I miss you ― 3 ―





城から飛び出し、向かった先はポートへイブンの湿原だった。
マイケルと可哀相な流れ星を追いかけた、あの湿原。マイケルが『流れ星は8月か11月が最高』と話していた。
今は流れ星のシーズンではないはずだ。

「ハウル、寒いわ・・・」
雪こそ降っていないものの、さすがにコートなしでは冷える。
城の中は、カルシファーが簡単な魔法を掛けて出掛けるので、それほど寒く感じなかったが・・・・。
ソフィーが空いている方の手で肩をさすると、繋いでいた手を離し、ハウルが自分の上着をソフィーの肩にかける。
「ごめん、ついそのまま連れ出しちゃったね」
「ダメよ!あんたが風邪引いちゃう!」
ソフィーは慌ててハウルの上着を掴み返そうとしたが、ハウルが後ろから上着ごと抱きしめる。
「僕は大丈夫。こうしてれば暖かいよ。・・・それより、ほら、流星群のショウが始まった!」
見上げた夜空は、冷たい空気の中で一層澄んで見える。
いつもより星の数が多く感じられ、ひとつ、またひとつと流れていく。
まばらな流れが、どんどん数を増やし一斉に動きだす。
「まあ・・・・」
「凄いね、星が降ってくるみたいだ」
七色の帯を付けて何百と云う星が、まるで天井の篩いから落ちてくるようだ。
「ねえ、あの星はみんな落ちてしまうの?」
眩さに、目を細めながら、ソフィーは少し寂しい気持ちになり、きゅっとハウルの腕を掴む。
「落ちるものもあるし、今いる場所を追い出されて慌てて引越ししてるのもいる」
ハウルは幾つもの光の帯を眺めるソフィーの瞳を見つめる。
琥珀色の瞳に星の瞬きが映る。
「ソフィー・・・・」
星を見ているとばかり思っていたハウルの碧眼が、自分を捉えているのを知り、ソフィーの胸が跳ね上がった。
流れ星が舞い落ちる幻想的な夜空をバックにしても、ハウルの美しさが見劣りしない。
さらさらとソフィーの上に流れ落ちる金髪も、ソフィーを映す碧眼も、息を呑むほどの美しさだ。
もちろん、ハウルにとってはこの流れ星のショウですらソフィーを引き立てる舞台でしかない。

それに・・・ハウルはソフィーへの想いが体中から溢れていた。
可愛くて。愛しくて。

そんなハウルの瞳に、ソフィーは思わず身じろぐ。

時折垣間見せる、大人の・・・男の人の瞳。まだソフィーの知らない、ハウル。

ソフィーは慌てて俯き、ハウルの腕からするりと抜け出す。
「ハウル、やっぱり風邪引いちゃうわよ!ね?城に戻りましょう?」
顔が赤くなっているのは、寒さのせい、と自分にいい聞かせるようにソフィーは頬をさする。

ハウルはがっかりした表情をして、「ソフィー、もう少しここに・・・」と言いかけるが、
「パッチワークをもう少し進めたいのよ!」
そういうと、ソフィーは照れ隠しにキツイ口調で答え、ずんずんと歩きだす。

また落ち込んでしまうかしら?
・・・・・・・キスされると思って逃げちゃうなんて。

「・・・・・・。」

ところが、ハウルは急ににこやかになり、ソフィーの隣に駆け寄り並んで歩き出す。
「ねえ、ソフィー?そのパッチワークってどれくらいで完成しそう?」
ハウルは、握りこぶしを振って歩くソフィーの手をとり、自分の腕に絡める。
「!?・・・・・そうね・・・・あと3日くらいかしら?」
ソフィーは腕を組んだことにまた心臓が反応して、ハウルが
「ふ−ん、あと3日ね・・・・!」
と、やけに頷いて微笑んだことに気がつかなかった。


城へ戻るとハウルは「ただいまのキスはいいよね?」と悪戯っぽく笑い、返事も待たずに冷たくなった頬にキスをする。
ソフィーはどぎまぎする姿を見せまいと、「体が冷えてしまったわね」と何でもない風を装う。
そんな姿もハウルが目を細める仕草なのだが。
「カルシファーが戻るまで、スープを温めなおせないわね?」
ソフィーが困った様子で小首を傾げると、ハウルは椅子に座りくすりと笑って作業台に頬杖をつく。
「いいよ、そのままで。それより、ソフィーは仕事の続きをどうぞ?」
「そう?」
ソフィーは頭に疑問符を浮かべながら、促されるまま肘掛け椅子に座り針に手を伸ばす。
「・・・・それって、ベッドカバー?」
器用に手を動かしだすと、ハウルは静かに尋ねる。
「そうよ」
ソフィーは不審に思いながら顔をあげ、「どうかした?」と付け加える。
「温かそうだなーと思って。そんな素敵なベッドカバーで眠ったら、幸せな夢が見れると思わない?」
二人で。
そうにこやかに話すハウルにソフィーは背をむける。今日は何度頬を紅くさせられてるのだろうか?

どうして、そういうことを・・・・さらりと言うのかしら!!??

鏡越しに・・・ソフィーの紅くなった顔を見て、ハウルはまた笑う。
ソフィーは聞こえなかったフリをして、ハウルに尋ねる。
「今日、何を忘れたの?」
「え?」
「忘れ物よ!慌ててとりにきたじゃない!」
「・・・・・・?・・・・・ああ!」
「なんなの?その間は」
ハウルはガタンと椅子から立ち上がると慌てて店に足を向ける。
「それは・・・・大事なものを忘れたんだよ。ちょっと店を見てくるよ」
ハウルの後姿を見送りながら、ソフィーは「答えになってないじゃない!」とぬるぬるうなぎに舌を突き出した。

「ただいまかえりました!ってソフィーさん、何してるんですか?」
マイケルが顔を上気させながら城に戻り、ソフィーが舌を突き出すのを見て呆気にとられた声をあげる。
しかし、いつものこと、とばかりにマイケルは嬉しそうに今見てきた星の話を始める。
「もの凄い数の流れ星でしたよ!天井ごと落ちてくるかと思いました!!」
マイケルはコートを脱ぐと、瞳を輝かせ「マーサにも見せてあげたかったな」と呟く。
「あ、カルシファーはまだ帰りませんよ、今日は星の子たちを見送りたいそうです」
マイケルはそわそわと階段に向かう。
「僕、忘れないうちにマーサに手紙を書きますね!それじゃあ、ソフィーさんおやすみなさい」
興奮すると饒舌になるマイケルに、ソフィーは苦笑して「おやすみ」と声をかける。
「マイケルがうらやましいわ。ほんとにまっすぐで」
意地を張ってばかりの自分に・・・・思わず溜め息をついた。

恋なんて面倒でやっかいなものだったのね・・・・。






        4へ続く