魔女の呪い  ― 5 ―





朝食を作るソフィーに、フライパンの下からカルシファーが話しかけた。

「ハウルのやつ、今日も酔っ払って帰ってくるのかな?」

ソフィーが卵を割るたびに、器用に手を伸ばして殻をほうばり、もっと!!と手を伸ばす。
そんなやりとりも、すっかり記憶の奪われる前と同じなのだが、当の本人は気づいていない。
「そろそろ限界なんじゃないか?ハウルのやつ」
その声はいつものおもしろがる響きはなく、ひどく心配している様子だ。

――悪魔でも、心配ってするものなのね。

「限界って、ハウル、どこか悪いの?」
スクランブル・エッグを皿に移しながらソフィーは何気ない風を装って、カルシファーに尋ねる。

――いつものハウルなんてわからないけれど、どこか悪い様子だったかしら?

「・・・あたしが記憶を無くしていることと、関係がある?」

――荒れ地の魔女の呪いが、ハウルにも何か影響を与えているの?

急に不安になったソフィーは、フライパンを置き、カルシファーの前に屈んだ。
カルシファーは、パチパチッと火の粉を散らし、はがゆそうに身をよじった。
「荒れ地の魔女のやつ!ハウルの弱点、思い切り掴んでるよ」
カルシファーは、ちぇっと舌打ちして不安そうに・・・ハウルの身を案じているソフィーに背を向ける。

――こんなに気になっているくせに、忘れてるだって?まったくソフィーには呆れちゃうよ

「ソフィー、ハウルの弱点はあんただ。おいら、これしか言えないよ。あいつが望んでないからね。
ただ、あいつはあんたを大切に思ってるのさ。無くしてしまわないように。これは確かさ。」
そう言うと、カルシファーは煙突からどこかへ行ってしまった。

開店の準備を済ませて戻ってきたマイケルに、カルシファーの事を話してみるがいくら尋ねても困ったように肩をすくめる。
「僕もそう思いますよ。ハウルさんは、ソフィーさんをとても大切に思ってます。
でも、だから、思い出してくれって言えないんですよ。」
マイケルは混乱しているソフィーに「今日は、城でゆっくりしていてください」と言い残し、店に戻った。


――あたしと、ハウルの間に何があったというの?

空っぽになった暖炉を見つめ、ソフィーはただ、カルシファーとマイケル、そして昨日のハウルを思い出していた。
・・・確かに・・・こう思いを巡らせていると、心の中に不自然な空っぽの場所が見つかって、
その何もないはずの場所で、昨日ハウルの下で感じた切なさの棘が刺さっている感じだ。

――不思議・・・忘れているのは「ハウル」のことだけのような気がする
それは、何故?これはハウルが倒した荒れ地の魔女の呪いだから?荒れ地の魔女は、あたしから何を奪おうとしたの?
・・・ううん、ハウルから奪おうとした?何を・・・?

「・・・っ!」 ハウルのことを考えると、例の痛みが襲う。頭の中に白いもやがかかり、どんどん濃くなる。
「つまり・・・、ここから先が、・・・大事だったのね・・・?」
ソフィーは指輪を見つめ、少し気持ちを落ち着かせると、再び白いもやの中に入って行こうと目をつぶる。
強くハウルの名を唱えると、頭がガンガンと痛み出し、吐き気がして指先から血の気が引いていくのを感じる。
冷たい氷水に浸けられて行くように、体中が痺れる。

その時、扉が開き、ハウルが城に戻った。

この時間なら誰も居ないと思っていたハウルは、驚いて顔をあげたソフィーを見るなり表情を強張らせて駆け寄った。

「あんた何してるんだ!考えるのはやめるんだ。そこからは呪いが強くなる。あんた顔が真っ青だ!!」
ハウルはイライラしたような、苦しそうな表情で、ソフィーを軽々と横抱きにするとベッドまで運んだ。

「無理に思い出そうとしちゃいけない。そこから先はとても危険なんだ・・・」

険しい顔でそう言うと、横たえたソフィーの枕元でしゃがみこみ、何かを唱える。

ソフィーの身体から・・・寒さも痛みも消え、その顔から苦痛の色が消えた。

「今日は、大人しくしていておくれ」

険しい表情が、ゆっくりと微笑みに変わる。
立ち上がろうとするハウルの袖口を、ソフィーは握り締める。

「あの、ハウル・・・あ、ありがとう」

ハウルは-何かに突き動かされるようにソフィーに手を伸ばし、あかがね色の髪をすくい・・・口付け、微笑んだ。

――甘い痛み。


それを残し、ハウルは部屋を出た。





        6へ続く