遊園地デート編
Go!Go! wonderland
幾分日差しが柔らかくなり始めた8月の終わりといえども、照りつける太陽は秋山をげんなりさせるには充分すぎる素材であった。
そして、もう一つ、わかりきっていたこととはいえ、夏休み最後の日曜日、遊園地。
思い出作りとばかりに学生たちや親子連れで、賑わいすぎるほど賑わっている。
――入場券を買うのも、アトラクションに乗るのも、ミネラルウォーターを買うのも、トイレですら、並ばなくちゃいけないのだ。
何でよりによって、こんな日に?
秋山がぐったりする傍らで、一人違う世界に身を置いているかのように、神崎直は嬉しそうにはしゃいでいる。
何で?なんて考えてたら、このコと付き合えないよ。
そんなことは、誰よりこの秋山深一という男は知っていて、それでも「なんで」と頭を抱えたくなった。
「秋山さん、秋山さん、あれ、あのコースター乗りましょうか?ああ、あのパラシュートが開くのも面白そうです!でも、やっぱりミラーハウスとかも面白そう!」
ぐいぐいと秋山の腕を小さな華奢な手で引き、思いついたもの、目に付いたものに興味の引かれるまま歩き回る。
故に、要領の悪いこと、この上ない。
「あ、あれ美味しそうです。」
園内の端から端へ移動してみたり、次は正面、次は奥、と、移動にやたら時間をとられる周り方だ。
無駄な動きが多いのだ。
それを『入園料分遊ばなくちゃ!ですよね!』なんて意気込んで、嬉々として秋山を引っ張りまわすのだから、付き合うほうはかなり根気が必要なのだ。
「休憩」
「え?どこがいいですか?コースターですか?」
「休憩がいいです。」
かれこれ2時間、炎天下を歩き回っている。
疲れを知らない子どものように足どり軽い直と比べ、ああやっぱ年だな、と感じて秋山は苦笑した。
「とりあえず、あのベンチ、あの日陰の・・・」
言って振り向いた時には、今までぐいぐいと腕を引いていた小さな手が消えていて、秋山は「おいおい」と口癖になりつつある呟きを零した。
コレ、なんかの嫌がらせなんだろうか?
1回はあるだろうと覚悟していたが、本日2度目の迷子を捜す為に、秋山はぐるりと周囲を見回した。
先ほど、1回目は、遊園地に入ってすぐ、着ぐるみについて行って、スタッフゲートで追い払われたところを無事に保護した。
「秋山さん、あのうさぎちゃん、可愛いです〜」と言っていたのを思い出し、パレードルートを聞いて追いかけた。
まったく、さっきまで無駄に俺の腕にぶら下がっていたのに、軽くなった、と思うとこれだもんな。
「さーて・・・いい加減・・・迷子放送使うか?」
すでに太陽は西に傾きだしたとはいえ、アスファルトから立ち上る熱と太陽が容赦なく秋山を襲う。
焦げる、焦げるぞ・・・
炎天下で仕事をすることが多い秋山は、何故休みの日まで焼かれなきゃならんのだ?と、己の運命を呪いつつ、迷子の直の起こしそうな行動を考える。
迷子の迷子の仔猫ちゃん。
家族連れが多いとはいえ、ナンパでもされてたら洒落にならない。
今度は何につられて行った?
ええと、確か、『美味しそう』とか言ってたよな・・・。
通り過ぎる家族連れや恋人たちに視線を走らせる。
そんな人たちの手元を眺め、なんとなく目星をつけた秋山は足早に歩き出した。
「あれか」
いくつかある長い列の一つに狙いを定めた瞬間、秋山の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「秋山さーん!あ・き・や・ま・さーーーーん!」
ワゴン売店の前で、両手にアイスを持ち大声をあげる直を、周囲の人々が何事かと眺めている。
アイス、ね。
このまましばらく放置してやろうか、とも考えたが、アイスを持ち歩きオロオロうろうろ、ごった返す人にぶつかりそうになっては「ごめんなさい」と「秋山さん」を繰り返す直を――放っておくことはできなかった。
こんなの放置したら、誰かが被害を被るのは目に見えている。
これを無視できたなら、最初から神崎直に関わったりしていなかっただろう。
何より、今にも大きな瞳から、涙が零れ落ちそうで、秋山は両手をメガホン代わりにして声を上げた。
「おい!ここ!」
そのたった一言が、悪い魔法を解く呪文だったかのように、直の顔には一瞬で笑顔が戻る。
しかし、すぐには見つけられず「秋山さん!?」と、きょろきょろと辺りを見回している。
「何やってんだか」
頭をかいて直の下へ向かおうとしたその時、がしっとジーンズを掴むものに阻まれ、秋山は驚いて左足を見下ろした。
「ぱぱ!!」
「はいっ?」
赤いシャツを着た3歳くらいの男の子が、めいっぱいの力で秋山の左足にしがみついている。
「え・・・・と?」
まだ、生まれてから一度も「パパ」になった覚えはないんだけど?
つか、アレの子守りだけで充分だっての。
周囲の「ああよかったわね」「あの子パパが見つかったみたい」という囁き声が耳に入る。
どうやら神崎直の他にも、迷子が居たらしい。
秋山を探していた直もそれに気づき「秋山さーん!」と駆け寄ってくる。
とりあえず、大きな迷子はこれで大丈夫、と、秋山は小さな迷子の、力いっぱいジーンズを握り締めて震えている小さな手をそっと外し、目線に合わせてしゃがみこんだ。
「どした?"ぱぱ"とはぐれちゃった?」
「うわ〜ん、ぱぱぁ〜」
秋山を探していた自分の父親だと疑いもせず、男の子は涙でぐしゃぐしゃの顔で秋山の首にしがみつき「うわ〜ん」と泣きじゃくっている。
「・・・秋山さん、パパだったんですか・・・!?」
駆け寄ってきた直が複雑な表情で言うので、秋山はぽんぽんと男の子の頭を撫でながら直を見上げて脱力する。
まあ、これくらいの年のコがいたっておかしくない年齢なんだけど、と軽くショックを受けつつ。
「そんなわけないでしょ・・・。」
この子が生まれる前後、俺は高ーい塀の中に居たんですが?とは人込みの中ではさすがに言えず、男の子を抱いたまま立ち上がり、ようやく泣き止んできた背中をさすりながら顔を覗き込んだ。
「もーだいじょーぶだから。ひとりでよく頑張ったな。ご褒美にアイスやるよ」
ひっくとしゃくりあげ、ようやく抱き上げている人が、自分の父親でないことに気づいた男の子はまたうるっと涙を滲ませたが、「はい」と差し出されたアイスクリームを見て涙を引っ込めた。
直がにっこり笑って男の子の口元にアイスを持っていくと、ぱくりと一口。
秋山の首に回されていた手を離すと直の手からアイスを受け取り、美味しそうに食べ始める。
「落ち着いた、かな。」
ほっと胸を撫で下ろすと、少し離れたところから、両親とおぼしき男女が「カズ・・・!」と駆け寄ってくる。
「あ、まま!ぱぁぱ!!」
カズと呼ばれた男の子を地面に降ろすと、汗だくになって駆け寄る男の人が思い切り抱きしめた。
すぐに、胸を押さえて肩で息をする女の人も嬉しそうに抱きしめる。
「カズ、探したんだぞ・・・!ありがとうございました!」
「ほんとに、無事でよかったぁ・・・!」
「いえいえ、迷子には慣れてるので。」
「アイス、もらったの」
「ああ、ありがとうございます・・・!」
「このコ、アイス欲しいって駆け出しちゃったんです。」
どちらかというと全体的に丸みを帯びた優しい笑顔の父親は、男の子をしっかり抱きしめながら何度も振り返って頭を下げる。
「あの”パパ”と俺って全然被ってないんじゃないか・・・?」
そんな親子に笑顔で手を振った後、首に手をあてて呟く秋山を直は嬉しそうに見上げて笑う。
「?何?」
「私、あの坊やの気持ちわかる気がします。だって、この人なら絶対なんとかしてくれるって、きっと本能で感じたんですよ」
「は?」
「秋山さんといると、なんていうか、そう、お父さんと居るみたいな安心感があるんですよ!」
満足そうに胸を張って「そう思いませんか?」と直は満面の笑みを秋山に向ける。
そう思いませんか、って、思いません、よ。
彼氏でなく、お兄さんでもなく、お父さんポジションなわけ、ね。
「あのね、神崎サン、安心だからって、黙っていなくなるのは、やめようね?心臓に悪いから」
「秋山さん、病気だったんですか?」
「や、そうじゃなくて・・・心配だからね」
秋山はベンチに座り込むと、はぁっ、と本日一番の大きな溜め息を吐いて頭を押さえた。
直は「すみませんでした」としゅんとしてちょこんとその隣に座ると、そろそろとアイスを口にした。
「ああ!」
「今度は、何?」
「アイス、もう一個買ってきます!これ、あたし食べちゃいました。」
駆け出そうとする直の腕を掴むと、持っていたアイスをひと舐めして、秋山は「これで充分」と唇を親指で拭った。
泣き出しそうだった直の顔が、ちょっぴり赤く染まり、そんな秋山の口元を見つめている。
「とりあえず、座って食べて。融けちゃうから」
「あ、ホントだ。」
秋山に見とれていた直は弾かれたようにアイスを口に運び、慌てて目を逸らした。
「・・・・しかし、前科モノ捕まえて”安心する”もないよな・・・」
小さく呟いた秋山の言葉に、直は、ああそんなの!と、ばかりに陽気な声をあげる。
「秋山さんは、秋山さんです」
その言葉に一瞬絶句して、「あ、コーンから出てきちゃった・・・!」と慌てる直を秋山はまじまじと見つめた。
まったく、このコには敵わない。
さらっと、全肯定するんだもんな。
・・・けど、それも癪に障る。
「秋山さん次、何に乗りたいですか?」
「コレ、コレがいいです。神崎サン」
見上げて邪気のない笑顔を向ける直に対して、秋山は、詐欺師の常套手段のような笑顔を貼り付けて、自分たちのすぐ後ろに立つ建物を指差した。
「え!?」
直はあきらかにぎくりという顔をして、ちらりと横目で建物の入り口を確認すると、青ざめながらそれでも笑顔を取り繕う。
「え、や、あの、あの、こっちにしませんか?ほら、あの大きなブランコみたいなの。」
「コレがいいなあ。込んでないみたいだし。」
「うっ・・・あ、それじゃ、アレはどうですか?あの二人で自転車みたいに漕ぐヤツ。面白そうですよっ!」
頭上を指差して、直は「ね?ね?」と必死に秋山の腕をひく。
秋山は笑い出したいのをぐっと堪えて「ダメ」と答え、ベンチから立ち上がると直の手を引いた。
「さ、食べ終わったことだし、行くとしようか。」
「ああああ秋山さ・・・!」
「うん?ああ、ほら、だって『入園料分遊ばなくちゃ』だもんな」
おとーさんとなら、安心だろ!
なんて心の中で毒づきながら、直がけして近づこうとしなかった建物の入り口に引きずっていく。
俺も入場料分くらい、楽しんだって罰はあたらないはずだ。
「ああああきやまさんっ、あの、私、それだけは・・・!」
「夏の風物詩、お化け屋敷、これ入んなきゃ来た意味ないよな」
心から怯える直の表情にまた笑いが込み上げて、秋山は横を向いて口元を抑える。
「きっとこの中なら、君も自分から離れたりしないでしょ?」
極上の笑顔で押し切られ、直が絶叫をあげたのは、その30秒後のことだった。
2007,9,2
お父さんに格上げ(?)されたのが、お気に召さなかったようで(笑)