魔女の呪い  ― 7 ―





ソフィーは気がついていた。自分が無意識に・・・日常生活の中で、幾度も左手の薬指に納まる指輪を確認していることに。

ちょっとした水仕事の後、マイケルと話をしている最中、何とはなしに親指で指輪に触れる。
そして、そんな時はとても穏やかな気持ちに包まれていることに。

そんなことを考え指輪を見つめていると「姉さん!大変だったわね」そう声をかけられ、ソフィーは振り向く。
店と城とを繋ぐアーチ型の通路から、マーサが顔見せる。
「マーサ!あんたに会いたかったのよ!」
マーサの手をひき隣の椅子に座らせると、マーサの頬にふわりと触れる。
「しばらく会わない間に、ますます可愛くなったわね!どう、お店は忙しい?」
にっこりとマーサは微笑むと
「お店はいつだって大忙しよ!姉さんこそ、・・・何だか綺麗になったわ!」
意味深な含み笑いを見せ、ソフィーの手を握り返す。
「やっぱり、私も早く ・・・」
そう言い掛け、マーサは言葉を飲み込む。
その様子を見て、すでに事情を聞いているであろうとソフィーは察した。

――その言葉の後に、どんな・・・あたしとハウルについての言葉が繋がっているの?

いつの間にか、その言葉の後の繋がりに甘い願いが込められている。

そんな想いを知ってか知らずか、マーサはソフィーの左手をとり、うっとりと指輪を見つめる。
「・・・ほんとうに・・・素敵な指輪よねぇ。姉さんの指になんてぴったりなのかしら・・・・!」
マーサも年頃、こういったアクセサリーに興味をもつのは不思議ではない。
でも、その瞳には何か・・・夢見る少女とは違う・・・大人の女性を思わせる・・・そんな輝きが宿っていた。
「 マイケルも作ってくれるかしら?」
マーサがそう呟くと、店のほうからマイケルが顔を出し、そろそろ時間だよと声をかける。
マーサは「ありがとう、マイケル!」と立ち上がりソフィーの耳元で囁いた。
「あんまり期待はしてないけどね」マーサは悪戯っぽくウィンクして「マイケルには内緒よ?」と笑った。




マーサを見送りに店先まで出ると、マーサはソフィーに笑顔で言う。
「記憶をなくしたって聞いて心配したけど、姉さんの顔を見て安心した!だって姉さん、ちゃんと<恋してる>顔だもの!」
マイケルはまぶしそうにマーサを見つめ、微笑む。
ソフィーは困ったような恥ずかしそうな顔で、これまた微笑む。

――マーサには敵わないわね

マーサはそんな二人を愛しそうに見つめ、・・・少し表情を硬くする。
「 だからね、姉さん。…レティー姉さんには止められたのだけど…やっぱり言うわ」
そう宣言すると、マイケルの表情も緊張する。
「私・・・・姉さんは自分の気持ちに正直になればいいと思うの。義兄さんは・・・きっと・・・」
一度言葉を区切り、マーサはまっすぐにソフィーを見つめる。
「考えても解らないときは、身体を動かす。姉さんは、そういう人でしょう? 」
マーサは何故か、少し照れたように笑う。
「今、心にある気持ちに素直になればいいのよ!・・・その、つまり、当たって砕けろってこと。ハウルはどんな姉さんだって受け止めるはずよ!」

――お互いに求め合う・・・夫婦なんだもの。

それは声には出さず、マーサは「ね?」とマイケルに視線を送る。
それから、休憩時間が終わっちゃう!と、慌ててマーサは走り出す。
マイケルはマーサが振り返るのを知っているかのように見つめ、角を曲がる前に振り向くマーサに手を振る。
そして、マーサに言われた事を真剣に考えているソフィーに
「マーサのああいうところ、ソフィーさんに少し似てますよね」と苦笑した。




夕食の支度に取り掛かる頃には、カルシファーも城に戻ってきた。
久しぶりにポートヘイブンに行って、湿原を眺めてきたことをマイケルに楽しそうに話している。
「マイケルは寂しくない?自分の育った街を離れて 」
ソフィーが尋ねると、マイケルとカルシファーは二人で顔を見合わせる。
ソフィーはそんな反応に?と二人を見る。

――・・・おかしな事、言ったかしら?

「―・・・寂しくないですよ!僕の大切な人は、みんな近くにいるんですから!」
マイケルは嬉しそうに答えて、カルシファーの薪を足した。

夕食の間も、マイケルは久しぶりマーサに会えたのがよほど嬉しかったのか、カルシファーとの会話がかなり盛り上がる。
ソフィーはそんな二人とは対照的に、主人の居ない椅子を見つめる。

――ちゃんと夕食とってるのかしら・・・ミーガンがハウルの食事を用意してくれるとは思わないんだけれど・・・。
・・・
・・・?
あたし・・・ハウルのお姉さんの名前・・・お姉さん?どうしてお姉さんの名前だと?マイケルから聞いていたかしら?

ズキンと痛む頭を振り、ソフィーはまた考え続ける。

――ハウルが戻ったら、今のあたしの気持ちを・・・あんたの事を考えると、心臓の空っぽの場所が痛むことを

・・・その痛みが・・・どうしようもなく甘く切ないことを伝えよう。

指輪に触れながら、ソフィーは祈るように目を閉じた。






        8へ続く

ハウルsaid