魔女の呪い  ― 3 ―






ジェンキンス生花店には――ソフィーの記憶では、ハッター帽子屋のはずの場所であるが――色とりどりの季節を無視した花が飾られ、ソフィーはうきうきして客の注文に応えた。

見知った街の人たちが、当たり前のようにソフィーに花束を注文する。

花屋の手伝いをする為というハウルの昨日の説明が本当であったようだ。

お客がソフィーのことを「奥さん」と呼ぶのが気になりはしたが、ほかの店でも女主人を「奥さん」と呼んでいることだし、と己を納得させ、そのうちそう呼ばれても気にならなくなった。

それに働いていると、どの棚にハサミがあるとかリボンの買い置きがあったよね?あのご婦人はこの花が好きなのよ、など自然と頭の中に情報が流れ込んで来る。

ここでちゃんと生活をしていたんだという確認ができたみたいで、ソフィーは嬉しくなった。
マイケルのことも「いつも気をつかってくれてる」とサポートしてくれていたことを感じたし、お客が少なくなるとふわふわと飛んで来ては、ちょっかいを出すカルシファーにも「除草薬をかけちゃうわよ!!」とかなりいつもの調子(本人は気が付いていないが)を取り戻していた。




「なんで花屋なのかしら・・・?」

ソフィーが店じまいをしながら呟くと、マイケルは床を掃きながら答える。

「ソフィーさんが言ったんですよ!ハウルさんがここをなんの店にするか尋ねた時に。今まで、呪いしか取り扱わなかったのになあ。
あの時は不思議でしたけど、きっと、ハウルさんはソフィーさんを喜ばせたかったんでしょうね」
「あたしの・・・ため?」

何気なく話すマイケルに少なからず驚く。

ハウルがあたしのために?

そう聞こうとして、ソフィーは言葉を飲み込む。また、頭が締め付けられるように痛んだからだ。

カルシファーが覗きに来て「早くおいらに薪以外のもの食べさせてよ!おいらでかけちゃうぞ?」と催促したので、二人とも急いで城に戻ることにした。
あたたかい夕食を逃すわけにはいかない。



心地よい疲労感で、その晩ソフィーはぐっすり眠った。



――翌朝

「マイケル、あたし本当に花が好きだわ!」

花畑で今日店に並べる花を切りながら、ソフィーは目を輝かせる。
ハウルは花屋を開くために、ここに扉を開いたという。
「まだそのころは、荒地の魔女の城が近くにあって・・・」マイケルは怖かったんですよ、と苦笑する。
「そういえば・・・ハウルは帰って来たの?」

聞きたいことがあったのに・・・あたし、すっかり眠ってしまったわ。

「呪文の課題でわからないことがあったので、カルシファーとかなり待ったんですけど・・・お帰りにならなかったんです」
そういうとマイケルは不思議そうに首をかしげる。
「遅くなっても必ずお帰りになるのに」ね?と同意を求められるが、ソフィーは記憶がないのでどう答えていいのかわからず・・・少し考えて口を開く。

「・・・恋人のところじゃない?」

そう言う自分の声がひどく冷たい声でどきりとする。

――そうよ、ハウルは女性にだらしないのよ?!

「まさか!以前のハウルさんじゃあるまいし!」
マイケルがすぐに反論したものの「以前はだらしなかったのね!!」とソフィーは鼻をならす。
マイケルが必死にハウルの弁護をつづけたが、ソフィーの耳には届いていなかった。



――ハウルが美しい娘さんと何をしようが関係ないはずよ?・・・なんでこんなに胸がざわつくのかしら?

朝食の後片付けをしていると、突然扉が勢いよく開き、ハウルが足元のおぼつかない様子で城に帰ってきた。
「ちょっと!大丈夫?!」
ソフィーは慌てて駆け寄り、その場に倒れこみそうなハウルを支えた。
「やあ、可愛いらしい灰色ねずみちゃん!」
ハウルからはいつもの花の香りではなく、アルコールの匂いがする。扉の取っ手は黒。

――黒はハウルの故郷、ウェールズとか言うところに繋がっているんだっけ?王宮にいたんじゃないの??

ハウルは子供のようにイヤイヤをしながらソフィーを退け「かるしふぁー!あつぅいおゆ〜!!」
と浴室に足を向ける。
「酔っ払い!強くもないくせに、そんなに飲んで!風呂でアルコール流しちまえ!」
カルシファーが毒付く。
ソフィーはイライラしながら、転びそうなハウルを再度支える。
「どこにいたの?もうお天道様はかなり上にあるっていうのに!」
「どこだったかな〜?それより、ソフィーちゃんも飲みたかったかい?ブランデーあったかな?
それより、向こうに戻っておいしいワインでも・・・」
ハウルは浴室の前でソフィーを抱き寄せようとしてバランスを崩し、ソフィーを押し倒す格好で倒れこんだ。
「ちょっと!!」ソフィーは痛いじゃない!と抗議の声を上げようとしてハウルを見上げる。

「!!!」
ソフィーの心臓が跳ね上がる。

端正なハウルの顔が息のかかる場所にあり、さきほどまでのだらしない顔と違い、真剣な眼差しでソフィーを見つめていたから。

――うっ・・・心臓が壊れちゃう!!

「・・・ソフィー、思い出してくれた?」

その言葉には何とも言えない甘い・切ない響きがあって、ソフィーはますます動揺した。
なんとか首を横に振ると、ハウルは悲しげな表情になり、ふらふらと立ち上がりソフィーを抱き起こすと
「お湯」と再び言い、浴室のドアを力なく閉めた。

「あ〜あ、見てらんないね」
カルシファーは、薪を抱え込むと目をつぶった。

ソフィーは早鐘を打つ胸を押さえ「ハウルは心臓を食べる」という噂を思い出していた。
頭が締め付けられたが、胸に刺さった棘のようなものを感じ、その痛みの方が苦しい。

ハウルの言葉に感じた甘い、切ない響きが・・・そのまま棘となったかのように。







        4へ続く