魔女の呪い  ― 10 ―





――ここは・・・どこ・・・?

体中を支配する、痺れる様な冷たさに・・・ソフィーはゆっくり顔をあげる。

そこはどこまでも続く・・・氷雪原。
ぶるるっと体が震え、ソフィーは両手で自らを抱きしめる。
「ここは・・・?」

あたし・・・ハウルを・・・迎えに行こうとしていたのよね?
ここにハウルが居るの?

相変わらず頭は痛むが、もう頭の中にあった白いもやはない。風が吹いているわけでないのに、
体の中に冷たい風が渦巻いている。

「・・・ハウル?」

ソフィーは言いようのない恐怖に襲われて、震える口びるから言葉を零す。
たった一つ浮かぶ名前。
記憶を失くして・・・初めて感じる恐怖。
それは、突然・・・ソフィーの前に現れた。


「ハウルは居ないわよ」

背後から、女の震える気味の悪い声が聞こえ、ソフィーはゆっくりと振り向く。
この真っ白な世界にあって、確実に異質なもの。とても危険。ソフィーの頭の片隅で声があがる。
早く逃げろ!!と。
でも、痺れた体は思い通りに動いてはくれない。
その女は、豊かな黒髪をたらし大きな褐色の瞳でソフィーを見下ろし、口元を歪め笑う。

「あなたの捜し物はあれかしら?」

美しいその容姿とは裏腹に、どこまでも冷酷な響きで、氷雪原の一点を指差す。

・・・氷像?・・・あれは・・・・・あたし?!

透き通る氷の塊は、ソフィーをそのまま凍らせ、色を奪ったようなもの。

「これはね、あんたが自分で封印した記憶。ついでに、呪いの中にあった私のカケラまでここに連れて来た。」

女は嬉しそうに笑う。

「・・・取り戻しにきたのよ」・・・その記憶を

ソフィーは何とかそれだけ言うと、心の中で呟く。
女は一際高らかに笑うとにやり、と氷像に近づく。そして幾分溶けかけていた肩に手を置き、ソフィーに告げる。

「簡単よ。この像を壊せばいいの。ああ、あんたは動けないみたいね。私が代わりに壊してあげる。」

女は躊躇なく掴んだ肩をぐいっと引き、氷像を後ろへと倒す。

バシッッ

氷雪原に倒れたソフィーの氷像は、空気が引き裂かれるような硬質な音をたて、粉々に飛び散った。


瞬間、ソフィーの胸に流れ込む感情。――溢れる思い
出会った時から、捕らわれた心。奇妙な生活で飾らない互いをぶつけ合った。


そして――

「僕たちって、これから一緒に末永く幸せに暮らすべきなんじゃない?」

ハウルの握った手が熱い。碧の瞳が自分を映し出す。

「それって、ぞくぞくするするような暮らしだろうね!」

ハウルの嬉しそうな表情が凍っていた胸を締め付ける。



大好きよ!ハウル!
普段、照れて言えないけど、あたしあんたをこんなに愛してる!!
ああ!あたし、なんて大事なことを忘れていたんだろう!?
早く、早く、ハウルに言いたい。あたしがあんたを忘れるなんて!



指輪が益々熱くなり、感覚のなくなってきている指が異常を告げる。
ソフィーが慌てて体に力を入れようとすると、すでに胸元まで氷っていた。

「代わりにあんたが氷像になるといいわ!いい気味!自分の封印に自分が捕まるなんて!」

何てこと!この女は・・・

「・・ア・・ン・・ゴ・・・リ・・・ア・・」

喉元からせり上がってくる氷で言葉が遮られる。


荒れ地の魔女の火の悪魔・・・アンゴリアンが嬉しそうに笑い、目を細める。

「ほら、ちょうど、あんたの魔法使いがやってきた」

アンゴリアンの視線の先に、愛しい夫の輪郭が浮かび上がる。


『ハウル、来てはダメ!!』


・・・・ソフィーの悲痛なその声は、氷の中に閉じ込められた。







        11へ続く