La malice de la fe'e
風がやわらかく吹きぬけて、わたしたちの距離を可笑しそうに笑った。
同じ歩幅で並んで歩くのも好きだけど、こうして秋山さんの影を内緒で踏んだり、どんな表情をしているのか考えて、ひとりごちるのも実は好き。
だから、風が私の背中を押して「早く、早く」と急かしても、私は手を伸ばせば触れられる距離を保って、大好きな背中を見て歩く。
手を伸ばして、またやめて。
サマーセーターの裾を掴もうとして、またやめる。
立ち止まっては、また駆け寄る。
なんだかとても楽しい。
後姿の秋山さんは、どこか無防備で。
時折ショーウィンドウを見たりするけれど、後ろは振り向かない。
それでも、置いていったりしないとわかっているから、私は思わず笑みが零れて、秋山さんの腕に手を伸ばしてみる。
振り向かないで、見ちゃダメだよ?
腕に手をかけてみたい。
急に腕を組んだりしたら、さすがの秋山さんもびっくりする?
手を繋ぎたい。
ポケットに隠された手は、どうやったらひっぱり出せる?
なーんて思いながら。
そんなことを考えながら歩いてたら、タイルのつなぎ目につまずいて、私はバランスを崩して転んでしまった。
「きゃっ」
数歩先を歩いていた秋山さんは、立ち止まって「おいおい」と溜め息をついた。
慌てて立ち上がって、ヒリヒリする両膝を無視して秋山さんの許へ急ぐ。
「走るな」
急に振り向かれて、私は驚いて立ち止まった。
「ゆっくりでいいから。」
またコケるぞ。
言われて、私は慎重に歩いた。
「・・・・君は、さっきから、何してる?」
「え?」
「俺の背中ばっかり見てるから、つまずくんだよ」
「凄い、秋山さんって、背中にも目がついてるんですか?」
「そんなはずないだろ」
"お前のことなんてお見通しなんだよ"
言われて、私はちょっとシュンとなる。
怒られたわけじゃないのに、悪戯を仕掛ける前に見つかってしまった、そんな気分。
掌まで擦りむいていたみたいで、ジンジンしてきた。
さっきまでの、嬉しい気持ちが地面に吸い込まれていく。
背中を追いかけてる私は、ふわふわ夢見心地だったのに。
ふわふわと風に吹かれて飛んでいた、シャボン玉がぱちんと音をたてて割れたみたい。
秋山さんはそんな私をじーっと見つめて、
「コレ」
と、呆れたように建物を指さした。
「あ!」
磨きこまれたショーウィンドウに、私たちが写っている。
二人が手を伸ばせば繋がる距離に、秋山さんと私と。
「それじゃあ、ずっと見てたんですか?」
「そう、ずーっと」
今度は悪戯を見破られた恥ずかしさで、私は頬が熱くなる。
「映画、観たいんじゃなかったの?」
ポケットに両手を入れたまま、秋山さんは爪先を一度トンと鳴らした。
「観たいです」
一緒に居たいから、映画を観たいんです、とは流石に言えなかったけど。
呆れた様子だった秋山さんが、ポケットから手を出して、私に向かって差し出した。
「?」
「ほら」
繋ぎたかったんだろ?
意地悪く呟いたその口元は、でも、どこか優しくて。
「はい!」
私は膝のヒリヒリも手のジンジンも忘れて、その手を掴んだ。
骨ばって大きくて、ひんやり冷たい手。
握り返したりはしてくれないけど、それでも私には。
「今度はなんだ?」
にやつく私に眉をしかめて。
「なんでもありません」
私たちを吹きぬけた風が、うらやましそうに髪を引いた。
2007,7,11
ドラマの二人のイメージはこんな感じ。