2013年08月25日更新

久々の更新です。ほんとうは半年も前に書き終えていたのだけれどいろんなことがあってボツにしたままでした。音楽映像業界もミュージシャン同様に世代交代が進み、さすがにここしばらく毎週撮影というようなことはなくなりましたが相変わらずシブトクやっています。むしろ気心が知れたアーティストや、昔からの仲間たちとの撮影が中心となった分楽しさは増しているといったところでしょうか。僕がフリーになった当時無我夢中でミュージシャンを追いかけてきたように、今のミュージシャンに夢中になれる世代のカメラマンが頑張ればよいのです。それが健全ですしそうして時代は変わってゆくのです。


前回、バンドを作ってヴォーカルをやるという話を書きましたが、こちらもそれなりに頑張っています。困ったことに、コンサート撮影のリハーサルのときなど仕事そっちのけでミュージシャンの発声方法が気になったりするようになりました。先日も浜田省吾さんのリハーサルで、彼が発声練習をしながら僕のカメラ前を通り過ぎたとき体全体をうまく響かせて歌っていることに初めて気づかされとても参考になりました。まだまだ僕などは喉だけで声を出しがちなので、それ以降「体全体で鳴らす」ということを意識して練習しています(浜さん、ありがとう)。

僕のバンドは4人編成でトラディショナルな音楽を演奏します。ふつうだったら4人もメンバーがいたら誰か1人ぐらいは上手く歌える人間がいるものですが、残念ながら我がバンドはへたっぴー揃いです。やむを得ず僕がリードVo.をやっているわけですが、へたくそなうえに声量もないので苦労します(家内に言わせると会話の声はデカイらしいです)。まあ、へたっぴーが大きな声量で歌ったら聴かせられるほうは耳を塞ぎたくなるかもしれませんね(笑)。いずれにせよ、雰囲気のよい地元レストランで毎月1度定期ライブをやらせていただけるところまでになりました。来月には1年間待ったギターがやっと完成するということで、楽しみでしようがないといったところです。低音の良く鳴るギターをリクエストしてあるのですが、果たして仕上がりは如何に?


最後に、この欄でも度々紹介しているディレクターの翁長裕氏ですが、その彼の監督作品Blankey Jet City / VANISHING POINTが、バンド解散から13年の時を経て先頃全国でロードショー上映されました。映画館の大画面と大音量でご覧になっていただきたいところでしたが、見逃した方はDVD化されているようなのでぜひチェックしてみてください。今回久しぶりに彼らの映像に接したのですが、ある意味何も変わっていないメンバー達の姿に感激してしまった。僕にとって(恐らく翁長監督にとっても)ブランキーは“最強で最後のロックバンド”だったのではないだろうか…必見!

なお、コラム欄にこの春亡くなった飼い犬ノアのことを書きました。私的な文章ですがどこかに彼の思い出を残しておきたいと思って掲載しました。読んでいただけるとうれしいです。






2012年12月9日更新

早いもので今年も残すところあとわずか。先日友人のカメラマンN氏から「生きてますか〜!?」という電話をもらう。HPの更新もサボりつづけて半年あまり。これはいかん…というわけで近況のご報告です。

OX日 安全地帯のパーティー。元気なメンバーの姿を見られてよかった。そのこともあって久々にT氏のお父上に手紙を書く。後日とても心暖まる返信をいただき感激。お守りの代わりに毎日持ち歩いてる。

OX日 音楽中心の野外イベントを2日間に渡って撮影。久しぶりにPLフィルター大活躍。BLUEGRASSPOLICEのみんな、かっこ良かったよ。才能豊かな地元のロックバンドも発見…今後の活躍が楽しみである。





OX日 同郷のT氏からお声がかかり『ガールズアワード』という華やかなイベントでCF撮りに参加。1月に奥さんを亡くされたばかりのT氏。愛妻家だっただけにちょっと心配していたが、撮影監督として現場を取り仕切る元気な姿を見て安心する。ちなみにCFでの僕の担当はモデルの富永愛さん…富士山のように背が高かった!

OX日 ブライダル撮影。200人以上いた招待客のほとんどが友人という珍しい結婚式。送迎時、先輩から後輩まで一人一人と泣きながら抱き合う新郎は、まるで本宮ひろ志の漫画の主人公。マジで「おじさんも仲間に入れてくれないか?」と言いたかった。

OX日 ビデオ作品を監督したことのあるブルーグラス45の全国ツアー。メンバーからのメールに「年取りました」とひと言。「これは観ておくしかないだろ」ということで、行く予定はなかったのだが急遽名古屋まで車を飛ばす。16年ぶりの再会だったけれど…「ぜんぜん年取ってないじゃん!」さすがにミュージシャンは若い。

OX日 以前撮影直前に企画が立ち消えになってしまい、製作をあきらめていたアーティストの方より数年ぶりに電話をいただく。現在レコーディング進行中とのことで年明けが楽しみである…ちょっといい風が吹いてきたかな?

OX日 12年ぶりに活動を再開した自身のバンドで初めてリードヴォーカルを担当することに。思い起こせば遥か昔…まだ小学生だった頃、教育実習の先生の家へ遊びに行った際に初めてテープレコーダーというものに接し、喜んで歌ったまではよかったのだが、録音された自分の歌声を聴いてショックを受けそれが今でもトラウマになっている(カラオケだって2回しか歌ったことがないのに…)。だけどこの年になって思うに、自分で限界つくってちゃダメなんだよね。で、まだ1曲歌っただけで声が枯れる始末なんだけれど、のど飴舐めながらが声を張り上げている。もう決めたんだな…ギターだってオーダーしちゃったし(笑)。岡林信康さん言うところの「狂い咲き」かもね!?







2012年4月25日更新

今日で
尾崎豊くんの没後20年なのだそうだ。月日の経つのは早いものである。1983年当時、音楽専門誌『アリーナ37℃』の編集部から「今度すごい新人がソニーからデビューするんだけど、コウセイ撮ってみない?」と誘われてから一年余り、ほぼ毎月のように彼を撮影していた。初めて尾崎くんと一対一で向き合ったのは『新宿ルイード』でのデビューライブ(卒業式の当日!)を終えた一週間後だった。原宿の表参道でロケをしたその日のことはよく覚えている。彼の印象は、一週間前に観た激しいライブパフォーマンスとは異なり、もの静かで、礼儀正しく、よく笑い、人懐っこくて、とても澄んだ瞳をした“初々しい少年”というものだった。僕の弟と彼が同い年だったこともあり、初対面の時から弟を見るような目で彼をみていたように思う。別れ際、冗談で「売れたら一緒に○○○風呂に行こうか?」と声をかけたときの彼のはにかんだような笑顔が今でも瞼に浮かんでくる。

その夏、『アトミックカフェ』というイベントで日比谷の野音に登場した彼は、異様な盛り上がりの中、ライブ途中で照明イントレに登りはじめた。アンプの上から飛び降りるのは毎度のことだったが、この日の高さはいつもとは違う。スタッフが慌てて追いかけ、会場が騒然となる中、さすがに彼はちょっと逡巡した様子だった。「飛べー!オザキー!!」、僕は思わず心の中で叫んでいた。直後…彼は飛んだ。僕は無我夢中でシャッターを切りつづけていた。立ち上がれずにスタッフの肩に抱かれながら歌い続ける尾崎…結果は左足首の骨折であった。これ以降、彼の人気にはますます拍車がかかり、そのうちに『若者のカリスマ』と呼ばれるようになってゆく。





何年も会っていなかった彼との再会は復活ライブのステージ上だった。たった7メートル先でリハーサルを続ける彼に、結局最後まで僕は声をかけることができなかった。そのまま本番スタート。「I LOVE YOU」、「15の夜」といった、僕にとって特に思い入れのある曲では自然に気持ちが入り込む…一方では復活を喜びながら、もう一方ではゴシップに晒され“芸能人”のようになってしまった彼に対し、複雑な気持ちを抱きながら僕はファインダーを覗いていた。。「何やってんだ、しっかりしろ、オザキー!」心の中でそう思いながら撮影していた。彼が亡くなった後、各局で使われた「I LOVEYOU」を歌う尾崎豊の横顔のシルエット映像は、そのときの僕のそんな気持ちが写り込んでいる。今では、彼が最後に僕に撮らせてくれたプレゼントだったような気がする。









2012年1月1日更新

今年の賀状は例年とは異なり、考えた末に『絆』一文字だけを入れることにしました。

昨年の東北地方の大震災による津波で、私の故郷岩手も大変な被害を被りましたが、なかでも釜石に住む私の旧友、越田一雄くんの大槌町にある実家が被災し、母上とお姉さんが還らぬ人となりました。いまだに被災地の人々のご苦労を思えば心が痛みますが、そんななか越田(あえて敬称は省略します)から聞いた素敵なエピソードをここで紹介したいと思います。

東京で活動を続ける一人のパーカッショニストが、「おりん(お鈴)」と呼ばれる仏具を、自分の表現する音楽で楽器として使ってみたいということで全国の仏具店等に問い合わせ探しつづけていたのだそうです。大槌町という、岩手県の中でもごくごく小さな田舎町で商いを続けていた越田の実家『ひび又屋』は当地では有名な金物店でしたので(どういう経路で彼がその店に辿り着いたのか不思議でならないのですが)、たまたま大震災の2日ほど前に“おりん”を二個注文していたらしいのです。その時の越田の姉さんの電話での親切な対応と送られてきた“おりん”に添えられた手紙に対し、彼が感謝の気持ちを直接伝えようと電話をしたらしいのですが、そのときすでに電話は繋がらない状態になっていたのだそうです。彼の手元に品物が届いたのは大震災のあった311日その日のことでした。

その後彼はニュースで被災地の惨状を知り、母娘の安否を確認するためいろいろ苦労して調べたようですが、そのときに越田のお母さんが偶然自分の祖母と同じ「トミ」という名前だったことにも気付いたということでした。

届いた“おりん”を初めて鳴らしたとき本当に嬉しかったのだそうで、その気持ちを少しでもお返ししたいということから自身が作曲し録音した『HIBIMATA』という曲を最近遺族に贈られたそうです。パーカッショニストの名は永井朋生さんといいます。














2011年7月28日更新

ちょっと前4/19の話しになるが、東日本大震災で被災した故郷を元気づけようとして、プロデューサーの高橋研さんが、岩手出身のミュージシャンに呼びかけて行われたチャリティライブ『ぼくたちは ひとりじゃない』が渋谷DUOで行われた。出演は歌った順に
高橋研、柳田久美子、ササキオサム、服部祐民子、吉田朋代、中村貴之、あんべ光俊という面々。ラストのジャムでは中村さんと共にN.S.P.のメンバーであった平賀和人さんも参加され、世代を超えた音楽家たちのとても素敵なイベントであった。私も同郷のよしみで記録係として参加させていただき楽しいひとときを過ごさせてもらったわけだが、普段交流する機会の少ない若手のパフォーマンスも見られ、わざわざ山から下りて行った甲斐があった。声をかけてくれた研さんとあんべさんに感謝。





その日の打ち上げで、今回のイベントのチラシを手掛けた
タノケンさんと同席したのだが、なんと、彼は私の通った仁王小学校の後輩であった。で、共通の話題は学校前で屋台をやっていたお好み焼きのおばちゃんの話し。結論は『お好み焼き』という食べ物は、イコール「おばちゃんの作るあれしかないだろう!」ということ。大人になってからもあの味を求め、あちこちで「お好み焼き」を食べ歩いた二人だったが、どれもこれも別物なのであった。その後いろいろ調べると、僕らがお好み焼きと考えていたものは、どうやら現在では『うす焼き』と言うらしいことまでは分った。そのうす焼き自体が今では盛岡でも珍しい食べ物となり、現在は大きなお祭りで出店する屋台のみとなったようで、残念ながらたまに帰省してもその味にはありつけなくなってしまったのである。僕自身、おばちゃんの味を再現しようと試みたが全くの無駄骨であった。ちなみにそのおばちゃんというのは、熊谷チカコちゃんのお母さんなのであった。なんで名前を知っているのかというと、チカコちゃんは僕の兄の同級生で小学生なのに水泳の選手として有名だったからである。太っちょなおばちゃんが、汗をかきかきお好み焼きを裏っ返しにして、真ん中の盛り上がった所をコテで力一杯押し付けると、ジューッと音がして…湯気が広がりその生醤油の香ばしい香りが、いまかいまかと屋台を囲んでじっと見つづけるガキ共の鼻腔をくすぐるのだった。チカコちゃんのお母さんの、玉のような汗とあの絶妙な味が忘れられない。食いたーい!

さて、最近の撮影で楽しかったのは、やはり
浜田省吾さんの横浜アリーナか。若干ふっくらと見えた浜省であるが、長時間に渡るライブパフォーマンスは相変わらずで、その年齢を考えると感心せずにはいられない。僕はステージ前のリモートカメラの担当であったが、彼の作る曲が昔から大好きなのでノリノリでモニターに食らいつく。久々に手応えを感じながらのシューティングであった。同じ横浜アリーナであった先日のゆずの方は、カメラポジションの制約もあって少々フラストレーション気味だったが、そんな中で決めてこそプロである(良い映像を提供できてナンボの世界…厳しいネ)。ところで、若い若いと思っていたゆずも、来年はデビュー15周年ということである。こうなると僕なんぞ“化石”ロックカメラマンだな。
最後に、玉ちゃん結婚おめでとッ!







2011年2月13日更新


 前回のエンディングがあんまりだったので、ちょっと近況などをご報告。
○月○日 ファンの間でDVD化が望まれていたビデオ作品、
城田じゅんじ&坂庭しょうご『fifty-fifty Live』の再発が決定。新たにボーナス映像3曲を加えてのDVD化なのできっとファンのみなさんも喜んでくれることでしょう。トラッド、フォーク、ブルーグラスから漫談まで(笑)全てのアコースティック音楽ファンにお勧めできる作品です。

     
http://www1.parkcity.ne.jp/palmstrings/


○月○日 植村花菜さんの「トイレの神様」が年明けとうとうオリコン一位になったらしい。“べっぴんさん”ということでこのところマスコミから引っ張りだこのようだけれど、肝心の歌のほうも実力派である(その歌唱力と音程のよさに脱帽)。コンサート前の楽屋へ挨拶に伺ったときメイク中にも拘わらずわざわざ立ち上がってお辞儀を返してくれ、その礼儀正しさにも感心させられた。それにしても「トイレの神様」だなんて、関西の人はうまいことを言うもんだ。東北出身の僕にとってその頃の汲み取り式の便所は、薄暗い電球に真っ暗な便壺、季節によって尻に当る空気が生暖かかったり冷たかったりすることで夜に行くのが怖かった。いつも歌を唄いながらウ○コしていたものだが、両親はきっと「ずいぶん歌の好きなわらすっ子だ」と感心していたに違いない。

○月○日 その植村花菜もコンサートでカバーしていた“フォーク界の女王”(敢えてこう言わせてもらおう)
中島みゆきさんの『TOUR 2010』を撮影。ディレクターは友人の翁長裕。前列下手側のカメラは同じく林渉。僕が前列上手側のカメラで、その右隣りにはカメラマンのタムジン(田村仁)さんが…。楽しい撮影であったが、なんといっても最大の収穫は「時代」を初めて生で聴けたことであろうか。帰り道に「今、一流と評されるミュージシャンの中で中島みゆきほどアーティストパワーをもつ人が他にいるだろうか?」と考えてみた…誰も思い浮かばなかった。

○月○日 新聞やTVの報道でご存知の方も多いと思うが、今年のグラミー賞にBOMサービスの渡辺敏雄氏がプロデュースした
『MEMORIES OF JHON』というアルバムが「ベスト・トラディショナル・フォーク・アルバム部門」にノミネートされたとの知らせ。これは快挙である!今は亡きJhon Hartfordへのトリビュート・アルバムなのだが、考えてみればJhonへのトリビュートアルバムなんて本来ならとっくに彼ら自身が作っていなければいけない作品だ。それだけにこのアルバムの価値がアメリカ人たちから評価されたのがうれしい(氏は僕の『BILL MONROE』写真集や、ビデオ作品『Bluegrass45』のプロデューサーでもある)。

○月○日 最近好きな人…KARA!好みがニコルからスンヨンに変わった。が、ク・ハラもちょっと気になっている(オリジナルメンバーだったキム・ソンヒも)。最近好きな本…久しぶりに北野武に凝っている。なかでも『全思考』幻冬舎文庫はお薦め(Amazonの1Clickで今すぐゲットすべし/送料込み480円也)。僕はツービートが好きではなかったし、ビートたけしのオールナイトニッポンやTV番組もほとんど視聴したことがない。ましてや北野武監督の映画もそれほど観ていない。ないのだが昔から彼の考え方に共感する部分が多い。で、いつも本だけは買ってしまうのだ。最近好きな食べ物…そば打ちに嵌まっている。地元産のそば粉等いろいろ試している段階だけど、家族の評判も上々でけっこうその気になっているところ。

○月○日 今年こそ「釣り」を復活させようと早くも年券を申し込む。久しぶりに膝がガクガク震えるような大物ヤマメと出会いたい…って、遊んでばっかしか?







2011年2月6日更新


 久々の更新です。遅ればせながら…本年もよろしくお願いします。
 昨年の10月、旧友のSHYから音楽ライターの中で最も親しかった角野恵津子さんが亡くなったという知らせを受けました。互いにA.R.B.が大好きだったり好みや価値観が近かったせいか、僕にとってライターとして真っ先に名前の挙がるのが彼女でした。

 昨年久しぶりに角野さんから電話をもらい、彼女がブッキングを担当しているライブハウスでキヨシローの追悼イベントをやることになりゲストトークを頼まれたのですが、それならば僕よりもっと相応しい人間がいると、友人の翁長裕氏を紹介してあげたらとても喜んでくれました。彼女とはその時の電話が最後になってしまったのですが。
 そんな角野さんが十年ほど前にご自身のHPで書いていたこと…
『夕方、外出。本日は飲み会。(中略)3人とも価値観が似ていて、人生、やりたいことやんなくちゃ、つまんないという考えの持ち主。そして実際、その通りの人生をここまで歩んできた。そんな3人だから共感することも多くて、あれこれ楽しい話ができた。そんな3人の夢、それは死ぬまで今のような状態を続けられること。シャイは歌い続けたいというし、恒星さんは自分で“これ"と思える写真を撮り続けたい。 そして私はあれいい、これいいと好きな音楽のことを書き続けて、それを読んでくれる人がいて、好きなアーティストの人達とイベントやって、それを聴きに来てくれる人がいて、みんなが楽しいこと。できるかなあ。そんな人生、死ぬまで続けたい。』-kadono433-

 角野さんは亡くなる直前まで好きなアーティストをフォローしつづけ、書き続けた。SHYは相変わらず全国を飛び回って歌い続けている。で、オレはいったい何をやっている?

   恵津子の部屋
 http://www.bekkoame.ne.jp/i/gc4272/kadono1.htm










2010年9月5日更新

“音楽少年”
玉置浩二さんの率いるバンド『安全地帯』のコンサートに行ってまいりました。仕事以外で彼らのライブを観に行くなんて何年ぶりのことでしょう…。僕自身こんなに楽しめたのは80年代のミアスツアー以来だったかもしれません。やっぱり大人のバンドっていい。六土&田中のリズム隊は安心して聴いていられるし、矢萩&武沢の「蒼いバラ」でのツインリードなんて鳥肌が立ちました。まったく個性の違う両ギタリストが安地サウンドの要なのだということを今回あらためて実感した次第です。玉置さんに関しては…よく動いてた!(笑)。90年代以降のコンサートがほとんど1時間30〜40分の長さだったことを思えば、2時間以上もある今回のツアーは、プレイする本人達のしんどさは別として、ファンも大満足だったに違いありません。
個人的に感動したことをもうひとつ挙げるとすれば、ステージ上にプロンプター(歌詞を映し出すモニター)が存在しなかったことでしょうか。今回のツアーに賭ける玉置さんの強い思いがこちらまで伝わり、なんだか胸が熱くなってしまいました。ライブ終了後「プロンプターがなかったね」と話すと、ニッコリして「分った?」とひと言。いつもの人懐っこい笑顔を見せてくれた“音楽少年”でした。

さて…今年は暑い夏でしたね。標高850mの高原に暮らして15年以上になりますが、とうとう我慢ができず、仕事場(山小屋)にエアコンを入れてしまいました。家人からは「年のせい」などと言われていますが、本人はあくまで「地球温暖化のせい」と主張しています。そんな残暑の続くある日、我が家に映像ディレクターのO氏が立ち寄ってくれました。お互いの長所も欠点も知りつくしている長い付き合いなのですが、ゆっくり話すのは実に2年ぶりでしょうか。そのO氏がプライベートで制作した映像を最近YouTubeにアップしたそうです。自分自身は何も変わっていないのに、ふと見渡したとき周囲の状況が大きく変化していることに気づかされ怖くなることがあります。そんなとき僕はよく「人生で一番大切なものって何なんだろう?」と自身に問いかけます。今回のO氏も「幸せって何だろう?」ということを自分自身に問いかけながらの製作だったようです。ちょっとヘビーな内容かもしれませんが、ぜひとも多くの方々に観ていただきたい作品です。

http://www.youtube.com/watch?v=LkroQujetQk




2010年5月25日更新


わざわざアクセスして下さる方々には申し訳ない…と思いつつの更新です。
最近の出来事といえばまず、○月○日、カメラマン
飛木恒一郎氏の遺作展『フィルムに刻まれた音魂たち』が新宿アイデムフォトギャリーで開催されたことでしょう。たくさんの入場者があったというニュースを耳にしました。飛木さんが亡くなる直前にある願いごとを託されていたのだけど、どうやらその約束を果たせていたらしいことを知りほっと胸を撫でおろした次第です。
○月○日、どれだけ待ち望んでいたことか…大好きなミュージシャンが復活してくれた!何があっても、音楽をプレイするために生まれてきた才能豊かな人物をこのまま埋もれさせておくわけにはいかないのです…絶対に。
○月○日、孤高のシンガー
金森幸介さんを4年ぶりに撮影させていただく。あいかわらずシブイ、シブすぎる!この映像をいつの日か世の中に発表できることを願っています。誰かスポンサーはいないか?
○月○日、半分プライベートで「
きたむらいづみ&スイートグラス」のツアーに同行させていただく。心地よいオリジナルソングの数々、美味しいお料理とお酒、若者たちとの交流、露天風呂etc。同好の士との旅は楽しいものだ。飲み慣れないスイートな日本酒に珍しく夜中ゲロッちゃうも(僕は超辛口党なので)、帰宅後にいづみさんより同じお酒を送っていただき今度は美味しくいただけてしまった。スイートグラス恐るべし…甘党になっちゃいそう!
○月○日、音楽少年であるTさんがマスコミに取り上げられる機会が多くなり、それが肝心の音楽の話題ではないことに多くのファンは気を揉んでいるらしい。そんな中にTV出演時の「口パク問題」というのがあるらしいのだが…ファンの皆様、とりあえずツアーがスタートするのを楽しみに待とうじゃありませんか!





2010年2月21日更新

我々音楽カメラマンは、基本的にアーティストの著作権や肖像権を守ってゆかなければならない立場ですから、これまでYou Tubeへ積極的に作品を投稿することは控えてきました。しかし近年さまざまな動画が投稿されるようになり、作り手である私自身の思いとは関係なく作品の一部がアップされている現状を見るにつけ、「それならばいっそ…」と自分が納得できる形で作品を発表してゆきたいと考えるようになりました。多くの音楽ファンにその存在を知らしめたいアーティストの映像を選んでいくつもりです。それらの映像をきっかけに他のアーティストにも興味を持っていただき、ライブにでも足を運んでいただければ、ミュージシャンに対しても義理が立つというものです。You Tubeの画面で吉田恒星を検索していただければご覧いただけます。どうぞルールを守ってお楽しみ下さい。





2010年1月18日更新


 年明け早々、なにげに観ていたフジTV「特ダネ」にて安全地帯の復活を知る。自分のカメラマン、ディレクターとしてのキャリアのなかで最も深く関わってきたバンドであり、玉置さんとはこの十数年プライベートでの付き合いもあっただけに、ファンならずとも待ちに待った復活である。とりあえずは、よかったよかった!例のゴシップ以降、何もできず遠くからそっと見守ってきただけだったが、普段あまり夢を見ない自分が何度か彼の夢をみた。そんなわけで、いつかまた会う機会があったら「心配させやがって」と言ってやりたい気も、ちょっとはある…。
 
昨年はHPをあまり更新できなかったため、何度かWhat’s Newを削除しようかと考えましたが思いとどまりました。なくすのは簡単、いつでも出来ますものね。…本年もKohsei On The Webをよろしくお願いします!




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