守るべきもの ― 2 ―
静かに流れる夜の空気が悲しみを運んでくる。
これはいつのこと?
遠くで子どもの泣き声が響く。
僕は真っ暗な辺りを見回し、泣き声のするほうに歩きだす。
モーガンでは、ない。もっと大きい子ども。しゃくりあげる声が響くたび、何故か悲しみでいっぱいになり僕の胸が悲鳴を上げる。
この感じはイヤだ。近づいたらいけない。この悲しみは、受け入れられない。
頭の中で警報が響くのに、僕はその声の元に近づかずにいられない。
うあーん、うあーん!
激しく泣きじゃくるその子は、真っ黒な服に身を包み、真っ黒な髪を地面につけて泣きじゃくる。
ひやり、と肌に触れる空気に驚き目をこらすと・・・そこは寂しい墓地。僕は・・・その・・・よく知る場所にうずくまる少年を見下ろす。
両手を真っ黒にして、土を掘りかえすその黒髪の少年に・・・僕はしゃがみこみ肩を抱く。
「なんで、こんな夢を見てるんだろう?・・・・さあ、もうやめよう?父さんも母さんも、安らかに眠っているから・・・起こしたら可哀想だよ?・・・・・・ハウエル?」
ああ、これは、あの時の夢。
父さんと母さんをいっぺんに失ったときの。
・・・あんまり悲しくて、もう定かでない記憶。そうか、僕はこんな風に・・・一人泣いていたのか・・・。
ハウエルはすがりつくように僕を見つめる。
『ぼく、魔法がつかえるんだ!ほんとうだよ!だから、父さんと母さんをここから出して、魔法で生き返らせるんだ・・・!』
爪がはがれ血の滲む指先が痛々しい。僕はハウエルを抱きしめる。
「残念だけど、死者を甦らす魔法は存在しないんだよ?・・・・ハウエル。いかに君が偉大な魔法使いであろうとも・・・例え・・・インガリー1の魔法使いでも・・・ね」
そう告げるとバンバンと僕の胸を叩き、嘘つき!嘘つき!魔法で目覚めさせるんだ!と震える声で叫ぶ。僕はそんなぼくを思い切り抱きしめる。
なんで今頃こんな夢を見るんだろう。もう、すっかり忘れていた辛すぎる記憶。あの時、ぼくは誰かにこうして抱きしめてもらっただろうか?
愛する人を失うことの恐怖。僕は知っている。泣き叫んでも、神さまに願っても二度と会えない別れがあることを・・・・。
がたがたと震えるぼくを誰かが・・・抱きしめてくれた・・・!?
曖昧な記憶。今こんな夢を見るのは・・・また愛しい人を失おうとしてるから?
記憶の中のぼくを抱きしめながら、僕もがたがた震えだす。頭の中がキーンとしてイヤな音と痛みが走る。
怖い!怖い!ソフィーをこんな風に失ったら、僕は生きていけない・・・!
それはこの世で僕が一番恐れること。
そんな筈ない!ソフィーは僕を置いて逝くわけないのだから。これは酷く臆病な僕が勝手に呼び起こした記憶。
『・・・・なんで・・・泣いてるの?おじちゃんも・・・悲しいの?』
ぼくが僕を見上げる。いつの間にか涙が零れハウエルの頬に降りかかる。もう一度僕は幼い魔法使いを抱きしめる。
「・・・ソフィーが・・・ソフィーが・・・・!」
『ソフィー・・・?』
「うわーん!うわーん!!」
激しく泣きじゃくるもう一つの声。・・・ああ、モーガンが泣いている!
「ハウエル。僕は行くよ。行かなくちゃ・・・!」
記憶の中のぼくはすがるように僕の袖にしがみ付く。
『お願い!ぼくを置いていかないで!ここは悲しすぎるんだ!父さんと母さんを助けて!』
僕は振り返らず、まっすぐ、モーガンの泣き声に向かって歩き出した。
「ハウル!大丈夫か!?」
いつの間にかモーガンは泣き止み、心配そうに覗き込む同僚の姿に僕は飛び起きる。
「・・・!サリマン・・・!」
慌てて周囲を見回すと、散乱した魔法書と書きなぐられた魔方陣。その中で、心配そうなマイケルがモーガンを抱いてあやしながらカルシファーと一緒に僕に駆け寄る。
「無茶しないでください!ハウルさんっ!大きな魔法を立て続けに使うなんて、いくらハウルさんでも倒れちゃいますよ!」
マイケルの瞳に涙が浮かび、モーガンを抱く腕も小刻みに震える。カルシファーも不機嫌そうに炎をあげると僕の髪の毛ぎりぎりに漂う。
「あんたまでどうにかなっちまったら、こいつどうするつもりなんだよ!」
到底、悪魔とは呼べない優しい相棒が、青い火の粉を鼻先に飛ばして怒鳴りつける。
「なんで黙っていた?」
サリマンの低く怒気を含んだ声を聞いて、僕はマイケルの腕にいるモーガンを抱きとり額にキスをする。
「ああ、そうか。あれは夢じゃなかったのか・・・。」
「何言ってんだよ!あんたもう少し落ち着けよ。やることが目茶苦茶なんだよ!自分の過去に行くなんて、戻れなかったらどうするつもりだったんだよ!」
モーガン、君が呼んでくれなきゃあのまま過去に捕まっていた。
「ソフィーの気配を・・・感じた気がしたんだ・・・。」
ソフィーが消えて2日たつ。
手がかりはほとんどなく。時だけが無情に過ぎる。得意の先読みすら通用しない。それはすなわち過去に関わりがあるのだと、そう気がついて。禁忌の魔法に没頭した。
「・・・それで、ソフィーさんは?」
「・・・思い出したくない・・・悲しい記憶を見ただけさ。」
ぎゅっとモーガンを抱きしめ、思い出した恐怖に震える。大事な人を永遠に失う恐怖。
「レティーを悲しませまいと黙っていたんだろう?もっと早く君のところに来るべきだった。」
僕がのろのろと視線を向けると、サリマンは苦笑する。
「君のそんな姿、初めて見たよ。」
モーガンが小さな手で僕の服をしっかり握る。
「先週来客があったんだ。私の屋敷に。『インガリー1の魔法使いはここに居ますか』と。黒い服に黒い髪。碧眼に涙を湛えた男の子。・・・・ハウル心当たりはないかい?」
「・・・・!」
それって・・・!!
サリマンは半ば呆れたような表情で僕を見つめると悪戯を叱るように告げる。
「君は子どものころから禁忌を犯すのが趣味だったのかい?・・・ソフィーは・・・ハウエルに捕まってるんじゃないか?」
モーガンがにこにこしながら、僕の腕に噛み付いた。
3へ続く