―― 新婚ゲーム?







  閑静な住宅街、こんな"なんでもない"場所で、これから大きなゲームをすることになるとは、ほんの数日前には考えてもみなかった。
 それも、見ず知らずの女の子と、一緒に、だ。
 中学の担任に裏切られて、ちょっと信じがたいようなゲームに引きずり込まれた彼女は、途方にくれて刑務所までやってきたのだ。
 刑期を終えて、マスコミは上手く撒けたのに、もっとやっかいなものに捕まってしまった。

「・・・結局、放っておけないんだよな」

 呟いて、苦笑した。
 俺は小さく息を吐き、玄関の脇の呼び出しブザーを鳴らした。
 ガチャっというインターフォンを繋げた音の後に、「はい、」というどこか探りをいれるような声が響く。
 俺はちょっと頭を下げると、明らかに不審がられているこの家の住人にこう告げた。
 「すみません、一ヶ月だけ裏に間借りする、秋山といいます」
 ご挨拶に伺いました。
 そう言うと、インターフォン越しにも空気が変わったことを感じる。
 「まあ、ちょっとお待ちくださいねえ」
 プッっとインターフォンが切れる音と、同時に家の中をスリッパで歩くパタパタという音が玄関に近づいてきた。
 声からして、50代という感じか。
 インターフォン越しに、警戒しているのは最初の言葉で感じていたので、あんまり胡散臭くならないように、あえて笑顔は見せなかった。

 ・・・・まあ、笑顔なんてしばらく無縁だったから、本当にできたかどうかもわからない。

 カチャリと内鍵が外され、そろそろとドアが開けられた。
 「すみません、お忙しい時間に。」
 俺は言って、心からの苦笑で頭を下げた。
 「一ヶ月だけ裏の家に住むことになりましたので、一応、ご挨拶と思いまして。ただ、あの、勝手がわからず、手ぶらできちゃいまして・・・・。」
 「まあまあ、いいんですよ。お若いのに、ちゃんと挨拶に来てくださるなんて。はじめまして、今井です。」
 「秋山です。」

 たかだか1ヶ月、見張りの為に借りた空き家の為に、近所付き合いまでしようとは思わないが、誰が住んでいるのかわからないと、逆にこちらが好奇の目で監視されてしまう。特に、このあたりは建売が多く、皆同じような年代の人が多いようだからさりげなく、裏の家の今井さんだけには挨拶をしたほうがいいと思った。
 不審に思われないように。
 「空き家になってもう1年くらい経つかしら、誰も住んでいないと反対に不安でね、一ヶ月だけでも、秋山、さん?が居てくださると助かります。」
 恰幅のいいいかにも健康そうなおばさんが、にこにこと笑った。
 「お一人なの?」
 聞かれて、思い浮かべたのは、あの、人が善すぎる泣き虫の少女。
 「いえ、妻と一緒に。」
 答えて、思わず赤面した。

 「妹」でよかったはずなのに、つい「妻」と言ってしまったから。
 
 ・・・まあ、でも、新婚の方が詮索されずに済みそうだ。
 
 今井さんは、「まあ、新婚さん?」と微笑んでいる。
 特になんのひっかかりも覚えず、すとんと信じてくれる方がいい。
 「そうですね、まだ(出会って)ホヤホヤですよ。」

 今時の子は、「新婚ホヤホヤ」とか言うんだろうか?とそんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。

 「秋山さんは、家の息子と同じ年くらいかしら?25,6?」
 「はあ・・・まあそれくらいでしょうか」
 「あら、次男と一緒よ。いいわねえ、ちゃんとお相手を見つけられて。奥さんはおいくつなの?」
 今井さんは何故かこの話題にとっても乗ってくる。
 「18、ですね。」
 「まあ、お若い・・・まさか・・・高校」
 一瞬、不安げなそして厳しい視線に変わりかけたけれど、「大学です。今は学校で。」と答えると、幾分空気が和らいだ。
 年は対して変わらないのに、「高校生」と「大学生」じゃ、受ける印象が違うのだろう。
 これ以上あれこれ聞かれたら、ボロが出てしまう。そろそろ退きどきだろう。
 「それでは、宜しくお願いいたします」
 言って、まだ親交を深めたそうな今井さんに頭を下げた。




 泣きそうな顔でハンドルを握り締める神崎直を見て、思わず笑ってしまった。
 正しくは、思っていたような行動に出た藤沢に対しての笑だったんだけど。
 「警察が来たかっ」

 俺たちを追っ払うのに、藤沢の奴も必死って訳だ。
 そろそろだろうと思っていたけど、意外に早かった。

 「笑い事じゃありません!」と彼女は窓から身を乗り出した。
 肩で息をして、緊張していたことが充分に伝わった。
 「悪い、悪い」

 こんな警察を怖がらなくちゃいけないようなこと、彼女は今まで一度だってしたことはないのだろう。
 藤沢を追い込む作戦とはいえ、彼女にはキツイだろうな。
 
 「藤沢宅の隣の空き家を 一ヶ月借りといた。家中ピカピカに掃除するって条件でね。」
 しゅんとした表情の彼女に、鍵を投げて渡す。
 「これで明日から警察に追われることなく、監視できるよ」
 俺は煙草を取り出して、口に咥えた。
 「秋山さん・・・・って、けっこういい人ですよね。最初は怖い人だと思ったけど・・・・」
 
 話し出した彼女は、「どうして私に協力してくれる気になったんですか」と尋ねてきた。
 元詐欺師の俺が、「いい人」なんじゃないかと、そう思い始めているかのようだ。
 
 だけど、俺たちは本来こんな風に接点も生まれないような人種で。
 
 だからこそ、守ってやらなくちゃいけないような気持ちになる。
 
 「金の為にきまってるだろう?」
 
 背中を向けながら言った俺の心の中には、俺のアパートで言った彼女の言葉がぐさりとささっている。

 『バカ正直じゃ、いけませんか?』
 
 そう言った彼女の顔は、今までの”世間知らずなお嬢さん”というイメージではなくて・・・。
 無力そうなこのコには、隠された能力があるのだけれど・・・それを知るのはもっと後で。
 どっちにしても、あの瞬間から、見捨てることなどできなくなっていた。
 
 「秋山さん?」
 「とりあえず、メシ買って来る。鍵開けて中に入ってな。」
 
 バタンとドアが開いて、昼間話した今井さんがスウェットに身を包んで道路に出てきた。
 「あら、秋山さん」
 「昼間はどうも、ウォーキングですか?」
 「そうなの。あら、あら、もしかしてそちらが・・・?」
 今井さんにじろじろと見つめられて、彼女は慌てて車から出ると訳もわからずに、でも「こんばんは」と頭を下げた。
 俺はぐいっと彼女を借りたばかりの家のほうに押しやり、今井さんに「気をつけてくださいね」と頭を下げた。
 「あの?」
 不思議そうに見上げる彼女に、俺は苦笑する。
 
 どこかでこんなゲームでも楽しんでやろうとする俺と違って、このコはライアーゲームだけで精一杯だろうから。
 
 「なんでもない。早く中に入りなよ、また警察来たらイヤだろ?」
 
 ―― 新婚ゲームについては、内緒にしておこう。  
 





2007,7,9



原作の秋山さんは背中で表情を語りますよね。(え?妄想しすぎ?笑)
甘くもなんともない、一巻のふたり。