I miss you ― 5 ―





「まずいな・・・・カルシファー、あのことは絶対に内緒だよ?」
暖炉の前で息をきらし、ハウルは相棒に懇願する。
「おいら気が進まないね!絶対ばれちゃうよ!・・・・だいたいおいら、アレ嫌いだよ!」
カルシファーはジリジリと薪を焦がして、ハウルの顔を見上げる。
「そんなこと言わないでよ、カルシファー、僕はただ・・・」
ハウルは胸に手をあて、暖炉に近寄る。
「わかったよ!おいら、あんたらの喧嘩はなれっこだけど、・・・・とばっちりはごめんだよ!」
カルシファーは細く炎をあげると、あっちへ行けとばかりにハウルから遠ざかる。
「それじゃあ、僕は王宮へ戻るよ。・・・・虫除けの呪いは、完全にばれちゃった!」
ハウルはひらひらと手を振ると、キングズベリーに取っ手を合わせ「サリマンに怒鳴られる!!」と駆け出した。
カルシファーは暖炉から飛び出すと、鏡の前で「まったく、悪魔使いの粗いヤツだ!」と呟いた。


ハウルが飛び込んできて、店先で何事か唱えてから、いつもほどではないにしろ、客が入り思い思いの花を
注文していく。マイケルも本を投げ出し、小さな花束を作る。

・・・・・相変わらず、ソフィーの取り巻きの常連客は中に入れず、不思議そうに何度も店の前を横切っているが。
幸い、ソフィーはその事に気づいていない。

出足が緩やかだった為か、一段落したのは昼をかなり過ぎた頃だった。
「それで・・・・マイケル。ハウルは何をしたのかしら?」
床を掃いていたマイケルの背後に立ち、ひきつった笑顔を浮かべソフィーは穏やかに尋ねる。
マイケルは恐る恐る顔をあげ、ソフィーに負けないひきつった笑顔を見せる。
「あの、その・・・・何のことでしょうか?」
嘘のつけないマイケルは、半分泣きそうな気持ちになりながら、一応とぼけてみる。
「ハウルが何かしたのね?マイケルは知っていたみたいだけど?あたしの思い違いかしら?」
ソフィーの瞳に見据えられると、何故かマーサに問い詰められている気分で落ち着かない。

ハウルさん、すみません!!

マイケルは心の中で師匠に詫びると<虫除け>の呪いについて話した。できるだけ配慮をするのは忘れずに。
「ハウルさんのことですから・・・・大方、男性客を寄せ付けない呪いでもしたんじゃないでしょうか?ほら、昨日
ソフィーさんが迫られていたのを目撃されましたし・・・。僕は、そうじゃないかと思うんです・・・」
とても、以前から掛けてあって僕は知ってました、などとは言えない。
ソフィーは「ふうん?」とマイケルの表情を観察しているようだったが、特別問い詰めるでなく腕組をしている。
「ソフィーさんのことが心配なんですよ!きっと。」

『ソフィーはお人好しだからね。自分がどんなに魅力的か判っちゃいないんだよ。心配で王宮になんて行ってられないよ』

ハウルがそういいながら呪いを施していたのを思い出し、マイケルは熱心に弁護する。
ここ1ヶ月余り、ハウルは王宮の仕事で忙しくほとんど花屋に顔を出さなかったし、マイケルもソフィーに黙っていることに
気が咎めるので、ハウルに呪いの効力が切れ始めていることを告げずにいた。
・・・・呪いは、回を重ねるごとに、ハウルの嫉妬心を顕わすごとく強まっていたから。

それがいけなかったのかな・・・・。

憐れ、マイケルは師匠のしでかした失敗さえ引き受けてしまうのだ。
「もう、どうしようもない人ね。あたしを信用してないのかしら・・・?自分はご婦人方に囲まれているのに!」
どやらソフィーの怒りの矛先は、マイケルでなく張本人のハウルに向けられている。
「でもこれで、呪いは解かれたのよね?」
ソフィーはようやく、表情を緩める。

ここで、『いえ、まだ幾つかあります』なんて言えない・・・・。

マイケルはこくこくと頷く。
「それにしても、昨日と云い今日と云い、ハウルのあの行動はなんなのかしら?まさか他にも・・・?」
ソフィーが再び不審そうにマイケルに目を向けるが、こればかりはマイケルも無実だ!とばかり必死に首を振る。
「僕は何も知りませんよ!・・・・・・ハウルさんのことですから、本当にサボって来てただけかも?」
そうだとも、違うとも思え、ソフィーは複雑な表情を浮かべる。

ハウルは・・・何だかんだ言ってもやるべきことはやるのよ。
・・・・まあ、やり方もめちゃくちゃだし、多少手を抜いたりサボったりはしているけど。

ソフィーは結局『どうしようもない人』と苦笑して・・・・そんなハウルを憎めないことを自覚する。

何だか不公平な感じがするが、それを「惚れた弱み」というのだと妹たちに諭されるのは・・・・もう少し後のこと。
今はハウルに対してイライラする気持ちと、結局それを許してしまいそうな自分が可笑しい。
魔法使いと暮らすということは、いや、ハウエル・ジェンキンスという男と共に生きるということは、想像以上に・・・・・。

「ソフィーさん?僕、本当に知らないんです!怒っていらっしゃるんですか?」
マイケルのしどろもどろした声に、ソフィーはくすくすと笑う。
「怒っちゃいないわよ。あんたは何にも悪くないんだし。さあ、遅くなっちゃったけどお昼にしましょう?」
ソフィーが思いがけず上機嫌で言うのをマイケルは、ぽかんとして見つめ・・・・苦笑する。

かなわないよ・・・・この二人の魔法使いには。

城で身構えていたカルシファーも、ソフィーが機嫌よくフライパンの歌を口ずさみ、カルシファーにもベーコンの塊を放り込み、
料理するのを不思議がる。
「なんだよ、ソフィー。あんたやけに機嫌いいじゃないか!」
カルシファーは、ベーコンの塊をぺろりとたいらげ尋ねる。

おいら、てっきり問い詰められると思ってたのに!

声には出さず、火の悪魔はフライパンの下でおとなしくなる。
「そう?ねえ、マイケル!午後の店番を頼んでいいかしら?あたし掃除をしたいの。」
「え?もちろんですよ。でも、朝も掃除したじゃないですか?」
マイケルは皿を並べながら、周囲を見回す。特に汚れている場所はないようだが。
「久しぶりに床を磨いたりしたいの!それじゃあ、店番は頼んだわ!」
「おい、ソフィーどうしちゃったんだい?」
カルシファーがこそこそとマイケルに尋ねるが、マイケルも首を傾げる。
「僕にもわからないんです・・・・でも、ソフィーさん嬉しそうですよね????」






        6へ続く