時をかける少女
c a l l i n g
― あの夏の日 ―
「真琴、どうしたんだよ?」
「あ、んー・・・なんでもない。」
木陰でジュースを飲みながら、真琴は中庭でじゃれ遊ぶクラスメイトや後輩たちを眺めていた。
照りつける太陽が、本格的な夏を前に予行演習してるみたいだ。
本来なら、こんな太陽に負けないくらい人一倍元気な真琴が、背中を丸めて座っている。
功介は苦笑して、真琴の頭をぐしゃっと撫でながら隣に座った。
「ソレだけか?お前の昼。」
「うーん。」
傍らに参考書を置き、ただ咥えるだけのストローは、吸い上げる気力もないジュースのパックからスポンと抜けた。
気のない返事に、功介は溜め息をついて真琴が見るその先を追いかける。
数人の後輩たちが、バットを振り回し野球をしている。
そっと隣の真琴を見下ろせば、懐かしそうに目を細め口元をほんの少し緩めている。
「・・・ここんとこやってないもんな、おい、一緒にやるか?」
参考書を放り投げ、立ち上がりかけた功介の腕を、真琴は掴んで首を振った。
「いい。」
「なんだよ、入れてもらおうぜ。俺も体なまってるし」
「いい、あたし、やんない」
真琴の細い手が思いの他強く引っ張ったので、功介はバランスを崩しながらまた座った。
「いってーな。」
「ね、果穂ちゃんは?」
「あ?ああ、今日はいいんだ」
「なんで?寂しがるよ。」
真琴はストローを紙パックに戻すと、水滴の落ちるソレを参考書の上に置いた。
「今日は、お前と一緒にいようと思って。」
功介はパタンと草の上に寝転がり、目を閉じた。
あれから、一年。
7月13日。
千昭を見た、最後の日。
「・・・あれから連絡は?」
「ない、よ。」
真琴も同じように草の上に倒れこんで、キラキラ光る木漏れ日が眩しくて目を閉じる。
―千昭。
あの夏の日を思い出す。
いつまでも、いつまでも続くと思っていた高2の夏。
あの日から、まだ一年しか経っていない。
一年先の未来に来たのに、あたしはまだ未来で待ってる千昭に、少しも近づけていない。
―千昭。
「そういえば、お前、芸大受けるんだって?」
「・・・うん。」
「真琴って、美術得意だったか?」
「あんまり。」
「だよなあ。」
心地よい風が、二人の間を吹きぬける。
「今日くらいは、我慢しなくていいだろ?」
あれから、真琴頑張ってたんだし。
功介の言葉に、真琴は両腕を顔の前で交差して、手をぎゅっと握り締めた。
「ホント、あんの馬鹿、連絡ぐらいよこせってーの。」
功介がそう呟いた瞬間、真琴の携帯が鳴った。
真琴はもそもそと起き上がり、スカートから携帯を取り出すと、着信画面を見て急に大声をあげた。
「こーすけっ!ち、千昭!!」
言われて、功介はがばっと起き上がり、震える真琴の手が握り締める携帯の画面を覗き込んだ。
間宮 千昭
「おい、おまっ、早く出ろよ!」
「う、うん、あ、えっと、ちょっタンマ!どっち、ボタンどっちだっけ」
「切れちまうぞっ!!」
混乱している真琴の手から携帯を取り上げ、功介は通話ボタンを押して「千昭か!?」と声を荒げた。
『・・・・・・・・・・・あり?これ、真琴の携番じゃね?』
とぼけたような、腹を立てているような、懐かしい声が耳元で響く。
「あり、じゃねーよ。千昭てめっ、今どこに・・・」
「もしもし、千昭!?」
功介の手から携帯をもぎ取るようにして、真琴は携帯にむかって大声を出した。
『あ?さっきの功介かよ。なんで真琴の携帯に出てんだよ。』
随分ノイズがかかっているけど、その声は紛れもなく千昭のものだ。
真琴は驚いた顔からゆっくりと笑顔に変わる功介の隣で、携帯の声に聞き入る。
聞きたくて、聞けなくて、繋がらない携帯に耳を澄ましたりした、大好きな声。
『・・・真琴?』
声にならず、嗚咽が込み上げそうになるのをぐっと堪え、真琴は「うん」と頷く。
『元気か?』
「・・・元気。千昭は?」
『まあな、お前らいねーからつまんねーけど』
電波の状態が安定しないのか、ピーピーっと警告音が響く。
普段、このあたりの携帯アンテナは、いつも3本しっかりたっているのに、だ。
真琴は立ち上がり、警告音が鳴らない場所を求めてあちこち歩き回る。
『野球、してーなー』
千昭の言葉に、真琴はピタリと動きを止めた。
「しよう、やろうよ、野球!!ねっ!千昭!」
『・・・ああ、そうだな・・・でも、そっち行けねーからさ、わりぃな。』
「・・・だよね。」
また警告音が鳴る。
『あっと、もう切れそうだな・・・真琴!』
「何!?」
真琴は立ち上がって近くまで来ている功介を不安げに見つめる。
『今日は、ナイスの日だな。』
「へ?」
『ナイスの日!真琴、お前、笑ってるか?』
ぶわっと涙が込み上げて、それでも真琴は空を見上げた。
抜けるような青空。遠くで入道雲が立ち上る。
「笑ってるよ!きまってんでしょ!」
泣き笑いでがははと笑うと、功介が頭をまたぐしゃぐしゃと撫でる。
『真琴、笑えよ。俺、お前の笑った顔・・・』
プツっと、声は途切れ、ツーツーツーという無機質な音が真琴の耳に響く。
「笑った顔が、なんだってーのよっ!!ちゃんと言え!!千昭のばかーーーーーーーーーー!」
とんだナイスの日だ。
だけど、と真琴は携帯を握り締めて思う。
どうやって電話したの?とか、聞きたいことは山ほどあったけど。
全然話せる時間は短かったけど。
やっぱり、ナイスの日だ。
千昭が時を越えて、声を届けてくれた。
真琴はぐいっと涙を拭うと、功介に向かって笑顔を見せた。
「功介!野球しよう!」
今日は、ナイスの日。
2007,7,23