俳人 河村花不言
◆木の芽を歓ぶの詩    

  鶏が鳴いたから
  お日様が笑った
  それで
  木と木がもうよいころほいと
  掌のやうな
  芽を見せた

◆荻原井泉水句抄第二「明珠」に掲載

 ・海へ海へ一筋街たどる荷車なりけり
 ・これ今生の花くづれ青き土かな
 ・海は濤々今はただ眠り待つ子かな
 ・櫨汐静に漕げば漕ぐほど深き靄
 ・青梅かがやかな樹の影に車くだけたり


◆層雲第二句集 「生命の木」(大正六年十二月刊)

 ・井戸のふたに 木の影つよき月夜かな
 ・山の日かざせば朝川のたぎりひびくなり
 ・囮籠に水光る野を出であるく
 
 
◆層雲第三句集「光明三昧」(大正九年一月二十五日刊)に掲載

 ・大声あげて荒海を漕ぐ小舟なり
 ・病人移して舟こぎ出ずる海青し
 ・朝日つけたし樵人薬買ひ得たり
 ・病人杖つきとどまれば森に鳴く小鳥
  ・あきらかな法話もれて吾が正念
 ・佛かがやかに灯されて吾が正念
 ・これ今生の花くづれて青き土かな
 ・尊しかひなあげて鉢うつ老翁
 ・病院へ行く病人に細き木影
 ・死にに戻りし工女の里の森よ田よ
 ・焚火に寄る縄帯の雫する男
 
◆層雲第四句集 「風景心経」(大正十一年七月十日刊)に掲載

 ・学びに行く子に鳥の声ふりかかる
 ・歓ぶことの言葉つまりし子のひとみ
 ・荒波ひびく草の中鶏が番いて
 ・陸の草しげく舟より並んで上がる
 ・海の光の燃え静まりて草原
 ・舳先つけて涼しき陸の大木
 ・木の葉さらさら念念の証の響
 ・落ち葉あかるき山寺の赤き木魚
 ・菊枯るる地に雛あまた産まれてあかるき
 ・己れがかためた雪に雀が乗ったと子が云うた
 ・古き物語を秘め淵水いまも青し
 ・舟脚ふかく漕ぎ近づける陸の雪
 ・鐘がをわれば鐘楼の青き草藪
 ・舟脚ふかき舵に夕べさざなみ
 ・鐘がをはれば鐘楼の青き草藪
 ・舟脚ふかき舵に夕べさざなみ
 ・醫師待つばかりに夕暗き草のびて
 ・よごれし吾がすがたこそ人に親しまれ
 ・祭の喜びにつけて乞食が糧を求むる
 ・きちがいすなほに土にはたらくことの悲しみ
 
◆層雲第五句集 「泉を掘る」(大正十四年二月3日刊)に掲載
  ・おだやかなこの臨終に冬木影せり
  ・骨を拾う箸にはさみて喉佛ぞよ
  ・舳さき高う舟人の恋歌
  ・看とりの夜木の葉はやとぼしきを覚ゆ
 ・風のくらさに星あふるる港
 ・山鴉たけしく馬の餌桶に乗り
 ・山茶花咲き初め短き晝の影みち
 ・おのが褌濯ぎし水雫なりけり
 ・あら海へ芥をすてかくて暮れゆく
 ・日の暈垂るる山の桜かな
 ・馬の荷のそのままわが目覚め待ったか
 ・舸夫が寝に上る陸はさくらまっぴる
 ・青き小枝つらなりて細き山道
 ・杖を拾うてすでにけはしき山の道
 ・火に餓えたる舸夫等火を焚かんとす 
 
◆層雲第六句集(昭和二年六月刊)

 ・病人五本の指そえて薬のむさみしさ
 ・病人寝返りして深夜の動かざる影
 ・渚の一つ家に木の影ある晝
 ・落葉樹の小鳥の尋ぬる小鳥の声
 


・欠け椀に人数補ふ今朝の秋    ・今朝秋や島に見し花此里に     ・今朝秋や釣に待つ友文にきて
・寺普請見の連れ詣で今朝秋に   ・祭り燈籠弟子の試筆に秋立ちて   ・秋立つや訛らずも語尾なと君
・廃屋手入秋立つ井戸も蓋新た   ・今朝の秋保養碁客の荷まとめや   ・筆舐めの歯黒ろ文を子や秋の立つ
・木硯に墨摩る薄すを秋立ちて   ・墓移す秋立つ寺へ珍ら見に

案山寺

・案山寺などに礫も童一喝や    ・畑長者訪ふ詔らもの案山子にも   ・畑案山子名ばかりを祝く里行事
・帰路夕べ痩せ案山子にも貧村と

秋晴れ

・秋晴れや温客頓死に文の来し   ・秋晴れや棚蔓埋めん畑壺と     ・癇癪病みの沖見の舟や秋晴れに
・椅子の竹けずる軒秋晴れや    ・鳥が好く実や鈴成りに晴るる秋   ・神棚明る日揺れを秋の晴れ雲か
・苅憩う時舟連るる秋晴れて    ・雨后に池洩れ魚拾う秋晴れに    ・網方と幕打てり宮秋晴れに
・下頓座に棄てし捍見ぬ秋晴れに  ・藻垢取る子や秋晴るる路を連るる  ・秋晴れや倉窓閉ぢを不審とも
・芋売りが踵病む朝秋の晴る    ・破船買ひし人の宿病む秋晴れに   ・普請割りの寺役人や秋晴れに

北海新聞秋雑吟投句

・濯ぎ日和続く手傷に飛ぶ蜻蛉   ・頓死見を木戸入らしめず飛ぶ蜻蛉  ・天井夕べ明る此国飛ぶ蜻蛉
・捨て枕蹴落す谷や飛ぶ蜻蛉    ・蜻蛉や和議に亡びし城も見て    ・碁に待って晴れ間を帰飛ぶ蜻蛉

稲妻

・一揆供養の竹槍見し日稲光り   ・高札に衆籍の夕べ稲光り      ・仲間符牒の渡舟場の暗や稲光
・稲妻や魚呼ぶ保林伐り揉めて   ・稲妻や宮賜はりし新領土      ・稲妻や鳥の巣落ちか羽叩く夜
・切り木肌藁包む見て稲光り    ・志士の潜み耕す夕べ稲光り     ・ヘコミ先生に應対の隙稲妻す
・まことこころ海なりし田岩稲光り

秋の風
      


河村花不言の俳句集