魔女の呪い  ― 12 ―





「放して!!放せっ!!」

あかがね色の髪は、次第に漆黒にかわり・・・火の悪魔・・・アンゴリアンがハウルの腕から逃れようともがく。

「駄目だよ。僕のソフィーを傷つけて、ソフィーになりすますなんて、最悪だよ」

凶暴な瞳は、片時もアンゴリアンから離さずに、氷像のソフィーに話しかける。

「だいたいさ、火の悪魔がこんな氷雪原で力をどれだけ使えると思ってるの?あんたのことだから、僕がアンゴリアンにころっと騙されるとでも思っていたんだろう?ソフィー、僕を・・・自分を過小評価しないでおくれよ」

亀裂の走った氷像の中では、今まで透き通っていたその姿に色が戻る。

「うああ、放せ!」
反対に、アンゴリアンは徐々に色を失い・・・体中から蒸気を上げ、少しずつ・・・小さくなっていく。
ハウルは、握り締める手に意識を集中するように、何事かを呟きだす。

「やめろ!やめろぉー!!」
「実体が滅んでいるのに、影がいつまでも残ってるなんて見苦しいよ?さあ、消えてもらうよ?」

ハウルは一瞬、とびきり冷たい笑みをアンゴリアンに向けると、握っていた腕を粉々に砕いた。

「!!!!」

断末魔を挙げる猶予も与えずに、ハウルはアンゴリアンを消し去った。ハウルの手からはガラスの破片のようなものが ぱらぱらと落ち、それもすぐに蒸気となって無くなった。

ピシッ・・・・・・・・・・!

氷像の隅々まで亀裂が行き渡り、ソフィーを覆っていた氷が全て崩れ落ちる。
ハウルは膝を折って・・・ソフィーを抱き起こした。

不思議なことに氷漬けになっていた割りには、ソフィーの体は温かで、いつもの抱き心地のよいものだった。

「ソフィー・・・?」
ハウルは心配そうに、空いている右手でソフィーの左手を握る。自分が贈った指輪が熱い。

氷雪原は姿を消し、換わりに暖かな花畑が現れる。色とりどりの花が咲き乱れる、荒れ地の花畑のように。

――そうさ、あんたにはこんな景色の方が似合ってる。この花畑は、僕を思うあんたの気持ち、そう自惚れてもいいよね?

ハウルは、その碧眼に甘やかな熱を秘めて高まる鼓動を押さえつける。
ソフィーのまぶたが震え、覚醒を知らせる。

――さあ、ソフィー。覚悟はいいかい?

ハウルは心の中で呟き、ソフィーの唇に。

王子のキスを施した。




****************



「ソフィー」

――胸に溢れる愛しさ・・・こんなに大切な感情を封印しちゃうなんて、あたしったらとんでもない魔女よね?

ソフィーは一番安心できる・・・それでいて暴れだしたくなる・・・その腕の中に居ることに気がついた。
皆が心配そうに覗き込んでいる気配が何とも気恥ずかしい。

ソフィーが中々目を開けられずいると、愛しい・・・夫が、呆れた声で言う。

「まったく、無理に自分で呪いを解こうとするなんて。僕の苦労はどうなるんだろうね?」

――悪かったわよ。自分で呪いをかけちゃうなんて。

「まったくだよ、よりよって新婚の夫を占めだすなんて、あんたは随分酷い事してくれるよ」

――しかたないでしょう?忘れちゃったんですもの。

「今晩からは、覚悟してよね?」

――なっ!!!

ハウルのこの一言で、ソフィーは真っ赤になり抗議の声を上げようと目を開ける。

「・・・っん?!!」
しかし、目の前にハウルの閉じられた瞳があり、ハウルの唇が抗議を飲み込む。

・・・・・。


ようやく開放され・・・肩で息をつくソフィーににっこり微笑み、背後で苦笑するマイケルにウィンクする。

「ね?眠り姫は、王子の口付けで目を覚ましただろう?イバラの中じゃなくて氷の中だったけど」

得意げに語るハウルは、しかし背後に徒ならぬ気配が漂いだすのを感じて、思わずさっと身構えた。
しかし、次の瞬間ハウルが感じたのは、柔らかな暖かな温もり。
ソフィーはハウルの背中に抱きつき、そっと目を閉じた。

「ハウル、・・・・ダイスキよ?」

――普段、こんなこと恥ずかしくて言えないけど、ここ何日かあんたを忘れていたんだもの。偶には、いいわよね?

嬉しそうにソフィーに向き直り、キスを降らすハウルを横目に、カルシファーが暖炉へ向かいながら盛大な溜め息をついた。

「あんたら、いい加減にしてくれよ。魔女の呪いなんて、まっぴらだ御免だ!!」








        end