I miss you ― 1 ―
色とりどりの花で溢れる≪ジェンキンス生花店≫。
どこで仕入れてくるのか分からないが、季節を無視した花たちは、今摘み取られてきたばかりであるかのように鮮やかに咲き誇り、がやがや町の人々はこぞって、この店で花を買い求める。
店には、他にも客を呼ぶ魅力があり≪ジェンキンス生花店≫はいつも客足が絶えない。
今日も主に男性客を中心に、店は賑わっていた。
「ソフィーさん、この薔薇で花束を作ってください」
「はい、薔薇だけでよろしいですか?毎日、お母様にお花をプレゼントされるなんて、お優しいのね」
ソフィーが薔薇を手に微笑むと、その男性客は顔を赤らめ頭を掻く。
「ソフィーさん、百合はこれで最後かな?墓前に供えたいんだ」
「ええ、ごめんなさい。その百合で最後だわ。いつも10本買われるんでしたわね。うっかり取り置きしなかったわ!
何か代わりでよろしいかしら?」
「この花はどうすると長持ちしますか?」
「ソフィーさん」
「ソフィーさん!」
気がつけば、10人ほどの若者に囲まれソフィーは忙しく手を動かし、笑顔をふりまいている。
マイケルは、一人溜め息をつく。
どうしてソフィーさんは気がつかないのかな?皆さん、ソフィーさんが目当てできてるのに。
どう考えても、自分の母親に毎日花束を贈るなんて・・・よほどじゃなければ、考えられない。
まして、僕だけで店番している時に買いに来たためしのない客ばかりだもの。
「ねえ、今日はジェンキンスさんはお店にいらっしゃらないの?」
マイケルがかすみ草を花束に加えると、そわそわと髪を耳にかけ、ご婦人が尋ねる。
「ええ、店主は今日、別の仕事がありまして。はい、これでよろしいですか?」
マイケルが苦笑して花束を差し出すと、がっかりした様子で「そう」と呟き、代金をよこす。
ハウルさんが店を手伝うときは、女性客。ソフィーさんには男性客。
・・・・でも、僕一人が店番をしてる時にくるお客さんが、本当に花を求めるお客様。
「今ハウルさんが帰ってきたら・・・大変なことになりそう」
男の人に囲まれるソフィーさんを見たら・・・・・。マイケルはそう考えて頭を振る。
ハウルはまたとんでもない呪いを店に仕掛けて行くだろうから。
幸い、ハウルが帰宅したのは皆が夕食を摂っている時だった。
「ただいま!」
ハウルはそう言うと、大股でソフィーに歩み寄り、立ち上がったソフィーを抱きしめる。
「おかえりなさい、ハウル。さあ、あんたの夕食を運ぶから、手をはなしてちょうだい?」
ソフィーが肩をぽんぽんと叩くと、ハウルはマイケルに悲しみの視線を向ける。
「僕は仕事の間中、ソフィーのことを考えていたのに、もうちょっとこうしていたっていいじゃないか」
ねえ、マイケル。そう思うだろう?
ハウルはそう言うと、しぶしぶ腕を解く。
「そう、そう、今日はお土産があるんだよ!」
一瞬見せた寂しさなど欠片も感じさせない変わりよう。ハウルは、指をパチンと鳴らしにっこりと微笑む。
「えっ!?」
「またですかっ!!」
ソフィーとマイケルがぎょっとした表情を見せたが、どさどさっと目の前に大小さまざまな包みが落ちてくる。
「あーあ、いくら使ったんだよ・・・」
カルシファーは薪から乗り出すように、覗きこむ。
「ソフィーにね、新作のドレスを買ったんだよ!それに合わせるショールや靴、バック、アクセサリー。
それに、マイケル、君には新しい服。デートの時に着たらいいよ。それと・・・・」
嬉しそうに話すハウルとは対照的に、ソフィーとマイケルは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「鏡!鏡を買ったんだ!こんなに美しい服を着ても、自分で確かめようがないんじゃ意味がないだろう?」
ハウルは包みを開け、鏡を取り出す。
「いろんな場所に置けるようにいくつか買ったんだ。今は浴室にしかないからね!」
満足そうに言うと、ようやくソフィーとマイケルの表情に気がついたように、眉をひそめる。
「ソフィー?・・・もしかして・・・」
両手を組み、ソフィーを凝視し真面目な顔で尋ねる。
「ドレスに合う下着も欲しかった?」
「・・・・・・・・・・・!」
ソフィーが癇癪を起こし、久々にがやがや町に≪ジェンキンス生花店≫からの怒鳴り声が響いた。
***************
「行ってくるよ、ソフィー」
ハウルは、ちらりとソフィーを見るが、ソフィーは知らん顔で掃除を続ける。
「いってらっしゃい、ハウルさん。」
しょんぼりと出掛けるハウルをマイケルは苦笑しながら見送った。
「まったく、ハウルってば無駄遣いばっかりするんだから!!」
扉が閉まると、ソフィーはようやく振り返り扉の向こう側にむかって「気をつけてね」と呟く。
「でも、あのドレスは本当にソフィーさんに似合うと思いますよ?」
マイケルはくすっと笑い、ソフィーが赤くなるのを気がつかないフリをする。
昨晩、寝静まった暖炉の前でハウルが買ってきた鏡に・・・ドレスをあてがっているソフィーを見たのだから。
カルシファー内緒よ!なんて言いながら。
「ハウルさんの浪費癖は相変わらず困りものですけどね」
ソフィーは吹き出しそうなカルシファーを睨みつけて、フンと鼻をならす。
「ハウルはいつだって自分の美しさを見ていたくて、鏡なんて買ってきたのよ!」
その日も、男性客が多く前日と同じような光景が繰り広げられた。
ソフィーの周りに人垣ができ、話をするきっかけに花を買う。気にとめてもらえるように優しさをアピールする。
ただ、いつもと違ったのは、今日は一人の青年がソフィーをランチに誘うという行動にでた。
「おいしいパンと、新鮮な野菜を使ったお店なんですよ。もちろんお肉もおいしくて!」
年のころは25,6。ずいっと人垣をかきわけて、ソフィーに近寄る。
「いえ、あたしマイケルと食べますから。」
ソフィーはご親切にどうもと丁寧に頭を下げるが、その男もひかない。
「すごくおいしいんですよ?きっと家でも作りたくなりますよ。それに・・・」
手を握らんばかりで誘う男に、ソフィーが驚いていると、バタン!と激しく扉が開き、ハウルが颯爽と現れた。
「ランチはいつも一緒に食べてるんだ」
悪いね?と柔らかな口調でソフィーの肩を抱き、耳元に口付ける。
その優雅な立ち振る舞いに、一向は一瞬見惚れてしまう。
しかし、恐ろしいほどの笑顔で「他にご注文?」と、すでに花を手にしている男たちを見回すと・・・。
「い、いえ!!」背筋に冷たいものが走ったかのように、男たちは背筋を伸ばし慌てて店を出た。
「驚いた。どうしたの?ハウル。」
朝、口を利かなかったことなどすっかり忘れた様子で、ソフィーはハウルを見上げる。
「薬が切れちゃってるのかな」
「えっ?」
「ん?何でもない、こっちのこと。」
ハウルは極上の笑顔を見せソフィーを抱きしめると、扉に向かう。
「ち、ちょっと?」
「ごめん、ソフィー。忘れ物を取りに来ただけなんだ。戻らなくちゃ。サリマンに見つからないうちに!」
じゃあね!とハウルは慌てて、駆けていく。
ぽつんと、その場に残されたマイケルが呟く。
「忘れ物って、なんだったんでしょう?」
「さあ?」
ソフィーはハウルが口付けた耳元に触れ、今更ながらに赤くなった。
2へ続く