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![]() コロナ感染がまだ増え続けていますので、共に集まることは暫く先になるかも知れません。忍耐して待ちましょう。 さて、詩篇40篇ですが、その1節を見ますと、「私は切に 主を待ち望んだ。主は私に耳を傾け 助けを求める叫びを聞いてくださった。」とあります。この作者は、何か悲しい辛い状況の中にあったのでしょう。 悲しい時、辛い時、自分ではどうにもならないような状況の時、誰でもが叫び求めるのではないでしょうか「なんとかしてください。神様仏様。」と。その叫びを聞いてくださると、全き信頼を持って叫び求めるお方を私たちは知っています。 ![]() きっと、家内安全、無病息災、商売繁盛、加えて思いは同じ、コロナ感染症の収束、ロシア・ウクライナ戦争の終結、世界平和ではなかっただろうかと思います。 私も同じ祈りを、私の祈りを聞いてくださる信頼すべき主なる神様に心を込めて祈りました。 ![]() 私たちは、信頼すべき主なるお方が、どのような方なのかを知っています。 |
詩篇の記者はこのお方を「主は大いなる方」といいました。 それは「滅びの穴から 泥沼から 主は私を引き上げてくださった。 私の足を巌に立たせ 私の歩みを確かにされた。」(40:2)お方です。 ![]() 「人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(ヨハネ 15:13)と言われたイエス様はそのお言葉通りに命を捨ててくださったのです。これほど大いなる方が他にいるでしょうか? 私は、決して神社でお祈りしている人を蔑んだりはしていません。 ただ、知ってほしいのです。 悲しみ辛い思いの中にある方々に知ってほしいのです。慕い求める人の声を聞き、命がけで愛してくださるお方がいるということを。 このお方が共にいてくださると信頼する心の中に、何にも勝る喜びがあるのです。 「あなたを慕い求める人たちがみな あなたにあって楽しみ 喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが 「主は大いなる方」と いつも言いますように。」(詩篇 40:16) ![]() 「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」(ピりピ 4:4) |