牧師室 '09. 5


◎ 2009. 5 ◎

「違いが分かる」


12:4 一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、
12:5 大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。
<新約聖書 ローマ人への手紙 12:4〜5>

  本当に美味しいコーヒーを知っている人は味の違いが分かるというわけです。でも、人によっては苦みの濃い味が好きな人、酸味の濃い味が好きな人、まろやかな味が好きな人・・・など色々ですよネ。コーヒーだけではありませんが、本当の意味で「違いが分かる」と言う事は 、それぞれの良さが分かるという事でなければならないのではでしょうか。もし自分は、苦いのが好きだから、酸味の濃いのは駄目だ、と言うならそれはただ単なる自分の好みを言っているだけで、本当に「違いが分かる」と言う事にはならないのではないかと思うのです。
  その事を良く言い表しているのが、今日の御言葉ではないでしょうか。
12:4 一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、
12:5 大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。
  ところで、イエス様がなさった、タラントのたとえ話しがあります(マタイ25:14〜30)。この「タラント」はお金の単位ですが今では「才能」という意味で使われています。
  ある主人が旅に出る前に、三人の僕に、その能力に応じて、5タラント、2タラント、1タラントを預けます。5タラント預かったしもべはもう5タラント儲けました。2タラント預かったしもべももう2タラント儲けました。ところが1タラント預けられたしもべは、土に埋めておいたという話しです。
  この話しは、神様はそれぞれにふさわしいタラント「才能」を与えておられますが、皆同じではないと言うことを示しているのです。
そしてその与えられているタラント「才能」をどの様に用いるかは、その人に任されていると言う事です。
  ですからまずその「違い」を、自らが自覚し、理解し受け入れる事です。その事によって家庭、学校、職場、教会など、すべて人の集まるところに調和が保たれていくのです。こもっていないで「さあ、立って、出ておいで」とイエス様はご自身の愛の御手の中に私たちを招いておられるのです。
  最近は余り見かけなくなりましたが「違いの分かる男」というコーヒーのコマーシャルがありましたネ。
  私にはない者をあなたは持っておられます。また、あなたにはないものを私は持っているでしょう。
  私は何度見ても、カキツバタとアヤメをすぐに見分けることは出来ませんが、それぞれ違いがあり美しく咲き誇っています。
  これは神様のなさったことです。同じように私たちもそれぞれに違った美しさが与えられているのです。それを感謝し用いていくとき、外側の美しさだけではなく、良き香りを放つことが出来るのです。
  つい最近(1月20日)のことですが「イエス・ウィ・キャン(そうだ。わたしたちはできる)」あるいは「チェンジ(変革)」ということばを連発したオバマさんがアメリカ大統領になりました。人種差別という厚い壁を乗り越えてアメリカ建国以来初めての黒人大統領が誕生しましたのです。
  自由の女神が象徴するように、アメリカは自由の国と言われていますが、その自由を阻んでいた、人種差別という厚い壁を打ち砕いたのは、オバマ氏のタラント「才能」が、認められたと言うことです。「みんな違って、みんないい」と誰かが言いましたが、「違いが分かる」と言う事は、違ったものを排除するのではなく、目も鼻も口も手も足もそれぞれ違っている器官が私たちのからだを一つとしているように、それぞれの人間が、またそれぞれの国がそのタラントを生かし、愛によって結ばれていくなら、世の中に戦争はなくなるのではないでしょうか。
  少なくても、教会はそうでありたい、教団教派という壁が砕かれて、神様の愛で結ばれ、世に良き香りを放つことが出来るようにと祈ります。
何よりも、私たちの違いを一番分かってくださるお方は、神様です。