I miss you ― 2 ―





・・・いい加減、ハウルのキスに慣れて欲しいわ!

ソフィーは耳元に心臓が移動したかのような感覚になり、どうにも動悸がおさまらない。そんな自分に文句を言ってしまう。

でも、今のは不意打ちよね!急に帰ってきたと思ったら、キスして戻るなんて。

慣れろ、と云うのが所詮無理な話だ。

つい最近まで、恋や愛なんてものは長女の自分には素敵な話が用意されてる訳がない!と考えていたし、
それも生きるか死ぬか?のような老女にされていたのだ。
すっかり元の若い姿に戻り、ハウルにプロポーズされ・・・まあ、キスも経験したとはいえ、ようやく恋を始めたばかり。
その相手は、すでによく知っている(特に欠点は)ハウルであっても、恋を育んでいくのはこれからだ。
恋愛は今まで見えていたものを隠しもするし、よく見せもする。
今まで気にもとめなかった仕草や言葉に、ときめいたり落ち込んだりする。
相手を思って幸せにもなり苦しくもなる。
そんな過程を経て、恋が愛へと生成されていくのだが、かなりのプロセスを飛び越えて、この二人が婚約したからと云って、戸惑いやその過程を一足跳びにできるわけではない。
むしろ、奇妙な同居生活をしていた分、「家族」としての愛情が先行し、純粋に恋心として受け止めきれずにいる。
相思相愛とはいえ、片思いすらまともにしてこなかったソフィーにとって、まさに、その入り口のあたりでおろおろしてしまう。

・・・まして、相手はあのハウルだ。



キスを落とされた耳元に、体中の神経が急速に集められたような感覚も、ソフィーにとっては
【不思議で手に負えないハウルの魔法】にしてやられたというくらいにしか理解できない。
それが、甘やかな感覚であると認めることができない。・・・もともと意地っ張りな面があるソフィーには、尚のこと。

「それにしても、なんてタイミングよくいらっしゃったんでしょうね。」
マイケルは、ハウルのお陰で客の居なくなった店内を見回し、感嘆の声をあげる。
「きっと、さぼっていたんじゃないかしら?」
ソフィーは丁度目の高さに掛けてある、真新しい鏡に映る真っ赤な顔を睨み付ける。
ハウルが大好きだと言うあかがね色の髪より赤い。

まあ、とまとのように真っ赤になって!!これじゃあ、ハウルを喜ばすだけじゃない!

ふいっと目を逸らし、床に散らばった葉っぱや切り落とした茎を箒で集める。
マイケルは、表のプレートを【準備中】に変えると、
「でも、さっきのお店、こんどマーサを誘って行ってみようかな?ね、ソフィーさんもハウルさんとどうです?!」
と心底楽しそうに提案した。
「そうね・・・、行ってみてもいいわね。」
マイケルの笑顔につられて、ソフィーもいつの間にか微笑み、どう言って誘おうかしら?と思案し始めていた。




*************




「今夜はハウルさん、お帰り遅くなるのでしょうか?」
夕食後、カルシファーが「今夜はなんだか、うずうずするよ!こういう日は星の子が騒ぎ出すんだ!!」
とマイケルを誘って出掛けようとしていた。マイケルは興味津々で、「ソフィーさんも行かれますか?」と尋ねてくる。
「カルシファー、何が起こるの?」
ソフィーは洗い物をしながら、カルシファーに尋ねる。
「ちょっとした神さまの悪戯さ・・・・。可哀相な星の子がたくさん落ちてくる。でも、夜空は盛大な花火があがったみたいに、賑やかなんだ!」
マイケルは七リーグ靴を履いて星の子を追い掛け回して以来、しばらく流れ星を見るのを拒んできたが、今日ばかりは好奇心が勝ったようだ。
それはソフィーも同じ事だったが・・・・
「ハウルが帰って来たときに、誰もいないんじゃ、また手がつけられなくなるでしょう?」
ソフィーにとっては珍しく、好奇心を抑えることに成功したようだった。
「めったにないぜ?いいのかよー、ソフィー!?」
カルシファーが出掛けに確認した時には、すでに一緒に行きたい衝動にかられていたが、ソフィーは「いってらっしゃい!」 と2人を見送った。



ソフィーは暖炉の前の肘掛け椅子に座り、縫いかけのパッチワークを広げる。
「もう少しで完成ね。」
かなりの大きさで・・・・ベッドカバーであろう。ソフィーはふんわりと微笑んで、針を手にする。
「あんたは、とっても温かね。これで眠る人はきっと心地よく眠れるはずよ。疲れも吹き飛んで・・・・
そうね、風邪だってすぐに治ってしまうわね。」
ソフィーは一針一針、丁寧に言葉を、思いを込めながら縫いこんでいく。
ハウルの部屋のベッドには、かなり古くなり汚れて色の区別がつかないベッドカバーが掛けられている。


『そろそろ、一緒に眠らない?』

ハウルが冗談めかして抱きしめても、ソフィーは「フン!」と鼻をならして腕を払いのけた。
それでも・・・・ハウルの碧眼を見つめたら、頷いてしまいそうな自分に気がついてしまった。

でも、まだ・・・・・。

ソフィーの思いは針を通して、このカバーに染み込んでいく。

「そうね・・・・これが出来上がるころには・・・・?」

ソフィーはそう考えて、一人頬を紅く染める。
ハウルを前にすると恥ずかしさが先にたち、憎まれ口ばかりでてしまうが・・・こうして愛しい人への想いは溢れてしまう。

愛しい人と一緒に眠るのは・・・・どんな感じなの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・っ!今は・・・・そんなことは、いいのよっ!!

ソフィーは、小さく頭を振り指先を見つめる。

どうか元気で、どうか幸せに。

ハウルの幸せには、すでにソフィーなしでは考えられないことは、気がついていないのだが。



ばたん!!
本日二度目の盛大な扉の開く音で、ソフィーは椅子から飛び上がりそうなほど驚いた。
扉には、いつもの優雅さからは考えられない様子のハウルが、はあはあと息を切らせて立っている。
今、ハウルの事を思っていたソフィーは胸を押さえて椅子から立ち上がる。
「ど、どうしたの?何かあったの?」
ハウルは、明らかにかなりの慌て方をして帰って来たようだ。
「まさか、・・・何か悪いことが?」
ソフィーは心配そうに駆け寄る。
いつも仕事は「つまらない」「くだらない」「めんどくさい」と愚痴ばかり零しているとは云え、ハウルは正式な王室付き魔法使い。
ソフィーが知らないだけで、実は危険な仕事もかなりある、とハウルの同僚のサリマンに弟子入りしたレティーが教えてくれた。
「・・・・」
心配そうに駆け寄るソフィーとは裏腹に・・・・ハウルは口元を押さえ、にやけてくる顔を必死に抑えていた。
心臓がどきどきして、嬉しくてたまらない!そんなところだろう。
「ハウル?」
ソフィーは、それすら心配してハウルの腕を掴む。
「ただいま!ソフィー!待っていてくれたのかい!!」
明るく弾けるような言葉とともに、ハウルはぎゅうっとソフィーを抱きしめる。
「ほっんとーに、疲れちゃったよ!!ソフィーを抱きしめたくてうずうずしてたんだ!!」
ハウルはやけに浮かれた様子で、ソフィーは心配していた気持ちが、恥ずかしさに代わり、無性に腹が立った。
「なんなのよ?こっちは、何かあったんじゃないかって心配したって言うのに!!」
ソフィーは、ぐいっとハウルを押しのけると睨み付けながら抗議する。
「あったさ!もう、信じられないくらいに!!ねえ、ソフィー、僕たちも星を見に行こうよ!?」
「・・・へ?」
ソフィーの癇癪などまったく気にも留めず、ハウルはソフィーの手を握る。
「な・・・!!ど・・・?」
ハウルの脈絡のない会話と掴まれた手から伝わるぬくもりが、ソフィーの言葉を遮る。
「今日は、流星群が見れるんだ!!」
ハウルに引きずられるように、ソフィーは扉をくぐった。






        3へ続く