無自覚サディスト







最近まで開店していたであろうこのパチンコ店は、しかし、この馬鹿げた「ライアーゲーム」の主催者によって、敗者復活戦の舞台となっている。
この気味の悪い組織から遠ざけようとしたはずの少女は、およそ彼女からは一番縁遠かったはずの場所で、ひとり戦っていた。
事務局からの電話に、俺がどれほど焦ったかなんて、彼女は知らない。
駆けつけてみれば、捕らわれの姫君は、また騙され泣いていたんだから。
 
彼女と居るのは――本当はとてもツライのだ。
こんな、人の一番醜悪な部分を競わせるような、貶め、騙しあい、猜疑心の塊に変えてしまうようなゲームには、彼女の心はあまりにも純粋すぎる。

それは、かつて自らの命を絶った母を思い出させた。助けてやれなかった、正直に生きようとした母さん。
その後、母の復讐の為に黒く染まっていった自分が、彼女に関わるのは、罪深いことのように思える。

それなのに、彼女はまた戻ってきてしまった。
彼女がこの恐ろしいゲームから抜け出せないように、俺も彼女との関わりを断ち切れない。

ロッカールーム、フクナガのイカサマを逆手に取ったゲームに勝利し奴の票を移動させろことに成功した彼女は「秋山さん、10票私に入りました」と、嬉しそうに駆け込んできた。
俺は捨て置かれた椅子に座り、これで思いどうりにゲームを進めていくためのコマが揃ったことに思わず口元を緩めた。
「でも、まだたった10票で、私本当に最下位から抜け出せるのかな・・・」
Mチケットを見つめながら、不安そうな彼女を見ていると、本当に、どうしてこんなにツライ状況に戻ってきたのかと、思わず溜め息が零れる。

「・・・本当にMじゃないだろうな?」
「え?何か言いましたか?」
 
前回の少数決ゲームで、エトウが出題した2択問題で
『SかMかと言われたら、もちろんS』
という問題に、彼女は真剣に
『エス(S)とかエム(M)ってなんですか?』
と尋ねてきた。

今時、そんなことも知らない彼女に、なんだか本当の意味は言い出せず『Sは攻め、Mは守り』と答えたけど・・・・。
自らこの過酷なゲームに舞い戻ってしまった彼女は、本当にMなんじゃないかと、一瞬真剣に考えてしまい、そんな自分に苦笑した。

「それって、この前の「S」と「M」の話ですよね?」

神崎直は、また表情をぱっと変え、俺のほうに向き直った。
なぜか目には、感謝の色が浮かんでいる。

「2回戦の後、私、合コンに行ったんです。」
「へー、君でも合コンに行くなんてことあるの。」

俺に一日何度も電話してきていたから、てっきりこの娘は心配で心休まらない日々を過ごしているのかと思っていた。
いや、こんな忌まわしいマネーゲームのことなんか忘れて、勝ち逃げしたお金で楽しく・・・なんてことは性格上できないにしても、末期がんの父親のことだけを考えて暮らしてほしいと願っていた。
今時、高校生だって合コンして楽しむ時代だ。
驚くのは、俺の彼女への幻想・・・思い込みのせいだ。
彼女だって、人生を楽しむべきだ。

そんなことを考えて、視線を落とした。

どんな幻想だよ・・・?
 
「あ、ええと・・・その、困ってるから助けてって言われて・・・一緒に行ったら合コンだったんですけど・・・」
 
しかし、返ってきた答えはあまりに彼女らしくて、最早「あ、そう」としか答えられなかった。

「それで、自己紹介の時に男の子が『俺って、相当Sなわけ!』って言ったんです。」
「・・・・ふーん」

なんだか話の流れが見えてくる。

「そしたら大学の友人たちも、『あたしもSかな』とか、『ドSだよ!』とか『実はMっ気が在るのよね』って自己紹介で言って。
だから私は「M」ですって言ったんですよ。秋山さんが教えてくれたから、恥かかなくてすみました!」
でも、圧倒的にS、攻めの人が多かったんですよ。
そう言って、彼女はにこっと笑った。
 
やっぱり。

  俺は笑いが込み上げてきて、口元を隠しながら笑った。
面白すぎる。
そして、らしすぎる。

「神崎 直です。Mです、宜しくお願いします」

そう言って頭を下げた彼女が容易に想像できた。

「・・・人前で言うなって・・・」
「え、ゲームの時みたいに、内緒にしてたほうがいいんですか?」

笑いを抑えられない俺の様子に、神崎直はおろおろしだして、「どうしよう」と呟いた。

「いや、別にいいんだけど、君の場合、洒落にならないから。」

見た目もあいまって、さぞかし好奇の視線を受けただろう。
 
「それじゃあ・・・・次の日から講義中何か言われているようだったのも、男の子が携帯に電話番号登録してたのも、変なメール送ってくるのも、実は関係あるんですか?。」
「え?」
「ご主人様になってやるから電話しろ、とか、なんとか・・・秋山さん、"ご主人様"ってどういうことですか?私、付き合っても居ない人と、結婚したくないです。」
 
携帯を取り出して開きながら、彼女はそんなことを真剣な表情で言う。

「だから、私まだ、結婚なんて考えられませんって返事したんですけど・・・。今度は、調教のしがいがありそうだ、とか・・・」

俺は無言でその携帯を取り上げると、メール受信を片っ端から削除した。

あの時、ちゃんと教えておけばよかった。

そう思いながらも。

「秋山さん、私、今度は「S」ですって言います!」

胸の前で両手でこぶしを作って宣言する彼女に、やっぱり本当の事なんか言えなくて。

こんな風に、俺を不安にさせたり心配させたりする彼女、
・・・・カンザキ ナオは、実はかなりの「S」なんじゃないか、とさえ思えた。





2007,7,8



ドラマの「SM」発言の二人が可愛くて・・・!(とくに秋山さんが「おおい!」って突っ込むところ・笑)
秋山さんは完全な「S」属性ですけど、直ちゃんには「M」でいいと思う(笑)