牧師室23.1


 ◎ 2023.1 ◎ 
「大いなる方 」

あなたを慕い求める人たちがみな
あなたにあって楽しみ 喜びますように。
あなたの救いを愛する人たちが
「主は大いなる方」と いつも言いますように。
   (旧約聖書 詩篇 40:16)




  新しい年2023年を迎えました。この年が、平穏な年であるようにと願わずにはおれません。
  コロナ感染がまだ増え続けていますので、共に集まることは暫く先になるかも知れません。忍耐して待ちましょう。
  さて、詩篇40篇ですが、その1節を見ますと、「私は切に 主を待ち望んだ。主は私に耳を傾け 助けを求める叫びを聞いてくださった。」とあります。この作者は、何か悲しい辛い状況の中にあったのでしょう。
  悲しい時、辛い時、自分ではどうにもならないような状況の時、誰でもが叫び求めるのではないでしょうか「なんとかしてください。神様仏様。」と。その叫びを聞いてくださると、全き信頼を持って叫び求めるお方を私たちは知っています。
  私は年明けて3日の午後、久しぶりに熊本城へ散歩に出かけました。かなりの人出でした。その多くの人たちの目的は、加藤神社への初詣でしょう。人々は、手を合わせ頭を下げて、どんな願い事をしていたのでしょう。
  きっと、家内安全、無病息災、商売繁盛、加えて思いは同じ、コロナ感染症の収束、ロシア・ウクライナ戦争の終結、世界平和ではなかっただろうかと思います。
  私も同じ祈りを、私の祈りを聞いてくださる信頼すべき主なる神様に心を込めて祈りました。
  詩篇の記者はこう言うのです。「幸いなことよ 主に信頼を置き 高ぶる者や 偽りに傾く者たちの方を向かない人。」(40:4)と。
  私たちは、信頼すべき主なるお方が、どのような方なのかを知っています。
  詩篇の記者はこのお方を「主は大いなる方」といいました。
  それは「滅びの穴から 泥沼から 主は私を引き上げてくださった。 私の足を巌に立たせ 私の歩みを確かにされた。」(40:2)お方です。
  この主なるお方は、人となって世に来られた救い主イエス様です。イエス様は、神でありながら人となって私たちを滅びの中から救い出すために十字架の上で命をお捨てになられました。その流された血潮によって、私を滅びの穴から泥沼から引き上げ、決して揺らぐことのない永遠のいのちの約束の上に立たせてくださいました。
  「人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(ヨハネ 15:13)と言われたイエス様はそのお言葉通りに命を捨ててくださったのです。これほど大いなる方が他にいるでしょうか?
  私は、決して神社でお祈りしている人を蔑んだりはしていません。
  ただ、知ってほしいのです。
  悲しみ辛い思いの中にある方々に知ってほしいのです。慕い求める人の声を聞き、命がけで愛してくださるお方がいるということを。
  このお方が共にいてくださると信頼する心の中に、何にも勝る喜びがあるのです。
あなたを慕い求める人たちがみな あなたにあって楽しみ 喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが 「主は大いなる方」と いつも言いますように。」(詩篇 40:16)
  主なる神様を慕い求める人々と共に楽しみ喜んでくださるお方こそ、大いなるお方なのです。
いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」(ピりピ 4:4)