第5章 黄泉の国(よみのくに)

イザナギノミコトは、イザミノミコトにもう一度お逢いになりたいと思われ、その後を追って黄泉の国(地下にあると信じられた死者の世界)に行かれました。黄泉の国の御殿の戸からイザナミノミコトがお出迎えになられると、イザナギノミコトは、
「わが愛しの女神よ。わたしとあなたで作った国は、まだ作り終えてはいない。もう一度戻ってきておくれ。」
とおっしゃいましたが、イザナミノミコトは、
「わたしは、とても悔しいのです。あなたは、すぐにわたしを助けに来てくださいませんでしたので、黄泉の国の食べ物を食べてしまいました。(黄泉の国の住人になっていまいました。)しかし、愛しいあなたが、せっかくおいでくださったので、わたしも帰りたいと思います。これから黄泉の国の神に相談いたしますので、その間は、決してわたしの姿を見ないでください。」
とおっしゃって御殿の中へ戻ってしまわれました。

しかし、女神はなかなか出てこられないので、イザナギノミコトは、しびれを切らしてしまい、左がわの髪に付けていた櫛(くし)の太い歯をひとつ折って、それに火をともして御殿へ入って中をのぞかれました。そこには、世にも恐ろしい光景がありました。女神のからだから、たくさんの蛆虫(うじむし)が湧き出ていて、ゴロゴロという音がしています。頭からは、大きな雷(かみなり)が、胸には火の雷が、腹には黒い雷が、陰部には裂けるような雷が、左手には若い雷が、右手には土の雷が、左足には鳴る雷が、右足にははねる雷の八種類の雷が発生してゴロゴロと鳴りひびいています。イザナギノミコトは、たいへん驚かれて一目散に逃げ出しました。
イザナミノミコトは、
「あなたは、わたしに恥をかかせましたね。」
とおっしゃると、黄泉の国の醜い化け女を使わせて、後を追わせました。イザナギノミコトは、頭に付けていた黒い木のつるで作った輪を、化け女に投げつけると、山ぶどうの木が生えました。化け女が山ぶどうを食べているすきに逃げましたが、そのうちに再びこの気味の悪い女は追いかけてきます。そこで、右がわの髪に付けていた櫛の歯を折り、投げつけてやると、今度はタケノコが生えました。化け女がタケノコを食べているすきに逃げました。
するとイザナミノミコトは、先ほどの八種類の雷神に加えて、黄泉の国の千五百もの化け物たちの軍隊を動員して後を追わせました。イザナギノミコトは、長い剣を後ろの方へ振り回しながら逃げましたが、化け物たちはなおも追ってきます。とうとう地上から黄泉の国の入り口へと降りる坂(
黄泉比良坂=よみのひらさか)の坂下まで着いたときに、そこにあった桃の木から桃の実を三つ取って投げつけてやると、化け物たちはみな逃げて行きました。
 そこでイザナギノミコトは、その桃の実に
「お前が、わたしを助けてくれたように、この
葦原の中つ国(あしはらのなかつくに=葦原とは日本のこと。中つ国とは、天上の高天原と地下の黄泉の国との間にある地上の世界という意味)の人間たちが、つらいことや苦しいめにあった時に助けてやってほしい。」
とおっしゃって、オホカムヅミという名前を与えました。

しかし、ついにイザナミノミコトが自ら追って、坂の下までやってきました。驚いたイザナギノミコトは、大きな岩で坂を通れないようにふさいでしまいました。その岩をはさんで、イザナギノミコトとは、イザナミノミコトに「離婚をしよう。」とおっしゃいました。すると、イザナミノミコトが、
「愛しいあなたが、このようなことをされるのならば、わたしは一日にあなたの国の人間たちを千人殺してあげましょう。」
というと、オザナギノミコトは、
「愛しい女神よ。あなたがそうするなら、わたしは、一日に千五百の産屋(うぶや=出産のために建てる家)を建てましょう。」
とおっしゃいました。こういうことから、人間は一日に千人が死に、千五百人が生まれてくるのです。

イザナミノミコトのことをヨモツオオカミ(黄泉津大神)又は、チシキノオオカミ(道敷大神=道を追いかけてきたことによる。)といいます。また、坂をふさいだ大きな岩は、ヨミドノオオカミ(黄泉戸大神=黄泉の入り口にある大神)と申します。そして、いわゆる「黄泉比良坂」は、今の出雲の国の伊賦夜坂(いふやざか=島根県八束群東出雲町揖屋)という坂です。

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