魔女の呪い ― 11 ―
「まったく、ソフィー。君にこんなところは似合わないよ」
――確かに、君はこんな真っ白な氷雪原でも、かわいいと思うけどね?
ハウルは一面の銀世界に目を細める。
ソフィーの意識下。ハウルは冷たい空気の中で呟く。
――こんなに冷たい場所に独りでいたら寂しいだろう?
鼓動がいやによく聞こえる。真っ白な何もない空間。・・・そこに浮かび上がる二つの影。
一つは、きらきらと輝く光の塊り・・・?
もう一つは・・・
「ソフィー!!」
氷雪原に倒れ込んでいる、あかがね色の髪の・・・愛しい妻の姿を見つけ、ハウルは駆け寄る。
「ソフィー!ソフィー、しっかりして!」
ハウルは膝まずき、ソフィーを優しく抱き上げる。
あまりの冷たさに、ハウルは眉をしかめ、愛しい頬をそっと撫ぜる。
「ソフィー・・・」
「・・・っん」
伏せられたまつ毛が揺れ、ゆっくりとその琥珀色の双眸が開く。
「ハ・・・ウ・・・ル・・・?」
その唇から震えるように言葉が零れた。
「ソフィー・・・、大丈夫かい?」
虚ろに揺れる瞳を開け、ソフィーはひしっと抱きついて「ハウル!!来てくれたのね!」と感嘆の声をあげる。
「・・・もちろんだよ」
ハウルはそう答えて・・・その傍らにある氷の塊を見る。
それに気づいたソフィーはハウルに告げる。
「これが、わたしの封印なの。あなたの手で、壊してくれる?そうしたら、わたしの記憶はすべて戻るの」
そう言うと、ソフィーはすぐにハウルから離れ「お願い」と甘い囁き声で言った。
ハウルは静かに・・・氷の・・・横たわるソフィーの氷像を見つめた。
「ソフィー・・・最悪だよ」
ハウルは泣きそうな表情で呟いた。
ソフィーは怪訝な顔をして、ハウルの肩を掴む。
「どうしたの?早く粉々にして!そうすれば、私の記憶が戻るのよ?」
ハウルは氷像のソフィーの髪に手を置き、目を伏せる。
「僕は、たとえ氷像でも、あんたを傷つけるなんてできやしないよ。だから、封印を解く解<答え>の中に記憶の中のあんたを傷つけるやり方なんて、一つも思い浮かばなかったのに。」
そう言うと、ハウルは氷の氷像に苦しそうな笑顔を向ける。
「荒れ地の魔女は・・・いいや、火の悪魔は読み違えていたようだね。僕が、あんたをこんな目に合わせたら・・・・どうなるか」
ソフィーは尚も、ハウルの腕を掴み懇願していたが、ハウルから静かな怒りを感じ慌てて手を離す。
「あなたができないなら・・・私がやるわ!」
ソフィーは両手を宙に掲げ、その琥珀・・・いや褐色の瞳をぎらつかせて手を振りおろす。
――これで、あんたの体は私のものよ!
その左手首をハウルは強く握り、自らの顔に近づける。
―冷笑とはこいうもの、と誰もが感じるであろう表情を浮かべ、ハウルはソフィーの自由を奪う。
「ソフィー、僕の愛を試しているつもりかい?」
強く強く握り、華奢な腕が悲鳴をあげるほどに、それでも力が入る。
「これでも、僕はあんたが辛い思いをしないように・・・抑制してきたつもりなんだけど」
今や、ハウルの碧眼は凶暴な熱を帯びている。
「ぼくを遠ざけるつもりなら・・・」
――ねえ、ソフィー聞こえてるだろう?僕にとって、あんたはかけがえのない伴侶。髪の一筋であれ、失くすつもりはないんだよ?
たとえ、あんたが声をだせなくても、僕の心には・・・あんたの声が届いてるってってこと、判ってやってるの?
ハウルは、胸の中を嵐のような感情が吹き荒れるのを感じる。
――僕に、君を置いて行けって言うの?あんたはちっとも判ってない!僕の心臓はあんたのものだって・・・伝えたよね?
それに、やっぱり、君には太陽の下が似合うよ?青空の下で、洗濯を干してるあんたがどんなに素敵か・・・。
ソフィー、あんたに言ってなかった?
氷像の左手の・・・薬指が・・・小さく動く。そこから、小さな亀裂が走っていく。
――ここはあんたの支配下だ。すべての記憶を取り戻したあんたが・・・僕を手放すの?それがあんたの答えなら
ハウルは口端をあげ、不敵な笑顔を浮かべる。
「僕は力ずくで・・・奪うよ?」
後半は、声にだしてしまう。しばらくしていた慣れない我慢も限界なのかもしれない。
ハウルの掴み挙げた手の中で、ソフィーの・・・ソフィーに成りすましたアンゴリアンの・・・左手が蒸気をあげ溶けだした。
12へ続く