフィーさんどうかしたんですか?」
カルシファーは憂いを含んだ笑みを浮かべるハウルをちらりと見て、マイケルに答える。
「ソフィーの声が出ないんだよ」
ハウルは参ったな・・・と一言もらし髪を掻きあげる。
「呪いですか?・・・・ソフィーさんが・・・・自分で?」
今までの様々な経験から言って、その可能性が一番ありマイケルは咄嗟に答える。
「それが・・・ソフィーじゃないんだ。困ったことに相手がわからない。ここにいる誰の力でもないようなんだ。」
それなのに・・・どこか懐かしいような・・・いつも身近にあるような・・・そんな不思議な感覚にハウルはますます混乱する。
「まあ、一番厄介なのはソフィーはその呪いを・・・ハウルに掛けられたと思ってるってことだな。」
カルシファーがニヤニヤとハウルを見つめ、可笑しそうに炎をあげる。
「カルシファー、水をかけられたいの?」
ハウルが不機嫌な声で火の悪魔を睨みつけると、カルシファーは薪の下に潜り込み「やつあたり!」と火の粉を飛ばす。
「それで、ソフィーさんはどこですか?」
マイケルは再びあたりを見回し、ハウルに尋ねる。ハウルはやるせない表情でマイケルを見上げると、溜め息をつく。
「ソフィーは寝室。」
ぽつり、と漏らし階段を恨めしそうに見つめる。
「僕が、ソフィーの声を封じるはずないじゃないか?例えどんな憎まれ口だってソフィーの声を聞いていたいんだから」
本当に塞ぎたい時は唇で塞ぐしね、とハウルはさらりと付け加える。
「僕もかなり傷付いてるんだけど・・・ソフィーはもっと傷付いてるんだろうね・・・」
その言葉にソフィーへの気持ちが溢れ、マイケルはほっとする。

ハウルさん、朝の喧嘩のことはもう怒ってないんだ。
・・・それなら、きっと僕はお邪魔かな。

「ハウルさん、花はほとんど売れちゃったので午後はお店閉めますね。」
マイケルがそう言うと、ハウルはにっこり笑ってうなずく。
「そうだね。ついでにチェザーリでランチをとってきたら?午後はゆっくりしておいで」
「ああ!じゃあおいらも出かけてくる。後は2人で解決してくれよ!」
カルシファーは薪から顔を出して、慌てて浮かび上がる。
「ちぇ!お前まで僕を見捨てるの?呪いを解くのにお前の力が必要かもしれないじゃないか?」
カルシファーはくるりと一回転すると不思議な笑顔を見せる。
「おいらわかっちまった!ソフィーに呪いかけたやつ!こればっかりは、おいらの力じゃどうしようもないね」
「ちょっ!!カルシファー!」
ハウルは慌てて立ち上がり、火の悪魔を掴もうと手を伸ばすが、カルシファーはさっと暖炉の中に戻り青い炎を大きくする。
「ひどいよ!僕に教えないつもりなのかい?なんて薄情な悪魔なんだろう!」
カルシファーは憐れっぽく嘆くハウルに冷たく一瞥すると、煙突に手を伸ばしながら答える。
「あんたとの契約はもう切れてるしね。おいらは悪魔だからな。これはあんたたちの問題だ!頑張って呪いを解くんだね!」
そう言うとカルシファーは煙突から出掛けて行ってしまう。
「あんたが認められることを祈ってるよ!」 煙突の向こうからやけに嬉しそうなカルシファーの声が響く。
「なんてやつだ!帰ってきたら覚えてろよ!」
ハウルは空っぽになった暖炉に向かって悪態をつくと、また椅子に座り込む。
「・・・じゃあ、僕も行ってきます・・・・」
マイケルはねばねば寸前のハウルから静かに離れると、そっと声をかける。

こんなハウルさんを置いていくのは気が引けるけど・・・。僕が居ても役に立ちそうにないし・・・。

ハウルは力なく手を振ると、がっくり肩を落とす。
マイケルはちらりと2階を見る。

ソフィーさん、早くいつものように元気な声を聞かせてくださいね・・・!

心の中でそう願うと、マイケルは花屋へ続く廊下に足を向けた。



しんと静まり返った城は、いつもの温かさが嘘のようにどこか冷たい。
ハウルはしばらくその静けさに身を置くが、耐えられないとばかりに立ち上がり階段を駆け上がる。

ちゃんとソフィーにわかってもらわなくちゃ!僕が呪いを掛けたわけじゃないと。
誰よりも僕が愛しい奥さんの声が聞きたいんだから。
今朝のこともちゃんと謝ろう。
『大嫌い』と言ってくれるうちは・・・僕を気に掛けてくれているってことだもの。
本当に嫌いなら、言葉なんて意味がない。
だけど、こんな風に声が聞けないことが、本当はツライだなんて・・・今朝までは気がつかなかったんだ。

寝室の前に立ち、ハウルは深呼吸する。
ドアノブに手を置くと、鍵はかかっておらず静かにドアが開く。

ソフィー、あんたの声を聞かせてもらうよ?






        4へ続く