人生のメリーゴーランド
煌びやかな世界というものは・・・たとえ戦火で傷付いた町並みが広がっていたとしても、まったく関係ないかのように存在するものなのだ。
少しずつ復興する町並みに、地道に取り組む人々が増えてきたとは言え、ここは別天地。
ソフィーは今まさにそのことを実感していた。
ドーム型の天井からはいくつもの豪華なシャンデリアが吊るされ、その天井には天使たちが描かれている。
天使たちの眼差しの先はヒールが沈んでしまうほどのふかふかの絨毯が敷かれ、広間には色とりどりの華やかな衣装を纏った貴族で溢れている。
楽団が軽やかなワルツを奏で、ダンスフロアーは上品な質感の漂う人々が流れるように舞う。
奥には、幾人もの料理人が並び、皿に料理を盛り付けたり、給仕が飲み物を注いだグラスを幾つも盆に載せ器用に片手で持ち歩いている。
贅を尽くしたこの空間にどこかそぐわない自分に、ソフィーはそっと溜め息をつく。
「ソフィー?気分でも悪いの?」
ソフィーを支えるように覗き込む青い瞳。金髪がさらりと揺れ、周囲から女性たちの溜め息が漏れる。
この今まで経験したことのない雰囲気に押しつぶされそうなソフィーとは対照的に、金髪を無造作に掻きあげる仕草さえ絵になる青年は、金の縁取りのある白い上着を羽織り、まるで生まれながらの貴族であるかのように圧倒的な存在感を発揮していた。
「なんでもないのよ、ハウル。ちょっと気後れしちゃっただけ」
ぎこちなくハウルの腕の中におさまるソフィーを、十分に周囲の男性は気にしている。
珍しい銀髪であることも理由の一つであるが、桜色のドレスを纏いどこか不安気な佇まいがなんとも可愛らしい。
「ねえ、ソフィー!向こうにおいしそうなお料理があるよ!!僕おなかがすいちゃった!ハウルさん、頂いてきていいですか?」
「ああ、行っておいで。走っちゃ駄目だよ。ご婦人のドレスの裾に気をつけて」
ハウルがウィンクすると、マルクルはにこっと笑い「はい!」と嬉しそうに歩いて行く。
「おばあちゃんも何か食べる?」
貴族を眺めていた・・・元荒れ地の魔女は首を横に振る。
「あたしはおなかすいてないよ。でもカルちゃんは寂しいかもねぇ」
「カルシファーがいたらパニックになってしまいますからね、マダム。」
ハウルがパチンと指を鳴らすと魔女の手にグラスが現れる。
「喉は渇いてらっしゃるんじゃないですか?」
「気が利くねえ。ハウル。・・・・・・・・・・・・・今日は気をつけた方がいいね?」
「?」
小首をかしげるソフィーを二人でしばし見つめ、苦笑する。
「そのようですね、マダム。」
ハウルがきらきらと輝くような微笑を見せると、人垣を掻き分けて・・・・このパーティーの主催者である隣国の王子が
人のよい笑顔で近づいてくる。
「ソフィー!!元気でしたか?」
隣国の王子・・・ハウルたちにとってはカブ頭のカブと言ったほうが馴染み深い・・・が優雅に跪き、ソフィーの右手の甲に口付ける。
ソフィーは驚いたように硬直して、頬をドレスと同じ桜色に染め・・・それでも嬉しそうに微笑み返す。
「お招きありがとう、王子。」
「嬉しいです。あなたがそのドレスでパーティーに来てくださるなんて。選んだ甲斐がありました!よく似合ってます」
うっとりとソフィーの手を握って立ち上がると、冷たい挑戦的な視線を感じ、王子はゆるりと視線を移す。
「魔女殿。ご機嫌麗しく。ああ、魔法使い殿も」
「やあ、お招きありがとう。君も元気そうで何より。」
「相変わらず、いい男だね〜。」
王子はハウルに一礼すると、魔女の手にもキスを施す。
「それにしても、派手なパーティーだね。」
ハウルが呆れたように肩をすくめ、ソフィーの腰に手を回し抱き寄せる。
「私もいささかやりすぎだと王に進言したのですが・・・停戦祝いだと押し切られましてね」
この美しい公達2人は互いに笑顔の下で、バチバチと火花を散らしているのだが、その原因とも言えるソフィーは
そんなことにはまったく気づかず、2人のやりとりを嬉しそうに聞いている。
「ところで王子、あんたどうやってソフィーのドレスのサイズを調べたんだい?」
魔女は目に見えない火花が見えるかのように目を細め、からかうような口調で尋ねる。
突然の話題に、ソフィーは顔を真っ赤にして「ちょっと!おばあちゃん!!」と椅子に座る老婆を目で諌める。
「勘ですよ。意外と私の勘は当たるのです。かかしの時も、助けてもらったのは老婆にもかかわらず、恋に落ちましたから」
王子は礼儀正しく佇みながら、さらりと言う。
「それならマダム、まだ望みはありますよ?ほら、人の気持ちはうつろい易いですから。」
ハウルもこともなげに言うと、ああでも。と嬉しそうに言葉を続ける。
「カブ、一箇所だけサイズが合わなかったんだよ!胸のサイズだけ小さかったから、僕の魔法を使わせてもらったよ?」
バシンと小気味好い乾いた音が響き・・・・ソフィーはカブに手を差し出す。
「ダンスを教えてくださる?」
とにっこり微笑みながら。
「もちろんです!」
王子は、今まさに流れ出した少し物悲しいワルツのメロディーに合わせ、フロアーへと最初の一歩を踏み出す。
3/4拍子のリズムに合わせ、ソフィーはゆったりと舞う。まるで花びらが舞うように。
マルクルが皿に料理を載せ、幸せそうな笑顔で戻ってくると、左頬を押さえ涙目のハウルが目に入る。
「どうかしたんですか?」
「・・・ソフィー・・・!」
そのハウルの情けない声が届いたのかどうか・・・ソフィーは、べーっと舌を付きだしフン!と視線を逸らす。
カブがこれまた嬉しそうに演奏の盛り上がりとともに、ステップを早める。
停戦の為に奔走した僕にも、こんなことがあってもいいじゃないか?
王子は痛々しい姿のハウルに、心の中で呟く。
「だからハウル、『今日は気をつけた方がいい』って言ったじゃないか」
魔女は可笑しそうにそう言うと、
「人生なんて回転木馬みたいなもんさ。上がったり、下がったり。それが面白いんじゃないの」
グラスの中のブランデーを一口含む。
「そんな・・・マダム!!僕は十分に苦しみましたよ!?」
ハウルは慌ててダンスフロアーに駆け出す。
「ハウルさん、走っちゃ駄目だっていってたのに」
マルクルは皿の料理に目を移し「僕はおいしいものを食べられたら幸せです!」と魔女に告げる。
「何はともあれ、『うまし糧!!』です!」
end
1万打記念に「あなたのハウソフィソングは?」というアンケートを行い、そのイメージでお話を作りました。
そしてハイネさんが素敵な挿絵を描いてくださいました。ハイネさんありがとう!
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