魔女の呪い  ― 6 ―





甘い痛みは、口付けられた髪からハウルの想いが伝わってきたかのように。
ソフィーの空っぽになっているはずの場所までも静かに侵食していく。

・・・・
あたし・・・どうして?
この胸の甘い痛み・・・イライラするのも・・・持て余す感情も・・・

「ハウルだからなの?」

たった一つの真実に繋がっている。そんな気がしてならない。

――こうしていても、仕方ない。幸い、苦しさは治まったし、マーサのところへ行って確かめよう。

ソフィーはベッドから起き上がった。

あの日、ここに来たレティーはきっとハウルに口止めされている。
でも、マーサなら?可哀相に、あたしがこんなことになったから、マイケルはマーサに会いに行けずにいる。
もしかしたら、マーサはあたしがこんな風になってるって知らないかもしれない。

――マーサに会いに行こう!

そう意気込んで立ち上がったものの。
もうじき、チェザーリの店は忙しい時間に入る。そんな時間に会いに行ってもマーサに迷惑がかかるだけだ。
ゆっくりと話のできる、昼下がり、お店の落ち着いた頃の方がよさそうだ。
そう考えて、ソフィーはそのまま立ちすくんだ。

しかし、こうして何もせずにいるのは、ソフィーには苦痛でしかない。結局、あの白いもやの中を考えてしまうから。

「掃除をしましょう。どんなにキレイにしたって悪いことはないはずよね?」
腕まくりをしながら一人呟き、まずは床磨きから始めることにした。

――カルシファーが留守のうちに煤をかきだしてしまおうかしら?

ソフィーは昼ごはんの仕度をするのも忘れ、煤を中庭に運び階段を磨いた。

その後ろで、笑い声が響く。

「まったく、あんたは。ちっともじっとしていられないんだねぇ」

その言い方とは裏腹に、ソフィーは言葉のなかに確かな優しさを感じる。
ソフィーが振り向くと、ハウルはチェザーリの包みを差し出して肩を竦めた。

「今さっき、マーサが持って来てくれたんだ」
そういうと、パイをテーブルの上に取り出す。

「あ・・・、マーサは?」
慌ててブラシやほうき、バケツを片付けながら、ハウルに訊ねる。

「恋人たちは、久しぶりの再会を楽しんでいるところさ。と言っても、せいぜい、5日ぶりだろうけどね」
ドア越しに、二人の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

――また、やってしまった!掃除に夢中になっていたばっかりに、マーサと話すチャンスを逃してしまった!

ハウルとソフィーはマーサの持ってきてくれたパイを口に運ぶが、どこか気まずい空気が流れ、ソフィーはまったく味がわからなかった。
ソフィーは意を決したように、指輪のことを聞こうと息を吸い込む。
しかし、まるでそうされるのがわかっていたかのように、ハウルは突然立ち上がった。

「もう大丈夫みたいだね?午後からはお店に出れる?」

ハウルはソフィーの答えを待たず、エプロンを外しすでに扉の方に歩いた。

「また、どこかに行くの?」

不安そうに揺れる瞳で訊ねるソフィーを見ようともせず、ハウルは取っ手を黒に合わせる。

「お風呂が使えないからね。姉さんのところで借りるよ。」
そう言うと、ハウルは扉を開け向こう側へ行ってしまった。

何とも言えない寂しさを感じる自分に、ソフィーは驚く。

「寂しい」なんて、今まで感じなかったのに?

ソフィーは左手に輝く指輪を見つめる。

「あなたをくれたご主人は、私をどう思っているのかしら・・・?」


指輪に刻まれた文字が、鮮やかに輝いたように見えたのは・・・午後の日差しが窓から入りこんだせいだったのか・・・?







        7へ続く