魔女の呪い― 4 ―






「ハウルさん、お戻りになりましたか?・・・ソフィーさん、大丈夫ですか?」
顔が赤いですよ!マイケルは店先にバケツを並べながら、心配そうにソフィーを覗き込んだ。

ソフィーは先程のことを思い出し、激しく暴れる胸を押さえて深呼吸をした。

「ええ、ハウルはついさっき帰ってきたわ。ひどく酔っ払って!」
キツイ口調で言いながらも・・・まだ鼓動は治まらない。
「今日も王宮から呼び出されていたと思うのですが、大丈夫でしょうか?」
「今、浴室にこもっているから大丈夫なんじゃない!?」

――ここでの生活は本当に楽しい。あたしは花がとっても好きだし、マイケルもいい子よ。
カルシファーもいたずら好きだけど楽しいやつ。悪魔とは思えないくらい。
・・・ただ一つ、この城の主とは上手くやっていたとは思えない。
もともと相性が悪いのか、つかみ所のない存在に胸がチクチクしたり、イライラしたり!

「ソフィーさん?やっぱり思い出しませんか?あの日、このバケツの下から黒い封筒を見つけたんですよ」
「どこに何があるとか、生活に必要なことは、不思議ね?体が覚えているの。記憶を奪われたなんて嘘みたい」
心配しているマイケルに明るく答える。

――思い切って聞いてみようか・・・?

「ねえ・・・マイケル?・・・この指輪・・・ハウルがあたしに・・・くれたもの、なのね?」

ソフィーは左手の薬指に輝くリングをマイケルに向ける。
マイケルは困ったように笑いうなずく。
「そうです。・・・あちらの世界のしきたりだそうです」
「あちらの世界って、ハウルの故郷のウェールズってとこ?」

また痛み出す頭を無視しながら、ソフィーは続ける。このリングに特別な意味があるような気がするのだ。
と、その時。
城と繋がる扉が開きハウルが店に顔をだした。

「なんだい?二人で深刻な顔をして。花が売れず、店がつぶれそうなのかい?」

ゆりの香りに包まれながら、ハウルはすっかりアルコールが抜けた様子で明るく笑う。
先程見せた、切なさなんて微塵も感じない。

――もうっ!!タイミングが悪いんだから!!

マイケルがバツの悪そうな顔で「王宮には行かれないのですか?」と尋ねる。
「ちょっと王様とケンカしちゃったんだ。あんまり欲張ったことばかり言うからね」
ハウルは花を無造作に手に取ると自嘲的な笑顔で呟く。
「王様が欲張ったことばかり言っても、それに答えるのがあなたの役目なんでしょう?」
ソフィーはその笑みにほんの少し心がざわつくのを感じたが、あえて無視してキツイ口調で割って入る。
「まあね。でも、もううんざりさ。僕が居なくたってサリマンがなんとかしてくれるんじゃない?」

――この男の投げやりな態度はなんだろう?いくら王室付き魔法使いになるのがいやだったからって。

ソフィーはイライラを抑えらず、知らず鼻をならす。
「ところで、ソフィーは今度はどんな呪いをかけるつもりなの?」
険しい表情のソフィーを見て、ハウルはマイケルにひそひそと尋ねる。
「僕はインガリー1、不幸な魔法使いだ」
天を仰ぎ、神様さえ同情しそうな悲しげな顔でハウルは声をはりあげた。


ハウルが店にでたことで、女性客が押しかけ店はすぐに忙しくなった。
「若い娘の心臓を奪うっていうのは、ある意味本当のことよね・・・」
ソフィーは呆れる気持ちと、見事に女性客を魅了し花を売るハウルを見て溜め息をつく。
ハウルは最後の客を見送ると、傷付いたような顔でソフィーに呟く。
「僕の心臓はあんたのものだけどね」
そう言ったハウルは拗ねた子供のようだ。
「だいたい、自分の力を過少評価しすぎなんだよ。ソフィーは」
何のことかさっぱりわからないソフィーは、ハウルを睨みつける。
「王様のところに行くのが嫌なんじゃなくて、美しい娘さんに囲まれていたいのね」
つい先程まで、何人もの女性が身体を摺り寄せるようにハウル取り囲んでいた。
ハウルは何故かくすりと笑う。
「ソフィー、あんた嫉妬してるの?」
からかうような口調に、ソフィーは顔を真っ赤にしてハウルを益々睨む。
「あたしはあんたに心臓を奪われたりしないわ!!」
すっと、ハウルの笑顔が消え、また傷付いた少年の顔になる。
ハウルはくるりとソフィーから背をむけ、売れ残りのカラーを手にすると「姉さんのところに行ってくるよ。しばらく顔を出してなかった」と言い、城へ続く扉の中に消えた。

残されたソフィーの心臓が、またちくちくとする。
「どうしてこんなにやりあうのかしら!!」
ソフィーがぼやくと、マイケルが吹き出す。
「いつものお二人は、こんなもんじゃないですよ!?」
涙が出るほど笑うマイケルを見ていると、よほど憎しみあっていたのかしら?と思ってしまう。



ハウルはその晩も帰ってこなかった。





       5へ続く