第2章 天の岩戸 

そこで、スサノオノミコトは、得意げに言いました。
「わたしの心が清らかだったので、女の子が生まれたのです。これで、わたしの勝ちですね。」
スサノオノミコトは、勝った勢いにまかせて、次々と乱暴をはたらきました。アマテラスオオミカミが作っていた田の畔(あぜ)を踏みつぶし、溝を埋め、大嘗祭を行う神殿に、何と「うんこ」をし散らかしたのです。しかし、アマテラスオオミカミは、
「糞(くそ)のような汚いものは、きっと酒に酔って戻してしまったのでしょう。田んぼの畔をこわし、溝を埋めたのは、その土地を再生させようとしたのでしょう。すべて、わたしのかわいい弟がやったことです。」
と、それをしかったりせずに、むしろ弟をかばうようにおっしゃいました。しかし、スサノオノミコトの乱暴は、止まることはありませんでした。
 ある日、アマテラスオオミカミは、神聖な機織場(はたおりば)で、神様のお着物を織らせている時に、スサノオノミコトは、斑(まだら)模様の馬の皮をはいで、その死体を機織場の天上に穴をあけて投げ込んだのです。それに驚いた機織りの娘は、機織りで横糸を通すための道具板で、女陰をついて死んでしまいました。
これには、さすがのアマテラスオオミカミも恐ろしくなって、天の岩屋戸(とびらが大きな岩で作られた洞窟)の中に隠れてしまわれました。そんなわけで、高天原(たかまがはら=アマテラスオオミカミが支配する天の国)も真っ暗になり、葦原の中国(あしはらのなかつくに=高天原と黄泉の国の中間、すなわち地上の世界)も闇につつまれました。永遠の夜になってしまったのです。多くの神々が騒ぎだし、その声はハエのようにたくさん増えていき、あ らゆる禍い(わざわい)が起きました。
 そこで、八百万(やおよろず=たくさんあること)の神様たちは、高天原の安の河原に次々と集まって来て相談をしました。まず、高御産巣日(たかみむすび)の神の子の思金の神(おもいかねのかみ=思索、思慮の象徴神)に考えさせて、不死鳥である長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせてみました。次に安の河の川上にあった大きな岩と天の金山から鉄を採ってきて、鍛冶屋(かじや)の天津麻羅(あまつまら)という人を尋ねて洗練させ、イシコリドメノミコトに命じて鏡を作らせました。また、タマノオヤノミコトに命じて五百もの勾玉(まがたま)を貫いた玉の緒の飾りを作らせました。また、アメノコヤネノミコト(天児屋命)とフトダマノミコト(太刀玉命)とを呼び、天の香具山の牡鹿の死体から抜いた肩の骨を、採ってきた樺(かば)の木で焼いて占わせました。
 こうして神のお告げにより、天の香具山から五百本以上の賢木(さかき)を根こそぎ抜いて、上の方の枝には、先ほどの玉の緒の飾りを取り付け、中には八尺の鏡(やたのかがみ)を取り付け、下の枝には白と青の御幣(ごへい)を垂らしました。フトダマノミコトが、この様々なものをお供えし、アメノコヤネノミコトが、荘重な祝詞(のりと)を唱えました。
タジカラオノミコト(手力男命)が、天の岩屋戸のわきに隠れてたちました。また、アメノウズメノミコト(天宇受売命)は、天の香具山のヒカゲノカズラ(シダ系の植物。別名カミダスキ)をたすきに懸け、ツルマサキを頭にかぶり、笹の葉を手にもって、天の岩屋戸の前に桶を伏せて、それをドンドンガラガラ踏みつけながら踊りだし、神懸かり(かみがかり)になりました。女神のダンスはエスカレートし、乳房をかきむしり、陰部を広げて、そこに着物のひもを垂れたのです。その様子に、高天原はどっと揺らぎ、見ていた神様たちは、大声で笑いだしました。
 岩屋戸の中のアマテラスオオミカミは、外の大騒ぎを不思議に思って、岩戸を少し開いておっしゃいました。
「私が、隠れてしまったので、高天原も葦原の中国も闇につつまれ暗くなったというのに、どうしてアメノウズメノミコトは、楽しんで踊り、多くの神様たちは大声で笑っているのだろうか。」
 そこで、アメノウズメノミコトが、
「あなた以上の尊い神がいらっしゃるので、われわれはみな喜んで笑い、楽しんでおりました。」
と申し上げている間に、アメノコヤネノミコトとフトダマノミコトは、鏡を差し出してアマテラスオオミカミにお見せしました。すると、その姿が鏡に映ったので、アマテラスオオミカミは、ますます怪しいと思って、少し戸から出て外をのぞかれたところ、隠れていたタヂカラオノミコトがアマテラスオオミカミの手をとって引き出し、すぐにフトダマノミコトが、注連縄(しめなわ)を天の岩屋戸の入り口に引き渡し、
「もう、ここから中へは、帰ることはできません。」
と申し上げました。
 こうして、
アマテラスオオミカミが、天の岩屋戸から出てこられたので、高天原も葦原の中国も自然に明るくなったのです。
 また、八百万の神様たちは、この事件の原因を作ったスサノオノミコトに罰として貢ぎ物(みつぎもの)を出させ、ヒゲを切り、手足の爪を抜き、高天原を追放してしまったのでした。

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