Le sourire du bebe
噴水が太陽の欠片を撒き散らし、空から落ちくる。
眩しそうに目を細めながら、何がそんなに楽しいのか、彼女は手を伸ばしてまるでその欠片を集めようとしている。
昼下がりの公園は、涼を求める人が木陰で憩い、子どもたちは噴水に手を伸ばしたり、その中に入り込んできゃあきゃあと騒いでいる。
暑い日に、何もこんなところで涼まなくても、室内の方がよほど涼しいと思うのだが、彼女はそんな風には考えていないらしい。
「秋山さん、水、気持ちいいですよ」
きらきらと輝きながら落ちていく水の向こうから、彼女は呼びかける。
子どもたちに負けないくらい元気な声。
噴水の中の子どもたちが、彼女に向かって水をかけると、彼女も負けじと応戦する。
「服、どうする気だよ?」
呟いてみたところで、彼女には聞こえない。
手で水をすくって、反撃を試みているが、如何せんすでにびしょ濡れの子どもたちには怖い物なんてないだろう。
逃げるよりも彼女に水をかけるのが楽しいようで、きゃあきゃあと響く声は、まるでそこが小さな保育園のように見えたほどだ。
「あっ!」
「?」
彼女の声が、少しばかり焦ったものに変り、思うより前に視線がその光景をしっかり捉える。
ベビーカーの脇に立っていた女性が慌ててその中を覗き込んだ。
「あんのっ馬鹿」
はしゃぎすぎて、噴水の脇にあったベビーカーにも水しぶきがかかる。
自分がしでかしたことでもないのに、気がついたらすでに走り出していた。
「ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
彼女は髪から水を滴らせながら、ぺこりと頭を下げてベビーカーを不安そうに見下ろしている。
泣き声が聞こえないところをみると、多分なんともないのだろう。
覗き込んでいた女性もほっとした表情で立ち上がり「大丈夫ですよ」と笑った。
「それより、あなたのほうが・・・」
「あ、ホントだ」
今まで気がつかなかった、という風に爪先から順に自分の濡れて色が濃くなったワンピースを見下ろす。
透ける素材じゃなかったことが幸いだ。
風が吹いても柔らかな素材はずっしり重みを増して、素肌に張り付いている。
一緒に遊んでいた子どもたちは、まるで雲の子を散らすように居なくなった。
だから、一人そんな格好で取り残された彼女は、雨の日に置き去りにされた仔猫のようだ。
「そんなびしょ濡れで・・・」
負けちゃいました〜と笑う彼女は、俺の呆れたような顔はまったく気にしていない。
「わぁ、見てくださいっ、秋山さん!」
濡れた手で俺の腕を掴んで、ぐいっとベビーカーのほうに引寄せる。
生まれて数ヶ月の赤ん坊が、眠りながら口端をあげて笑ったところだった。
「かわいい〜、今どれくらいなんですか?」
「3ヶ月を過ぎたばかり」
「へ〜、わぁ・・・ちちゃい手。ねえねえ秋山さん、かわいいですね。」
何度も腕を引っ張るから、思わずこけそうになりながら「そうだな」と呟いた。
そうしている間に赤ん坊はぱっちり目を開け、母親の顔を見てにっこり笑った。
びしょ濡れなことなんて忘れたように、あやしたり話しかけたりして、赤ん坊が笑うとまたはしゃいだ。
しゃがみこんでひとしきり構っていたが、ぐずりだした赤ん坊に手を振って見送った。
「かわいかったですね〜。赤ちゃんって、見てるだけで幸せな気持ちになりますね。なんだか守ってあげたいっていうか、あの笑顔を見たら、嫌なこととか忘れちゃいますね!」
濡れたワンピースの裾をちょっと気にしながら、彼女は笑った。
今頃になって、ようやく自分の惨状に気がついたのか。
「・・・知らないの?あの微笑はプログラムされてるって」
彼女を見ていたら、なんだか意地悪な気持ちになってきた。
「え?どういう意味ですか?」
「生まれたばかりの赤ん坊でも、ちゃーんとこの世の中を生きていく為のテクニックを持って生まれてきてるってこと。
今、あの赤ん坊が笑ったのは、笑うようにプログラムされてるってわけ。何にもできない、真っ白の存在じゃないってことさ。」
「?」
「赤ん坊は、自分の命を守る為に、笑うようにできてるんだ。その笑いのプログラムによって、親は我が子を愛しいと感じるし、赤ん坊はそれによって、可愛がられて生きていくってわけだ。
自分の命を守る為に、生き抜いて行く為に、ちゃんと仕組まれているんだよ。」
「???」
「・・・難しすぎた?あんな何にも知らないような赤ん坊ですら、神崎直さんよりずっと計算して生きてるってこと。」
頭の上に疑問符が見える気がするほど、彼女は首を傾げて空を見上げている。
「ま、いいよ、とりあえずその服・・・」
「でも、そうだとしても、秋山さんも微笑んでましたよ。」
不意に考え込んでいた顔をこちらに向け、ぱあっと眩しいくらいの笑顔を見せて、彼女は言った。
「!」
無意識の自分の笑みを指摘され、思わず口に手をあてて俯いた。
「あんな可愛い秋山さんが見れるなら、それはやっぱり赤ちゃんって凄いってことですよね!」
凄いとか、そういうことを言ったつもりはなかったんだけど・・・。
彼女は、気がついてない。
多分、俺が微笑んだのは――彼女を見ていたからだってこと。
2007,7,12
いちいち彼女の言動にどきどきしてればいいよ。