牧師室'23.6



 ◎ 2023.6 ◎ 

「御言葉には力がある」
わたしが疲れたたましいを潤し、すべてのしぼんだたましいを
満ち足らせるからだ。(旧約聖書 エレミヤ書 31:25)
      


  「歴史に名を残す」と良く言われますが、歴史に名を残す人ってどんな人なのでしょう。
  世界史・日本史などに登場してくる多くの人たちは、その時代その時代に、何らかの形で影響を及ぼした人たちです。中には世の中に悪影響及ぼしたことで名を残した人もいます。どうせ残すなら、良い影響をもたらしたことで、名を残したいですよね。
  さて聖書の中にも、アダムとエバをはじめ多くの人が登場してきます。聖書に登場してくる良い影響を与えた人とは「神様に従った人」です。しかし、栄華を極めたソロモン王の、晩年は残念ながら、神の怒りをかってしまいます。
  列王記第一11章9節に「主はソロモンに怒りを発せられた。それは彼の心がイスラエルの神、主から離れたからである。」と。どんなに功績を積もうが、神の怒りをかってしまったら、実に悲しいですよね。
  その結果、ソロモン王の後、イスラエルは、南王国ユダと北王国イスラエルに分裂してしまいました。列王記、歴代誌を読んでいきますと、南王国ユダには20人の王が登場してきますが、12人が悪王です。ま、なんとか8名の善王がいたことは慰めです。しかし、北王国イスラエルには19人の王が登場しますが、皆悪王です。そして彼らは「主の前に悪を行った。」と聖書は記しています。
  聖書が言うところの悪人・善人とは、神の前にどう生きたかなのです。
  このような、神様に従おうとしない王や民に向かって、神様の言葉を語ったのが、エレミヤという預言者です。
  エレミヤは「涙の預言者」とも言われています。王や民に向かって神様の言葉を語るのです。それは罪の告発であり、神様に立ち返るなら祝福があると警告します。しかし人々は受け入れないどころか、捕らえて獄に入れてしまいます。
  でも、エレミヤは言います。
  「エレミヤ書 13:17 もし、あなたがたがこれに聞かなければ、私は隠れたところであなたがたの高ぶりのために嘆き、涙にくれ、私の目には涙があふれる。主の群れが捕らわれて行くからだ。」と。同胞が滅び行くことの絶えられない悲しみの涙があふれてくる。「涙の預言者」と言われるゆえんです。
  旧約の時代にも新約の時代にも、今この時にも、このように「神様の許に帰れ」そうするならそこにこそ平安と希望があると涙ながらに語り伝えてきた多くの方々がいてくれたのです。
  「世に名を残す」事はなかったけれど、神様のノートには、数え切れない人の名が記されていることでしょう。神様は、涙を流して執り成すエレミヤに言うのです。
  「31:16 主はこう言われる。/「あなたの泣く声、/あなたの目の涙を止めよ。/あなたの労苦には報いがあるからだ。/─主のことば─/彼らは敵の地から帰って来る。」涙の先には希望があると。
  私たちの歩みの中にも、様々な涙があります。泣けるときには泣いたらいい。でも、神様はあなたが涙を止める時をも知っておられ「あなたの泣く声、/あなたの目の涙を止めよ。/あなたの労苦には報いがあるからだ。」と声をかけてくださるのです。きっとそんな経験をした方もおられると思うのです。
  うちしおれ、力なく涙を流すエレミヤに神様は更にこう言われます。「31:25 わたしが疲れたたましいを潤し、すべてのしぼんだたましいを満ち足らせるからだ。」するとエレミヤはこう言うのです。
  「31:26 ここで、私は目覚めて、見回した。私の眠りは心地よかった。」と。
  詩篇の記者はこう歌います。詩篇30:5「まことに 御怒りは束の間/いのちは恩寵のうちにある。/夕暮れには涙が宿っても/朝明けには喜びの叫びがある。」と。
  エレミヤも詩篇の記者も、涙を流し悲しみ苦しみの心を神様に向けた時、慰め主なる神様の臨在に魂が開かれるのです。涙の中に神様の御声は心地よい響きを持って乾いた魂を潤してくださるのです。
  私もそのことを経験させていただきました。思い悩みの中で眠られぬ夜を過ごしていたとき、イエス様は言われました。「明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。」(マタイの福音書6:34)と。
  そして言われるのです。「わたしはいつもあなたと共にいるではないか。わたしがあなたを休ませてあげる。わたしの許においで」と。たとえどんな涙を流したとしてもイエス様はあなたと共にいて、慰め癒やし、力を与えてくださいます。私は、心安らかに眠りにつくことができました。御言葉には力があります。
  イエス様は約束の「助け主なる聖霊様」をお遣わしくださり、私たちの内に住み、必ず助けてくださいます。