ふじさきさんが相棒宅と拙宅の絵板に連作をくださいました。
なんとその続きもふじさきさんのサイトにアップ!
頂き物があまりに素敵でしたので、台詞を入れさせていただきました!





それは内緒の呪い。
知られてはいけないの。
何故って?そんなの決まってる。
あの人は、そうと知ったらあたしを抱き上げて、キスして喜ぶに決まってる。
そんなの悔しくて恥ずかしい。
だからこれは秘密の呪い。



恋心



王室の仕事が休みの城の主は、朝寝坊を決め込んだのか昼を過ぎても起きてこなかった。
いつもなら昼間には癇癪を起こし寝室に乗り込んでいくソフィーも、珍しく起こす気がない様子である。
「ハウルさん、起こさなくていいんですか?」
出された課題、ハウルのみみずが這うような文字が書かれた羊皮紙を握り締め、マイケルがソフィーに尋ねる。
ソフィーは、箒片手に暖炉の周りを掃きながら『聞きたいことが山積みなのに!』と顔に書いてあるマイケルに笑顔を向ける。
「あの人、昨晩遅くまで仕事してたみたいだし。」
柔らかな笑顔で答えるソフィーに、マイケルとカルシファーは互いに目を合わせ、苦笑する。
ハウルの作っていたものは、新たな虫除け魔法だということを彼らは知っていて、そっと溜め息をつく。
「明日もお休みだって言ってたもの。偶にはゆっくりするのもいいんじゃない?」
ソフィーはそんなマイケルたちに気がつかずに、箒を動かす。

今朝、隣で眠るハウルに掛けた呪い。
あれが効いてるのかしら?

ソフィーが思わずくすりと笑うと、いつの間にかすぐ目の前に漂ってきた火の悪魔に不思議そうに顔を覗き込まれる。
「あんた・・・なんかしたな?ソフィーの魔力を感じるぞ?」
ぎくりとして箒の柄を握り締め、青白い火の悪魔のにやにや笑いから目を逸らす。
「なんのこと?あたし何にもしてないわ。」
思わずマイケルにも視線を走らせるが、マイケルはぶつぶつと呟きながら書棚の前で考え込むように顎に手をあてている。
カルシファーはくるりと一回転すると暖炉に戻り、にやりと悪魔らしく口端をあげて見せる。
「あんたの呪いは命を吹き込むんだぜ?わかってるのか?」
「あら、疲れたハウルをゆっくり眠らせてね、って呪いが・・・そんなにいけなかった?」

あたしったら考えなしなことしちゃったかしら?
まさかとんでもない呪いを掛けてしまったとか?

ソフィーの表情が曇ったのを見て取り、カルシファーはまた意地悪く呟く。
「まあ、ヤツが起きてくればわかることだよな!」
「僕のことを話しているのかい?火の玉親分!」

嬉しそうな声が背後から響き、ソフィーはぎょっとして振り向く。ハウルが身綺麗に着飾り、嬉しそうな笑みを浮かべて階段を下りてくる。その足取りは軽やかで、重い足取りで帰宅した昨晩とは別人のようだ。疲れはとれたのだろう。どうやらソフィーの呪いは効力があったらしい。おかしなことにならなかったことに安堵しつつ、ソフィーはハウルからぷいっと視線を逸らす。

なんだって、あの服を着てくるのかしら!

「ねえ、ソフィー!おはようのキスは?今日はないのかい?」
最後の3段を飛び降りて、暖炉の前まで足早に近づくと箒を抱えるソフィーにキスを強請る。
「今頃起きてきて、おはよう、もないでしょう?」
照れ隠しから、ソフィーはふん!と鼻を鳴らし、きっと睨みつける。
「寂しかったの?奥さん」
くすくすと笑うハウルはどこまでも楽しそうで、ソフィーの顔はどんどん赤くなる。
「寂しいですって?とんでもない!煩いあんたがひっつかなかったせいで、掃除がはかどったわ!」
「またあんたは可愛くないことを言ってくれるね!」
「あら、本当のことを言ったまでなのに!」
ソフィーがそう言うと、一瞬顔をしかめたハウルだったが、思い出したように腕を掴みにっこりと微笑む。
「さぞかしはかどったんだろうね!もう昼を過ぎているんだから!僕をベットに縫い付けて、愛しい奥さんは掃除に一生懸命だったんだから♪」
ハウルはソフィーの友人である箒を奪うと、ずいっと身体を近づける。
「ねえ、ソフィー!あんた僕に内緒で何をしたの?」
ハウルの顔には悪戯な笑顔が浮かび、ソフィーはたまらず目を逸らす。

なんて凶悪な笑顔!あたしをダメにする笑顔だわ・・・!


「何も!何もしてないわよ!?あんたが言ったとおり『ハウルの疲れが取れるまで、ベットに縛り付けておいて。』って言っただけ。あんたときたら、ここのところくに眠りもしないで、ふらふらだったじゃない。」
ソフィーが俯きがちに呟く声に、魔法使いはちょっぴり頬を染めて見せる。暖炉の前で繰り広げられるやり取りに、カルシファーが「やってられないね!」とマイケルの方へと漂っていく。
どうしても照れるソフィーを見たくて上向かせると、思ったとおり、あかがね色の髪より赤くなった愛しい人の顔が現れる。
「ソフィー、その呪いも確かによく効いたけど。」
ハウルはくくっと忍び笑いをして、ソフィーを腕の中に閉じ込める。
「僕が聞きたいのは、他の呪い。ねえ、魔女さん?他に何か魔法をかけてはいないかい?」
どこまでも美しいその瞳に捕らえられ、ソフィーは思わず言葉を飲み込む。
「・・・・。他のって・・・。」
ソフィーは視線を彷徨わせ、寝静まった寝室で、ほつれた袖口を縫いながら掛けた呪いの言葉を頭の中で反芻する。

『あんまり魅力的に見せちゃダメよ?あたしだけが捕まっていれば十分なんだから。
あんたはそのままで十分美しいけれど、あたし以外の娘さんの心を奪ってはダメよ?』

自分の言葉に俯き、繕ったばかりの服を見つめながら心の中で舌打ちする。
あまりの恥ずかしさに腕を振り払い逃げようとすると、しっかりと掴まれた腕から熱を感じる。

「・・・ソフィー、あんたの呪いは強力だよ・・・?」
それは少し抑えた口調で、ハウルの声は掠れていた。
「あんただけが捕まっている!僕にとっては、それだけが望み。あんた以外の娘さんの心なんていらない。」
「だから言ったろう?『あんたの呪いは命を吹き込む』って!」
腕の中で暴れるソフィーに呆れたようなマイケルの隣で、カルシファーは細い腕を組んで笑って見せる。
「あんたの呪いは、そいつの恋心にいちいち命を吹き込んでるぜ!」
「ああ、周りがうるさいね!さあ、ここからは恋人だけの時間だよ?」
ぱちん!と指が鳴らされ一瞬にして寝室に移動し、カルシファーとマイケルの呆れ顔が消える。
ソフィーは驚き、抗う隙も与えられずに、そのままぐいっと引寄せられる。

「ソフィー、寂しかった?」

先ほどと同じ台詞を繰り返され、見上げた先の瞳に胸の中が締め付けられる。
「・・・あたしの呪いが効いてるの?」
ソフィーが苦々しく呟くと、ハウルは楽しそうに囁く。

「試して見る?」

その言葉の意味を確かめようとソフィーの唇が開きかけると、後ろにまわされた長くしなやかな指先に力がこもりハウルは自らの唇を重ねる。


「ん・・・」

ゆっくりと離れた唇にそっと目を開けると、探るようなハウルの瞳・・・。
「ソフィー・・・」
囁きは甘く、ソフィーは苦笑する。

ああ、失敗した!
あたしの呪いが、この魔法使いに見破られないなんて、無理だったんだわ・・・!

「・・・僕の心が呪いのせいかどうか、服を脱げば試せるよ?」
魅惑的な笑顔を見せて、再び口付ける魔法使いに、ソフィーは目を瞑る。

こうなることはわかってた!
だから秘密にしたかったのに!・・・・それは、本当かしら?

あたしの想いを・・・気づかれたくない。・・・でも。気づかれないのはなんだか寂しい。
知られたくなくて、知って欲しい。
・・・相反する想い。

恋心。

昼下がりの城の夫婦は、恋の魔法に操られ。
行き着く先は・・・!





end