weak point








「な〜ぁおちゃんっ、よっく来たねぇぇええええ!」
カラフルな店内にハイテンションな声が響き、マッシュルームカットの男が両手を広げた。
すでにこの男の代名詞とも言えるその髪型とメガネそしてスカーフ姿に、神崎直は懐かしさすら感じて笑顔になった。
「フクナガさんっ元気でしたか?ホントに来ちゃいました。」
「もっちろんだよ〜!元気元気。」


3回戦の密輸ゲームを引き分けに持ち込み、ひとしきり悦びに浸った後、フクナガは皆にある提案をした。

「とりあえず、4回戦に全員で進むんだから、お互い連絡がとれるようにしとこうよ!
もうさ、運命共同体みたいな感じだなんだし〜。」
4回戦がいつ行われるのか、どこで開催されるのか、事務局は最後まで明らかにしなかった。
それは今すぐここへ連れて来られた時と同じくらい、不安で恐ろしく思われた。
結局のところ、このゲームからキレイに足を洗えるまで、この恐怖は隣り合わせにあるのだ。
せめて、誰かと――同じ状況にあるこのメンバーなら――不安を分かち合いたいと思うのは、皆同じであった。

「いいわね」
「一人でびくびくしてるより、その方が心強いですね。」
アソウやオオノも頷いて、さっそく携帯を取り出した。
「修羅場を潜り抜けた同士だからね。たまには連絡取り合おうね」
フクナガの言葉に直も大きく頷いて、携帯を取り出す。
「あれ、秋山さんは?」
しかし先ほどまで隣に座っていた秋山の姿が見えないことに気づき、直は立ち上がった。
「秋山さん?」
携帯を持ったまま、辺りをぐるりと見回す。
返事がなく、直は不安にかられて再び名前を呼んだ。
「秋山さん!」
「・・・・なんだ?」
静かな声が柱の陰から響き、直はほっとした表情で秋山に駆け寄った。

「秋山さん」
秋山はポケットに両手を入れて壁に寄りかかり、「何度も呼ばなくても聞こえてる」と溜め息をついた。
「秋山さんはメアド交換しないんですか?」
直は携帯を突き出して見せ、秋山の顔を覗き込んだ。
「ああ」
「携帯の番号も?」
「ああ」
「それじゃ連絡とれないですよ?」
「必要ないだろう?」
「でも・・・」
「君は俺の番号、知ってるじゃないか。」
「そうですけど、みんなには・・・」
「必要ない。俺は別に友達を作る為にこのゲームに参加したわけじゃないからな」
君だってそうだろう?

そう言い返されて、直は言葉に詰まる。
と、同時に背後からフクナガの声が響いた。
「直ちゃん〜!」
直は秋山をもう一度見て少し考えているようだったが、ぽんと手を打ち「私が秋山さんに連絡すればいいんですよね」と、一人納得したように笑い、フクナガたちが手招きするベンチに戻っていった。
4人が嬉しそうに携帯をつき合わせる背後で、秋山は壁に寄りかかりながら眉間を指で軽く押して、盛大な溜め息をついた。


こうして、秋山を除く水の国のメンバーは、携帯で時々近況報告も兼ね、事務局の動きがないか携帯で話したり、メールでやりとりをするようになった。

そして1ヵ月半が過ぎた頃、フクナガが直を自分の店に遊びにおいで、と誘った。
『偶には、おしゃれして、秋山君のことびっくりさせて見たら?』


「フクナガさん、本当にネイリストなんですねえ。凄い〜」
様々な色のマニキュアやラインストーンなどに目を輝かせる姿は、闘病中の父の看病に時間を割く少女とはいえ、さすがに年頃の女の子だ。興味が湧くのだろう。
きょろきょろと辺りを見回すその姿に、フクナガは小動物・・・プレーリードッグを連想して「ぷっ」とふきだした。
「直ちゃん、君って本当に面白いね。」
直はそんな想像から『面白い』と言われたなどと気がつく様子もなく、ネイルサロンにどこまでもウキウキしている。
「ねえ、直ちゃんって、もしかして、本当にこういうとこ初めてなの?」
そんな直の両肩を掴んで椅子に座らせると、フクナガはその前に座って頬杖をついた。
「はいっ。ネイルとか、友達は結構可愛くしてるんで、興味はあったんですけど・・・なかなかそんな機会がなくて」
ちょこんと差し出した小さな手は、きっちりと爪が切りそろえられている。
手入れしていないその爪は、しかし、桜貝のように可愛らしくて、フクナガはくすっと笑う。

「これはこれで可愛いけど、せっかくだから今日はぐっとオトナっぽく仕上げてあげる。」
「わあ!嬉しいです。」
「それで、あいつの背中に爪痕でも残しちゃってよ」
あんまり強くたてたら、とれちゃうけどね。
言ってくくくと笑うフクナガに、直はきょとんとして首を傾げる。
「あいつって誰ですか?」
「やだ、あいつって言ったら、アイツよ。秋山、秋山くん!」
「私、秋山さんの背中、引掻いたりしませんよ?」
その姿に、フクナガはまだ笑いを引っ込めず、「今日はちゃんと爪をたてるの!」と直の肩を叩いた。
「・・・どうしてですか?」
「・・・・・」
直の反応の鈍さにようやく気づき、フクナガはまじまじと直を見つめて眉を顰めた。

「直ちゃんとぉ、秋山くんって、付き合ってるんじゃないの?」
尋ねた瞬間、直の顔は真っ赤に染まり、フクナガの手の上から両手を引っ張りあげて自らの頬を覆った。
「ち、違いますよ。付き合ってないです」
「え、そうなのお?てっきり二人はできてるんだと思ってた〜。」
「そんなこと・・・今日だって、花火を観に行きませんかって誘いたいんですけど、電話でてくれないし・・・」
「そうなんだ?」
直の彼に対する絶対的な信頼と、敬愛する姿には、彼への気持ちが駄々漏れ状態であったし、秋山の彼女に対する眼差しや、このライアーゲームから守るかのような行動から、きっと二人はそういう関係なんだろうと思っていたのだ。
勘のよさには自信があるだけに、不思議な気持ちになってフクナガは言葉を紡ぐ。
「でも・・・直ちゃんは秋山君のこと、好き、だよね?」
直の気持ちは聞かなくてもわかっていたのだが。

『おしゃれして、秋山君のことびっくりさせて見たら?』との言葉に、喜んで来ているのだから・・・軽やかなシフォン素材がドレッシーな印象を与える白い刺繍キャミワンピースは、直の可愛らしさとちょっと背伸びしたい今の気持ちをよく表していると思う。
本当は、この後、秋山と一緒に花火を観に行きたいのだろう。
フクナガはこのワンピースと直に似合うネイルを頭の中に思い浮かべながら、ベースコートやネイルブラシ、マニキュアなどをセレクトして、テーブルに並べていく。

「だってさ、直ちゃんが敗者復活戦に参加したのだって、秋山君の為だったんでしょ?」
「好きって言うか・・・秋山さんにはずっと助けてもらってるから。私だけ勝ち抜けしていいのかなって・・・」
しどろもどろになる直は、まだうっすらと頬を染めている。
「はいはい、直ちゃんの気持ちはよ〜くわかったから。さ、手を出して」
ぎゅっと胸の前で握り締めている手を出すように促し、フクナガは営業スマイルを浮かべた。
「可愛く変身させたげるから!そーしたら、秋山君に会いに行ったら?今日のワンピにしっかり似合うようにしてあげるからね。」
こくんと素直に頷いて、直はフクナガに笑顔を向けた。
「フクナガさんて、優しいですね。」
この少女が、そういう娘だとよくよく知っていたつもりであったが、その邪気のない笑顔で微笑まれると、フクナガはいつものペースを乱されるのだ。
「ちっ、ちげーよ、そ、そんなんじゃねーって!」
サロンに響き渡るような大声で言って、フクナガはコホンと一つ咳払いをした。
「それじゃ、はじめるからね。」
「はい、お願いします!」


他愛ない会話で、直を笑わせ、フクナガは器用に手先を動かした。

ラインストーンをピンセットで乗せ、フクナガは満足そうな顔で直を見た。
「さ、これで塗って乾けば完成!」
「うわー、凄いですね、可愛い〜」
トップコートを塗ってもらいながら、直は小さなラインやパールで縁取られた指先を見つめる。
一体どのくらい持つのだろう?
手は洗っても大丈夫かな?
そんなことを考えながら、ちょっぴり重く感じる指先に見とれていた。

「あ!」
そこに、携帯のバイブレーター音が響いて、直は慌ててバックに手を伸ばしかけるがフクナガに止められた。
「待って、今擦ったらとれちゃうから、この中なの?出していい?」
「お願いします」
取り出した携帯の画面には【秋山さん】の文字。
「秋山さんから!?」
直の嬉しそうな顔を見て、フクナガは携帯を開いて徐に通話ボタン押して、自らの耳にあてた。

『おい、フクナガのところに行くって、何かあったのか?』
受話器越しの声は、少し焦っているように思え、フクナガは通話口を押さえて、「メールしたの?」と直に尋ねる。
「留守電に入れたんです、フクナガさんに呼ばれたので行ってきますって。」
フクナガはくすくすと笑っていたが、「おい!」と再度呼びかける秋山の声に、立ち上がって話し出した。
「秋山く〜ん、ひさしぶり〜。何?どうしたの〜?」
『・・・・フクナガ?・・・アイツは?』
「え、アイツって直ちゃんのこと?いるよ〜もちろんだよ〜でもねえ、今、直ちゃん携帯に出られないんだよ〜だーかーらー代わりに出てるわけ。」
『・・・・どういうことだ?』
言葉が怒気をはらんでいることに、フクナガは思わず吹きだしそうになりながら、困惑している直にウィンクをして見せる。
「心配?そうだよねえ、直ちゃんてば騙されやすい上にお人好しだからあ〜。あ、そんなに心配なら、今からいうとこに来てみたらいいよ、あのねえ・・・・」
サロンの住所を言い終わるが早いか、ブツッと携帯は一方的に切られた。
「フクナガさん?」
「これで、きっと乾くころには一番見せたい人が迎えに来ると思うよ?」
携帯を直のバックの中に戻しながら、フクナガは笑った。

どんな仕返しをされるかわからないな、と一瞬背筋を冷やりとさせながら、それでも今回は勝算がある、と踏んでいるのだ。

秋山の弱点は、神崎直の満面の笑みだと、すでに知っていたのだから。

 





2007,7,17




走ってきた秋山氏にぼこられますよ、キノコくん(笑)