魔女の呪い  ― 2 ―






夕食後、ソフィーはマイケルに城の中を案内してもらった。

――不思議な扉は明日自分で試してみよう!

階段を上りマイケルの部屋の向かいにあるドアの前に来たとき、マイケルは少し困った様子で口ごもった。
「えーと、ここはハウルさんと・・・」
「なあに?」
ソフィーは口ごもるマイケルを不思議そうに見つめる。

「ここは僕の寝室だよ。もしも寂しかったり、ベットが冷たくて眠れないようなら、訪ねておいで。」
急にソフィーは肩をつかまれ、心臓が驚くほど跳ね上がる。
ハウルの指先を感じた瞬間、雷に打たれたような衝撃が心臓を貫いた。
「いえ、ご親切に?ありがとう」

――からかっているのね!

ソフィーは耳まで赤くなっているのを自覚していたので、慌てて階段を降りた。
「ああ、君の部屋は階段下だよ。」
ここに来た頃は、ね・・・。

・・・もしもこの時、ハウルをほんの少しでも見ていたら、どんなに真剣で悲しい表情をしていたか、その表情が愛しさから溢れ出るものだとソフィーにも伝わったに違いないのだが・・・。
ハウルは寂しそうな笑顔でマイケルに肩をすくめて、2人の寝室のドアを閉めた。

ソフィーは高鳴る心臓を押さえつけようと、窓の外を眺め、息を整える。

――あんな言葉を間に受けちゃだめよ。

マイケルが呪文の問題にとりかかったので、ソフィーは椅子に座り何気なく自分の手をみつめた。

――この手がしわくちゃだったなんて・・・不思議だわ。
まあ、閉じこもって帽子ばかり相手にしいたときも心は老人みたいだったけれど・・・

記憶にないこの城や住人と一緒にいて不快でなく、なんとなく染み付いたようなポジションの中で
暢気に考え事をして・・・ああ、ここで生活していたんだろうな、と実感してしまう。
でも・・・

「ちょっと散歩にでてくるよ」
ハウルは軽やかな足取りで階段を降り、扉に向かうと花畑へ踏み出して行った。
甘い香りが流れ込み、ふいに、ソフィーは後を追いたい気持ちになる。

「っ・・・!」
まただ・・・。
ハウルのことを考えようとすると、急に頭が重くなりもやが掛かった感じがする。
目に見えない紐で記憶を縛り付けられているかのように頭がギリギリと締め付けられる。
ソフィーは自分の両手を見つめ、痛みが治まるのを待つ。

――これも荒地の魔女の呪いのせいなの?

・・・・・・?

ソフィーは左手の薬指に覚えのない指輪が輝いているのを見つける。
明かりにかざすと色が変わる。
表面には・・・なにか刻まれているが・・・読み取ることはできない。

――??自分で買ったのかしら?

不思議とリングを見つめていると頭の締め付けが治まり、もやも晴れてくる気がする。
マイケルはふと顔を上げ、ソフィーが指輪を見つめているのを見つけると、朗らかに言った。
「そのリング素敵ですよね。マーサも欲しいってうらやましがってました。あちらの世界では・・・」
そこまで言うと、マイケルははっとして言葉を飲み込む。
「この指輪・・・?」
ソフィーがマイケルに尋ねる前に、マイケルは慌てて本やメモをかきあつめ「今日はいろいろあっておつかれでしょう!僕も今日は早く寝ることにします」おやすみなさい、と、あっという間に階段を駆け上がって自室のドアを閉めた。
それなら!とカルシファーに向き直ると「ハウルからだよ。でもおいら、それしか言えないね」火の悪魔は薪を口の中に放り込んだ。


ソフィーは階段下のベッドの中で、荒地の魔女は、何であたしに何度も呪いをかけたのかしら?あたしがここにとどまる理由は?本当に花屋を手伝うためなの?とあれこれ考え、ハウルのことになると頭が痛み、指輪を見て治まるということを繰り返した。
しかし、これがなかなか精神を疲労させるらしく、いつの間にか、眠りが訪れた。



ソフィーが規則正しい寝息を立て始めると、見計らったようにハウルが戻ってきた。
静かにソフィーの枕元に膝をつくと、顔にかかる髪を指で払い・・・額に優しく口づけた。
「おやすみ、愛しい僕のソフィー・・・」




あんな出来事があった翌日だというのに、不思議とすっきりした気持ちで目覚めたソフィーは、朝食の準備を始めた。
昨日のことを用心深く思い出しながら(悪い夢でもみたのかもしれない!という希望は目覚めたベッドの上で砕かれた)
もしかしたら何か新たに思い出してるかも?と思い巡らしてみるが・・・
「うーん・・・」
「やっぱりまだ思いだせないんだね」頭上からの声に、ソフィーは知らず身構える。
「おはようございます、ハウルさん」
慌てて挨拶をするソフィーを恨めしそうに見て、ハウルは厭味なくらいの微笑を向ける。
「カルシファーは?」
ハウルは空っぽの暖炉を指差すと微笑とは裏腹に不機嫌そうに問いかける。
「そういえば、見かけないわ。」
ハウルが隣に来ただけで心臓がざわつく感じがする。
ハウルは、そんなソフィーを見抜いたように溜め息をつき階段を上りだす。

――そんなにビクビクしちゃって!

「カルシファーがいないなら、火は使えないよ。今朝はパンとチーズの簡単なものですますしかないね。」
なるほど、この城の動力源である彼が留守ということは料理はできないということだ。
「でも、あなた魔法使いなんでしょう?」ハウルの居なくなった隣を見てソフィーは呟く。
「火を使うことくらい簡単なんじゃないの?」

パンとチーズを皿に切り分けていると、マイケルが扉を開け、両手いっぱいに花を抱えて城へ入って来る。
「おはようございます」マイケルの後ろから花を入れたバケツがふわふわと漂って付いてくる。

花屋を営んでいるんだったっけ!

「ごめんなさい!手伝わずに・・・」
そこにカルシファーが煙突を通り暖炉に戻り火をつけた。
「ハウルは?呼ばれた気がしたんだけど?」
バタンと二階のドアが開いたと思うと、階段を駆け降りながら「カルシファー、お湯をこっちに!」と、ハウルは不機嫌極まりない声で言い、浴室に入る。
「やれやれ」
カルシファーは薪に手を伸ばして二本掴むと、暖炉に引きずり込む。
「ハウルさんはお店の手伝いしないの?」
ソフィーはいらいらしながらマイケルに皿を渡す。
「今日は王宮に行くみたいですからね」マイケルは気にしない様子で椅子に座り、答えた。

ソフィーとマイケルが朝食の後片付けを終えると、スイセンの香りを身にまとい、まばゆい金髪のハウルが浴室から出て来る。
着ているものは同じなのに、妙にさっそうとして見える。

「今日は遅くなるから。ああ、カルシファーのお陰で遅くなっちゃったよ!」
ハウルはぶつぶつとこぼしながら、皿の上のパンを掴むと扉の向こうに姿を消した。
「これは、相当まいってるんじゃないか?」
カルシファーとマイケルはくすくすと笑っていたが・・・

――いくらこの城の主だからって、なんなの?あの言い方!時間がなかったら浴室にこもる時間を短くすればいいのに!
だいたい、王様に会うからっておしゃれをすることないじゃない?
ああ、そうね、王宮には侍女や女官たちが大勢いるから!

そう考えてイライラしている自分に気が付き、ソフィーは頭を振る。


こんなことは、きっといつものことで、あたしがいちいち気にすることじゃないはずよ。忘れているだけで。
それにしても・・・あたしはハウルのことがよほど気に入らないみたいだわ。
何かにつけて、いらいらしているんだもの・・・。







        3へ続く