相棒への貢物その2です。
リク「ボロボロになりながらソフィーを助けるハウル」




守るべきもの ― 1 ―





何故気がつかなかったんだろう?明らかにあんたはおかしかったのに。
二度とあんたの手を離したりしないと誓ったのに。
今、ここにあんたは居ない。僕の身代わりに、あんたがなってるなんて・・・僕は、夫失格じゃないか!
ソフィー、ソフィー!あんたに何かあったら・・・そう考えるだけで心臓が凍りつく。
もう、あんたの手を握り締めて、二度と離すもんか・・・!




モーガンの泣き声に目を覚ますとソフィーは一足早く目覚めていて、すでにその柔らかな胸元に静かに抱きしめて囁くように話しかけていた。
「モーガン、怖くないわ。・・・いい子ね・・・モーガン。さあ、眠りましょうね・・・大丈夫ちゃんと守ってあげるわ・・・」
ソフィーは僕に気がつき、ふんわりと微笑むと、そっとベッドにモーガンを横たえ優しく頭を撫でる。そんなソフィーの姿が神々しくもあり、艶かしくもある。
「起きちゃったの?」
ソフィーが入れるようにベッドカバーと毛布を持ち上げると、するりと身体を滑り込ませて僕の腕の中に収まる。髪が頬をくすぐり、抱き心地よいあんたを感じて思い切り抱きしめる。
「・・・ハウル?」
あんたは僕の考えてることがわかって、潤んだ瞳で見つめ頬を染める。
抵抗しないあんたに嬉しくなって、僕が寝間着に手を伸ばすと・・・可愛らしく首を振る。
「・・・イヤ・・・?」
そんなわけない、とわかっていてもわざと尋ねるとソフィーは案の定「イヤ・・・じゃないわ・・・」と僕の手を握る。
「じゃあ、何?」
首筋に口付けると、甘い声が漏れる。ソフィーはじっと僕を見つめ恥ずかしそうに僕の首にしがみつくと、か細く囁く。
「今日は・・・私が、したいの」
それは、初めてあんたから聞いた誘いの言葉。
ソフィーは驚いてる僕に、恥ずかしそうに微笑んでキスをした。



朝、目覚めるとソフィーはいつも通り隣には居なかったけれど、僕はソフィーから与えられた甘い幸福感でいっぱいになっていた。その嬉しさを辿るように、ソフィーの気配を探り出す。
「あれ、城の中には居ないみたいだ・・・・荒地の花畑?」
枕に身を預けまた瞳を閉じる。あんなに積極的なカワイらしいソフィーは、初めてで。今頃どんな顔をしてるのかな?きっともの凄く照れていそう!
考えただけで愛しくて、頬が緩む。
「・・・・・・?」
その愛しい人の気配がどこからも感じられず、僕は慌てて起き上がる。
どこにいても感じられる愛しい妻の気配をつかめない。太陽のように暖かで包み込むような優しい波動・・・。
「・・・ソフィー・・・?」
昨晩のことを照れているのだろうか?
試しに、軽く結界を壊す呪文を呟く。恥ずかしがっているなら、ソフィーの言霊の魔力がソフィーの気配を消しているのかもしれない・・・・。
「・・・ソフィー!?」
やはりソフィーの返事はなく、気配もつかめない。

コレはドウイウコト?

・・・ソフィーに何かが起きた、と理解するのに時間はかからなかった。僕はまだ眠るモーガンを抱きかかえて階段を駆け下りると暖炉の前でカルシファーを探す。
薪の下で眠りこけているカルシファーを見つけ、声を荒げ僕は尋ねる。
「カルシファー!一体何が起きてるんだい!?」
カルシファーは眠そうに半眼をようやく開き「なんだよ、おいら眠いんだ!」とまた目を閉じる。
僕はイライラする気持ちが高まってよいはずなのに・・・なんで?泣きたい気持ちになる。
何故だ?決定的に酷いことが起きている事実にもかかわらず、この城を包む空気は春の陽だまりのように暖かで優しい。そう、まるでソフィーに抱きしめられるような・・・幸福感。このまま眠って居たくなるそんな心地よさ。
これは、あきらかにソフィーの施した呪い。
僕はそんな心地よさがソフィー本人に与えてもらえないこの情況に耐えられず、顔をしかめる。心臓が激しく打ちつけて、指先から大事な物が零れだす感覚に体が震える。モーガンはそんな僕の気持ちを敏感に感じ取り、いや、モーガンも大切な母さんの身の上に起きた何かを感じたのか・・・激しく泣き出す。
「・・・そうか・・・。モーガン・・・君は・・・察知してたんだね?」
昨夜、ソフィーのモーガンをあやす姿を思い出し、ハウルはぎゅっとモーガンを抱きしめる。

『モーガン、怖くないわ。・・・いい子ね・・・モーガン。さあ、眠りましょうね・・・大丈夫ちゃんと守ってあげるわ・・・』

ソフィーは気がついていた?ううん、知っていたんだ。何かが起きることを。だから、あんたは・・・!?

何度も、何度も、僕の名前を呼んでくれたの?愛していると、言ってくれたの?

イヤだよ、ソフィー!まるで昨夜が最後の夜みたいじゃないか!・・・そんなことって、そんな酷いことってないよ・・・!
泣きじゃくるモーガンを抱く腕が激しく震えて、僕は思わず座り込む。
どうしよう、このままソフィーを抱きしめられなかったら・・・・!
頭に浮かぶソフィーの顔はどれも泣き顔に変わってしまう。よりによって、ジンに襲撃されたあの時の顔。僕がソフィーを猫に変えて無理やり飛ばした、あの時の顔。
僕が情けなくへたっていると、モーガンが髪を引っ張りその小さな瞳を涙でいっぱいににして僕を覗き込む。
「・・・こうしちゃいられない・・・、ソフィーを探さなくちゃ・・・・ね、モーガン。ママを助けなくちゃ・・・!」
僕はモーガンをぎゅっと抱きしめる。こんなに小さくても、僕に力を与えてくれる。
抱きしめていると、モーガンは何とか泣きじゃくるのをやめる。僕の顔に小さな手を伸ばし頬をぺちぺちと触り、涙でぐしょぐしょの顔で・・・それでも僕を見て微笑む。そんなモーガンに励まされて、僕は立ち上がりソフィーに内緒の書棚の奥からブランデーを取り出す。
「カルシファー、あんたにはやってもらわなくちゃいけないことがあるんだ」
キャップを外すと、カルシファーのしがみつく薪の上に注ぐ。さあ、もう起きてもらうよ!
「うわああああ!なんだよ!おいらを消しちゃうつもりかよ!」
「とんでもない!今頼れるのはあんただけさ。さあ、カルシファー、ソフィーになにが起きたのか教えておくれ!とっておきのブランデーをあげたんだからね!」
「なんのことだよ?おいら何にも知らないよ!ソフィーはここにいるだろう?・・・あれ?これ・・・ソフィーの呪いか?」
カルシファーは寝ぼけ眼をこすりながら、ブランデーの染み込んだ薪を嬉しそうに口に入れ、炎の勢いをあげて驚いてる。
「ソフィー、随分大きな呪いをかけたんだな。この城全体にかけてるぜ。あんまり心地よい呪いで、おいら気がつかないで寝ちまったんだ!で、そのソフィーがどうしたって?」
てっきりカルシファーは何かつかんでいると思った僕は、がっくり肩を落とす。でも、落ち込んでる暇はないんだ。
「カルシファー・・・。ここのとこソフィーの様子はどうだった?来客は?何か不審な荷物とか・・・・」
落ち着いたモーガンを床に降ろすと、さっそくハイハイで動き出す。時折、振り返って僕を確認する姿が切ない。
「・・・ああ、ここのとこ独り言が多かったな。『待って』とか『あの人は忙しいの』とか。誰も居ないのにぶつぶつ云うもんだから、おいらに言ってるのか?て聞いたくらいさ。ソフィーは、『なんでもないのよ』って笑ってたけどな。・・・来客は・・・特に珍しい客があったわけじゃなし・・・おいらが居ない間のことはマイケルに聞いてみろよ。荷物も、手紙も変なもんは届いてないぜ」
目がしっかり覚めたのか、カルシファーは急に不安げに炎を細く捩りながら、僕の隣に寄ってくる。
「なあ、ソフィーがこんな呪いをした理由はなんだ?まるで自分がいなくても大丈夫なように、って願われてるみたいな呪いだ。おいらこんなのイヤだよ!」
カルシファーはモーガンがぬいぐるみを握ってちょこんと座り、遊びだすのを眺める。
まったくだよ!こんな風に大事にされたって、ちっとも嬉しくない!
「で、マイケルは?」
「おいら起こしてくるよ!」
カルシファーはぐるりと僕の周りを一回転すると、二階へと飛んで行く。
「さあ、奥さん。あんたを追いかけるよ」
僕は、守られてるのは嫌いなんだ!






       2へ続く