『SSのお部屋』

Preludio

「そうやって、いつか笑える日がくるから、頑張りなさい」
 それは、今はもう遠い…
 それでも決して、忘れてはいけない日々に贈られた…言葉。

 その言葉を噛み締めて……
 その想いを胸に刻んで……
 俺は、歩いてきたつもりだ。

「いつか、きっと、みんなで笑える日が来るよ」
 それは大切な人の…
 遠き日に夢見、叶うことを信じた…言葉。

 その人とともに歩み……
 その想いとともに生き……
 俺は今、ここにいる。

 そして今日、この日が……訪れた。

 だから…
 今日、この日は………



すべてをみんなで笑える日


Atto:1 再会と思い出と…

 体の向きを微妙に変えては、鏡に映る自分を確認する。
「う〜ん」
 さっきからそんな唸り声めいたモノしか、口からは出てこない。
「……う〜ん」

「もう、いつまでそうしてんの? いい加減にしなさいって!」
 いらついた声を上げながら、俺と鏡との間に割って入る人影。
「お、おい! よく見えないじゃないか。ちょっとそこどいてくれよ、水月ぃ」
「あのねぇ、待ってる方の身にもなってよね。ったくもう、何で私より慎二の方が遅いのよ。 大体、スーツにネクタイなんて、毎日仕事で着てるじゃないの。何、悩んでんだか」
 体をくねらせながら、なおも鏡を見ようとする俺に、半ば呆れ顔になる水月。
「仕事と今日のことは別だろ? 久しぶりにみんなに会うんだし、それなりに見苦しくない格好で行かないと。 それに待ってるって言っといて、そっちは、もういいのか? 葉月も」
 そう言いつつ水月を見ると、紫を基調にしたワンピース風のドレスにコサージュも付けて、 首には中央にエメラルドをあしらった銀のネックレス。どうやら準備万端のようだ。
「あのさあ、見たなら見たで、一言くらいかけてくんないの? 折角、女の子がおめかししているってのに、気がきかないんだから」
「女の子っていうトシでもないだろ? 何言って……いだだだっ!」
 背中に激痛。思いっきりつねんなよ! ジョークの通じねえヤツだな。
「もういっぺん言ってみな。これだけじゃ済まさないよ」
 だ、ダメだ。ここは素直に謝るに限るか。
「わ、悪かった。頼むからその手を放して……痛いっての!」
「全くもう。はーちゃん、こっちおいで。ほぉら、こまったパパでちゅねぇ〜」
 まだヒリヒリする背中をさすりながら見ると、水月が抱っこした葉月をこちらに向けながら、 ほぉらパパのこと笑ってやんなさいよ、と言わんばかりにいたずらっぽい笑みを浮かべていた。 まったく、こういうとき子供を味方につけられるのは、母親の特権ってヤツかもな。
 ……………
「さてと、お待たせしましたっと」
「ほぉ〜んと、男の方が身支度に時間かけるだなんてねぇ」
 言い返せない。時間かけ過ぎたのは、本当のことだからな。
「悪かったよ、でも……なあ」
「分かってるって、言ってみただけ」

 俺の名は、平慎二。
 認めたくはないが、四捨五入すれば三十路といわれる年齢だ。
 大学を卒業して5年。親父の経営する会計事務所で、その助手といえば聞こえはいいが、要するに小間使い、 いいようにコキ使われている。親父としては将来的には俺にこの事務所を継がせたいらしく、 実際、大学を経済系では世評の高い白陵にしたのも、そのためだった。
 今日は、その大学ではなく、高校時代の同窓会。
 白陵大学付属柊学園高等学校、3年C組の同窓会、というわけだ。
 そして、俺の隣でさっきから口やかましくしているのが、水月(みつき)。 その高校時代からの腐れ縁というヤツで、いろいろあったが今は俺の女房。2才になる子供もいる。
 いろいろ、というのは……本当に、いろいろだ。
 思い出したくないことだって、あった。
 辛いことも、悲しいことも、たくさんあった。

「どうしてるだろうね、みんなさ」
 ふっと遠くへ視線を流しながら、ポツリと水月がつぶやいた。
 どうしてる……か。
 確かに、孝之たちを例外にすれば、ほとんどの連中が卒業以来、ということになる。
「でもさ、そうやって離れてても、いざ顔合わせると、きゃ〜っ、久しぶり! とかなるんだろ? やっぱさ」
「ふふん、やっぱ分かる?」
 話しながら歩いていると、遠くに見知った顔を含む集団が見えた。
「あー! 遙、はっけぇ〜ん!」
 声を上げるやいなや、その集団に向かって駆け出してゆく。
 案の定の行動に出る水月だった。

 ………
「よお! 久しぶりだな、慎二」
 聴きなれたはずの声だが、なんとなく懐かしい。
 声のする方向を向くと、
「よう! こっちこそ。結構、ご無沙汰ってヤツだからな。1年……位か? 孝之」
「……う〜ん、そんなところか? 俺もあんま自信ねぇけどさ」
 うん? 孝之の足元……小さい人影が動いてる。
「どした? ああ、彼方、ほぉらパパのお友達だぞ〜。はい、ごあいさつしよっか?」
 孝之の後ろに隠れるようにして、上目遣いにこちらをうかがっていたが、父親に背を押されては前に出るしかない、 というように俺の前まで来た。
「こ、こんにちは。たいらのおじちゃん」
 ……おじちゃん。孝之め、せめて「お兄さん」と教えろよ。
 文句は後にして、彼方くんの前にしゃがみ、頭をなでながら笑顔で応える。
「はぁい、こんにちは。えらいね、ちゃんとあいさつできたね。いくつになったのかな?」
「……みっつ」
人見知り風の警戒したような顔が少しぎこちなく綻び、小さな指を3本立てて答える。
「どうだ、1年くらいしか会ってなかったとは思えないだろ? 子供なんてあっという間に
大きくなるもんだからな。今じゃ、抱っこだって一苦労だぜ」
 しょ、と声を上げながら彼方くんを抱き上げる孝之。……そうか、もう3才になるんだ。
「大きくなったもんだな…。と言うことは悠ちゃんは、遙…さんのトコか?」
「おいおい、何他人行儀な言い方してるんだよ。そりゃ今は『涼宮』じゃないけど、あのころのままでいいって、いつも言ってるだろ?」
「それはそうだけど、さすがに『遙ちゃん』とは呼べないだろ?」
 言えてるな、と苦笑する孝之に俺もつられて笑った。

 孝之たち、いや鳴海夫妻に双子が誕生したのは3年前のこと。男の子と女の子の双子だったので、考えた名前がムダにならなかったよ、と笑っていたっけ。
「そうそう、子どものことだけどな、なんとなぁく彼方は俺、悠は遙みたくなっていてな。そっちだって似たようなものじゃないのか?」
「ん? 葉月のコトか? まあ、確かにそんなフシもなくはないがな」
「お互い辛いな。こんな日も男同士、女同士で固まっちまうし」
 こんな日。そう、今日は白陵の同窓会。卒業から10年近く経っていて、それぞれ結婚とかもしている連中も多い(俺や孝之だってそうだ)のに、 かつての仲間の顔を見ると、あのときと同じ「友達」や「仲間」に戻るものらしい。

 ………「仲間」
 その言葉の持つ意味の重さを俺は、いや俺たちは、まさに「身をもって」知り、学ばされた。
 だから今、俺たちはここにこうして……居られるんだ、と思う。

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Atto:2 もう一度、「仲間」になって…

<1>

 あれは、そう、今からもう7年も前になるのか。
 涼宮(ここではそう呼ばせてくれ)は交通事故による昏睡状態から奇蹟的に目覚め、再び孝之のもとへと帰ってきた。 孝之も、涼宮が眠っていた3年間、自分を献身的に支えてくれた速瀬への想いとの狭間で苦悩しながらも、 そんな涼宮とともに歩むことを選んだ。
 涼宮の退院の日。俺と孝之の前には姿を見せず、涼宮にだけ会い、その孝之と涼宮を祝福したいけれど、 まだ気持ちの整理はできないと、内心を打ち明けて「俺たちのいる場所」から去った、速瀬。
 それから半年ほど経ったある日。涼宮の妹、茜ちゃんの出場する競泳大会で、他校の水泳部のコーチをしていた速瀬を、 その茜ちゃんが見かけた。
 そして、孝之の発案で、病院で涼宮の卒業式を行った時読み上げられた、速瀬からの祝電。
 茜ちゃんに託されたそれと、俺たちの携帯に入った「待っています」のメッセージ。
 その想いを辿って俺たちは、かつて「仲間」を確認しあった学校裏のあの丘で、速瀬と再会した。
 俺たちは再び、「仲間」になれた。
 その時は、そう思っていたし、信じてもいた。
 ……だけど。

 あの丘での再会の後、涼宮の家に戻ってもう一度、再会を喜び合った俺たち。
「…ねぇ、みつきはおウチに帰ってくるの?」
「え? う、うん。…あ、お母さんがうるさくってね。いい加減、結婚とか考えなさいってさ。 おまけに、そのときに備えてウチに帰って花嫁修業でもしなさい、って。ほぉ〜んと、考えが古いんだからさぁ、困っちゃうよ」
「確かに、家事はムリそうだもんな、今の水月には」
「……一言多いの、孝之は」
 そんな他愛のないやりとりが交わされる中、笑いながら話す速瀬の顔に、かすかな憂いが影を落としているのに、俺は気付いていた。
 ささやかなパーティーが終わり、俺は速瀬を送っていくから、と二人で涼宮の家を後にした。

 夕暮れに染まる、柊町駅前。
「……どうしても、行ってしまうのか? 速瀬」
「……ふふっ、やっぱり、慎二君はごまかせないね。気付いてたんでしょ? 私がまだ、ここに帰ってくるつもりなんてないこと」
 そう言って速瀬は、再び俺たちの前から姿を消そうとしていた。
 そんな速瀬に、俺は……。

 速瀬水月。
 高校時代。いつの間にか俺や孝之のそばで、口やかましくするようになった、同級生。
 自分の親友である涼宮を孝之に紹介し、俺も巻き込んで二人をくっつけようとしてたっけ。
 その時点での印象は、やたらと世話好きな、友達感覚の女の子。
 そんな速瀬のことを「女性」として意識したのは、いつのことだったろう。

 ……きっかけはやはり、涼宮の…事故だ。
 孝之とのデートの待ち合わせ中、交通事故に遭い、命はとりとめたものの昏睡状態となってしまった、涼宮。 その姿に、事実に絶望した孝之。
 そんな孝之を、それこそ献身的なまでに支え続けたのが、速瀬だった。
 ……ああ、そうか。
 速瀬。お前も孝之のこと、好きだったんだな……。
 そして孝之も、少しずつ立ち直りを見せるようになり、自分を支えてくれた速瀬との関係を次第に深めて行った。
 涼宮には悪いが……そう思うまでになった、事故から3年目の夏。
 錆付き止まっていた運命の歯車が、苦悩という軋みを立てて回り出した。

 涼宮が、目を覚ましたのだ。
 孝之からの電話でそのことを知らされたとき、俺の脳裏に速瀬の顔が浮かんだ。
 電話口で戸惑いに言葉を震わす、孝之。
 ああ、こいつの心の奥には涼宮がいる。速瀬との関係を深めることで、無理やりに仕舞いこみ、忘れたふりをしていただけの、涼宮が……。
 涼宮が目覚めた後、孝之はそれこそ毎日のように、病院まで見舞いに訪れていた。
 孝之のヤツは「これは当然の義務のようなもの」と言ってたが、3年前と同じように涼宮との時間を過ごす孝之の姿に、 自分と孝之との時間が終わりを迎えつつある、と速瀬が気付かないわけが……ない。

 そして、あの夏の日の夜。
「……お願い、慎二君。私のこと、軽蔑してくれてもいい! ふしだらな女だって思ってくれてもいい! だから、だから……孝之のこと、忘れさせて。忘れさせてよぉ……!」
 そう泣きじゃくりながら俺の胸に飛び込んできた、速瀬……いや、水月。
 俺は迷った。
 当たり前だ。水月のヤツは、俺に抱かれるという既成事実を作ることで、自分を傷つけ、貶めようとしているに過ぎない。……その目に俺の姿など、映っていない。
 誰でもいいから……
 そんな自暴自棄になった水月を、それでも俺は……抱いた。
 何故って?
 自惚れを承知の上で、そんな俺でも今の水月の支えになれるのなら、と考えたからだ。
 それはつまり……
『俺なんかで、いいのなら……』
 俺の腕に抱かれた水月は、かつての口うるさい「女友達」から、手放したくない、いや、手放してはいけない「女性」へと変わっていた。……少なくとも、俺の中では。

 そして再び、俺たちから離れていこうとする、水月。
 ダメだ。このまま、離れたくない。
 ここで別れたままに、したくない。
 俺にとって速瀬は、いや、水月は……

「……なあ、俺じゃ…ダメ……なのか?」
 その言葉は、自分でも驚くほど自然に、零れ出た。
 そう、これを言えるのは今、この瞬間しかないかのように……。
「え?!……慎二…君。今、何て……」
 水月の驚きようは、それが全くの予測外であったことの証明だった。
「俺じゃ、お前の心の隙間を埋めることは、出来ないのか?」
「し、慎二……君」
「……お前をこのまま、離したくない。……好きなんだ水月、お前のことが……」
 ついに、言った。
 話しながら、そっと、その肩を抱こうとして……振りほどかれた。
「やめて……。お願い、お願いだから……優しくしないで。これ以上、優しくされたら私……」
 そこから先は涙声に混じって聞き取れなかったけど、今の、気持ちを整理できていない自分のまま俺の想いに応えるのは、 孝之のことを愛していた自分を偽ること。だから、それだけは……できない。そういうことなのだろう。
 だから俺は、こう言ったんだ。
「今は、まだいいよ。でも、いつかは答えを、聞かせてくれる……よな?」
 その言葉に、背を向けたまま小さくうなづく、水月。
「……それじゃ、ね。慎二…君」
 そう言い残して改札口の向こうへと姿を消す、水月。

 それを見送る俺の携帯に、ほどなくメッセージが入った。
『今は、まだゴメンね』と。
 ………番号は、表示されていた。
 そうか、待っていても、いいんだな? ……水月。

<2>

 あの駅前の別れから1年あまり。
 俺はこの春、白陵大学を卒業、以前からの約束通り、親父の経営する会計事務所に「就職」することになった。 と言ったところで、大学を卒業したての俺に仕事が任されるはずもなく、 毎日のように親父にくっついての見習いというか勉強ばかりなんだが。

「よ! お手伝いさん、ご苦労さま〜」
「お前なぁ〜、そういう言い方はないだろ?」
 社会見学なのか、単なる冷やかしなのか…多分、後者だろうが、孝之が涼宮を連れて会計事務所を訪れた。……話したいことがあるから、と。
「で、何だよ、改まって」
 俺の言葉に、二人は互いに顔を見合わせてから向き直り、真剣な表情で話した。
「……実はな、俺たち、結婚しようと考えてるんだ。もちろん今すぐじゃないけど、来年の春くらいまでには…な。それで……」
 結婚?
「そ、そうか。いよいよか、孝之。おめでとう、涼宮も」
「……う、うん。ありがとう、平くん」
 わずかに憂いの色を浮かばせ、俯き加減になる涼宮。孝之が何も言わずにそっと、その肩を抱き寄せ、優しく髪をなでる。
「……どうしたんだ? 二人とも。おめでたいことじゃないか」
 そう言いつつも、俺には、二人が何に思いをめぐらせ悩んでいるのかが、分かっていた。
「………みつき」
 涼宮がぽつりとつぶやく。やっぱり……な。

 涼宮にとって水月は高校時代の親友。どちらかと言うと、内気で友達の少なかった彼女にしてみれば、心を許せる数少ない存在。 そんな自分の相談相手になってくれたばかりか、ずっと想い続けていた孝之との仲を、取り持ってもくれた。
 交通事故の後遺症で眠り続ける自分の替わりとなって、哀しみに沈む孝之の「支え」にもなってくれた。
 そして事故から3年が過ぎ、目を覚ました自分と孝之との時間が再び回り出すと、寂しさを覚えながらもそんな二人を認め、静かに俺たちの「輪」から去っていった。
 その後、一度は再会しながらも、まだ気持ちの整理ができない、と再び姿を消した、水月。
 それを考えれば、自分たちだけが結婚して幸せになるなんて出来ない、と思ってしまうのも無理のないことだ。

「連絡先を知らないってのもあるけどさ、……俺から連絡を入れることは、やっぱり出来ないんだよ。 と言ったところで、水月から俺たちに連絡が来るとも思えない。……遙にも聞いたよ。水月、あの後何か言って来てないかってさ。……けど、何も」
 話しながら孝之は、それを聞きながらさらに憂いの色を濃くしてゆく涼宮の目に、そっとハンカチを当てた。……泣いていたのか、涼宮。
「……話したよな、孝之。あの丘で水月と再会した後のことを、お前に。……憶えてる、よな?」
「ああ、忘れてないさ。だから、無理を承知で来たんだ。……慎二、お前から水月に話してやって……くれないか? お前しか、いないんだ。頼むよ……」
 言葉を詰まらせながら頭を下げる、孝之。
「お願い、平くん……。このままじゃ、私、孝之くんと……」
 ………涼宮。

「なあ、孝之。……お前が迷ってるのは、俺なりには分かってるつもりだ。けどな、それは水月だって同じことだと思うぞ。 どちらかが『答え』を出さない限りは、な。……だから、あんまり待たせるなよ。それにお前、俺に言ったろ? 水月のこと頼むってさ。 だから、お前はお前の答えを出せよ。いいな、孝之。涼宮も……な」

 ………
 さて、どう連絡を入れるべきか?
 孝之たちが帰った後、俺は一人悩んだ。
 連絡先は分かっている。
 本当なら、俺の方から連絡を入れるべきではない。  あの時俺は、水月に「待っている」と告げたのだから……。  逡巡した末に俺は、直接話すのではなくメールを送ることにした。
『孝之と涼宮が、結婚することになった』
 ただ、それだけを……。

 それから3日後。
 夏だというのに、やけに冷たい雨が降る日の夜のことだった。
 俺の携帯が、その着信番号でしか鳴らないメロディを奏で始めた。
 慌てて携帯のディスプレイを見る。
 水月……。
「も、もしもし………水月…なのか?」
 携帯の向こうからの返事は、なかった。
 ……ただ、すすり泣きの声だけが、聴こえてきた。
「……水月なんだろ? なあ、今、どこにいるんだ? 水月? 水月!」
 震える泣き声が続いていた。
「………私たち…いつまでも……友達…だよね? 友達でいて……いいよね? 遙…とも………。いつまでも……4人…で………」
 とぎれとぎれに、絞りだすように紡がれた言葉。
 友達。
 4人。
 いつまでも………!

「……あの、丘だな? そうなんだな? 水月」
 その言葉に反応するように、水月の慟哭は無情な発信音に変わってしまった。

 雨の中、俺は飛び出した。
 頼む、どこへも行かないでくれ。
 そこに、いてくれ……水月。
 祈りながら俺は、走った。
 かつて『仲間』を確認しあった、思い出の場所へ。
 ぬかるんだ急な斜面に足を取られながら、俺はそこに、辿り着いた。

「……水月」
 暗闇の中、傘もささずに雨の中に立つ人影に呼びかける。
「……やっぱり、分かったんだ。ここだってこと」
「ああ、俺たちにとって、大切な場所だから……な」
 それ以上の言葉は、必要なかった。
「……結婚、しちゃうんだね。孝之と遙………」
 二人して押し黙る中、水月はそれだけを口にし、ゆっくりとこちらに向き直ると、まるで、すがるものを求めるかのように、一歩、二歩……、そして……
 雨にぬれて冷え切ったその体を、俺は、両の手で包むように抱きしめた。
「水月……」
「……やっと、やっと終わったんだよね? ううん、終わっちゃったんだよね?」
 俺の胸の中で泣きじゃくる、水月。
「……ああ、終わったんだ。もうこれ以上、お前が苦しむことはないんだ。これからは俺が包むよ、水月のことを……。 だから、もう一度……始めよう。な? もう一度、俺たちの時間を……」
「でも、私……まだ孝之のこと、忘れられない、忘れられないんだよ? それでも、それでも……いいの?」
 泣きぬれた顔を上げ、訴えかけるように俺を見つめる。
 俺は黙って頷いた。そして、あの言葉を言った。
「……時間にしか解決できないことだって、あるさ。だから今は、このままでいい。いいんだよ……水月」
「……慎二…君。……慎二……しんじ……」

 ああ、やっと……
 やっと『君』を外してくれたよな。
 やっと、二人で歩いて行けるな。
 やっと、孝之と涼宮のこと、祝福してやれるよな。
 これでやっと、俺たちは『仲間』に戻れるんだよな。

 ………そうだよな? 水月………

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Intermezzo 二人で歩いた道 〜孝之と遙〜

<1>

「お〜い、遙ぁ。もう準備いいか?」
 まだ鏡台とにらめっこをしている遙に、少しばかり急かすように声をかける。
「う、うん。もうちょっと…。うぅ〜」
 化粧とかが思い通りにいってないのだろうか、困ったような悩み声をあげる遙。
「わっ! も、もぉ〜びっくりさせないでぇ〜! ヘンなトコに塗っちゃうじゃない」
 どれどれ、と鏡と遙の間に首をかしげるように入り込み、いきなり鼻先が触れ合うくらいに顔を近づけたものだから、さすがに驚いたようだ。 不意打ちめいた俺の行動にふくれっ面になる遙だけど、そんな少しむくれたような表情がまた、可愛いときている。
「……いいと思うんだけどなぁ、何がそんなに気に入らないんだ?」
「そ、それは……うぅ〜」
 まただ。こうなるとラチが開かないので、ちょっと離れたところから、とどめの一言をかけることにする。
「お〜い、置いてくぞ」
「あ〜ん、いじわるぅ〜。もうちょっとだからぁ〜」
 半ベソの声に思わずほくそえむ。やっぱ、コレだな。

 今日は高校の同窓会。
 卒業から10年。慎二や水月を除けば、卒業以来の再会は初めて、という連中も少なくはない。
「ねぇ、みんなと会うのって久しぶりだよね…」
「ああ、そうだよな。慎二たちは別としても、他の連中とはな」
「……どうしてるかな? みんな」
 話しながら手を後ろに軽く組み、くるりと体を回す遙。
 淡いピンクのブラウス風コートと白のロングスカートが、穏やかな春風を受けてふわりと翻り、やわらかに射す陽の光に映えわたる。

 ……どうしてる、か。
 高校卒業から10年。本当にいろいろなことが、あった。
 本当に………

 俺にとって、高校の卒業式は単なる「形」でしかなかった。
 もちろん、3年間の高校生活が無意味だったわけではない。親しい友人とともに学生生活をそれなりに満喫し、その友人の紹介で、初めて女の子とも付き合った。 学業面でも第一志望に選んだ白陵大学を目指して、なんとか手の届くところまでには、なれていた。

 だけど、3年の夏休み。その彼女、涼宮遙が、俺とのデートの待ち合わせ中に交通事故に遭った。
 そして、命こそとりとめたがずっと目を覚まさない遙に、俺は絶望した。
 何もかもがイヤになり、一人ふさぎ込んでいた、俺。
 そんな中身の無くなったような俺の心に、すっと、寄り添うように入ってきてくれたのが、水月だった。
 水月は本当に、献身的と言ってもいいくらいに、俺を支えてくれた。そして、遙の事故から1年ほど過ぎた秋の日に、遙のお父さんから拒絶されて再び絶望した俺を、もう一度支えてくれた水月。
 俺は、そんな水月を愛するようになっていた。…離したくない、と。
 でも、それは遙のことを忘れた、諦めたというわけではなかった。
 事故から3年が過ぎ、遙が奇跡的に目を覚ましたと知らされた時、グラリと揺れ動いた、心。…それがそんな不安定な俺の気持ちを、何よりも証明していた。
 そして俺は、そのことを隠せるような器用な人間では、なかった。
 3年前の遙への想いがよみがえるにつれ、水月はそのことを敏感に感じ取り、俺のことを繋ぎとめようとした。
 だけど俺は、遙への想いを消すことは出来ず、かと言って、このまま中途半端に水月との仲を続けるわけにもいかなかった。
 俺は水月に、もうこれ以上続けていてはいけない、と別れを告げたんだ。
 ……すまない、水月。

 だから俺の心には、水月に対する負い目があった。
 遙もそんな、俺の不安定な気持ちを敏感に察しているようで、俺たちは以前と同じように付き合いながらも、どこか遠慮するような、後ろめたさに苛まれるような感覚に、包まれていた。
 何だか、水月の紹介で初めて遙と付き合い出したときのような、ぎこちなさ。
 だからあの日、病院で遙の卒業式を行った後、あの丘で水月と再会できたとき、俺は嬉しかったんだ。また、あの時と同じ「仲間」に戻れる……そう、信じていたから。
 ……それなのに。

「……速瀬は、行っちまったよ。それだけだ」
「……な、何で止めなかったんだよ。お前なら……」
 そこまで言って、俺は気付いた。
 そうだ。俺との別れで自暴自棄になった水月を、その事情には深く触れずに包んでくれたのは、慎二だった。
 ただ慰めるためだけに水月を抱いたと思い、そのことをなじった俺に、慎二は言った。
「……今は、それだけでもいい。けどな、少なくとも、俺の中だけでは……違うんだ。だから、いつかは……」
 そうか、そうだったのか、慎二。
 その想いを悟った俺は、それなら……と。
「……水月のこと、頼むよ……」

 俺は遙のことが、一番好きだ。愛してる、とも言った。
 だけど、水月だって大切な友達、いや『仲間』だ。
 それに、こんなこと言える立場ではないけれど、今の遙以上に、心の支えとし「愛して」もいた。 水月がいなければ、今の俺自身、存在していなかったかもしれない、いや、存在して……いない。
 それを思えば、水月だけを一人になんてできないし、してはいけない。
 だから、俺のわがままなのを承知の上で、慎二に頼んだんだ。
 水月を頼む……と。

 そして、俺が遙といっしょにしなければいけないこと。
 それは、水月が帰ってこられる場所、もう一度4人でいられる場所を、地にしっかりと足をつけて形作って行くことだ。
 ……二人で歩いて行こう、そうだろ? 遙。そして……水月。

<2>

 水月が再び俺たちの前から姿を消してから、早いものでもう、1年が経とうとしていた。
 結局、あの日から今まで水月に関する知らせとかは、ない。
 慎二ともたまには会うんだが、こちらから言い出すわけにもいかないし、慎二も意識しているのだろう、その話に触れることはなかった。

 俺と遙はあの日以来、今まで以上に二人の時間を作り、そして自分たちなりに大切に過ごしていた。
 俺はファミリー・レストランの店長候補という仕事柄、世間一般の休日には縁がないのだけれど、 この春からめでたく大学生となった遙の方から都合をつけてくれることもあり、休みの日にはあちこちへ出かけたり、 遙の家に上がらせてもらったりしている。
 仕事先へも、たまにお客様としてやってくるのだけれど、案の定、例のアルバイト二人組に振り回されてるのを、 遠目に笑われてしまっている。

 それは遙の家にいわゆる「およばれ」に上がった時のことだ。
 俺もその中に入れてもらい、家族そろっての夕食の席。
 丁度、競泳日本代表の強化合宿から帰ってきていた茜ちゃんが口にした、普通なら少しはドキリともするけど、 世間話の範疇に入るような話題。

「そう言えば、鳴海さんと姉さんって、結婚とかって考えてるんですか?」
 結婚。
 それはそうだろう。
 遙の退院の日から1年半。二人の時間を過ごし、周りからも「中睦まじい恋人同士」に見られている俺と遙だ。 茜ちゃんでなくとも、そう考えたところで不思議ではない。まだ具体的に口に出さないだけで、遙のお父さんやお母さんだって同じ思いかもしれないのだ。
 だけど俺は、そして遙も……。
「あ…あれ、どうしたんです? 私、何かマズいこと言っちゃいました?」
 二人して黙り込んでしまったのを見た茜ちゃんが、どうしよう、というような表情で困っていた。
「え? あ、ああゴメン。いきなりだったから、ちょっとびっくりしてしまってさ……」
 その場を取り繕うだけの、言い訳じみたような返事で場をやり過ごすしか、なかった。

 ………
「孝之くん……」
 遙の部屋。
 肩を寄せ合って座りながら、遙がつぶやくように俺を呼ぶ。
「……水月のこと、だろ? 遙」
「……うん」
 寂しそうにうつむく遙。
 俺だって同じ思いだった。
 俺と遙がともに幸せな時を過ごすことが、俺たちのことを認めてくれた水月の想いに応えることになる。 ……だけど、水月のことを今のまま、俺たちの輪から外れたままにしておいて、俺たちは……。
「慎二……」
「え? 平…くん?」
 何の前置きもなく慎二の名前を出したものだから、遙がきょとんとした顔でこちらを向いた。
「あ? ああ、……遙にも話したよな? あの日、水月がまたいなくなったときさ。俺と慎二が話したことを」
「うん。平くん、孝之くんに言ってくれたんだよね。私といっしょに歩いて行くことが、みつきの想いに応えることだって……。だから……ね」
 話しながら遙は、そっと俺の手を取った。そのぬくもりを確かめるように、優しく握り返しながら遙の目を見た。
 まっすぐに俺を見つめる、その瞳。……零れてはなかったけど、涙をいっぱいに浮かべていた。
 遙は俺のことを信じている。
 俺はそれに、どう応えるべきなんだろう……

<3>

 次の休みの日。俺と遙は、慎二の勤める会計事務所を訪れた。勤める、と言っても親父さんの経営する事務所だから、ほとんどその親父さんの雑用係とされているようだが。
 ひとしきり軽口めいた雑談に花を咲かせた後、俺は本題に入った。
 まだそのときは決心していたわけではないが、俺は遙との結婚を考えている、と慎二に告げた。
 いよいよか、と慎二は祝福してくれたが、寂しげに少しうつむいていた遙の表情で、察してくれたようだ。水月のことで迷っている俺たちに、こう言ってくれた。
「なあ、孝之。俺はこう思うんだ。お前が迷ってるのと同じで、水月のヤツも迷ってる。どちらかが『答え』を出す、その時までずっと……な。だから、今度こそ……あんまり、待たせるなよ。……分かるか? 俺の言ってることの意味」
 どちらかが、答えを出す。
「ま、あれだ。お前はお前の答えを出せ。水月のことは、俺に任せろ。……いいな」
 ……そうか、そう、だよな? 俺は何を悩んでいたんだ。また、繰り返すところだった。
「……慎二、ありがとう。俺、やっと決心できたよ」
「……孝之くん」
 遙が、まだ涙の残る瞳で俺を見つめる。
「ああ、遙。……結婚しようよ」

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ひとつのゴール、そしてはじまり

「遙、そのブーケ、誰に向かって投げるんだ?」
 教会の出口に向かって二人歩みを進めながら、訊いてみた。
「え? う〜ん、やっぱり茜かな? ……でも、本当は……」
「……分かってるよ、遙。言わなくても……さ」
 水月なんだ。
 遙が、受け取った人が次に幸せになれるというブーケを渡したかったのは……。
 そして、その気持ちは俺も同じなんだ。
 水月は結局、現れなかった。
 と言ったところで、直接、連絡を取れたわけではなく、慎二に「伝えてくれないか」と頼んだだけだから、仕方ないのかもしれない。
 その慎二も、式には出席していなかった。
「……まだもう少し、時間が必要かもしれないな。それに、慎二にも言われたろ? 俺と遙が幸せになることが、水月の想いに応えることなんだって。……だから、な?」
「うん、そうだよね。私たちがちゃんとしないと、みつきだって……」
 過去を振り返るのではなく、前を向いて行こう。
 それが今の俺と遙に、できること……なのだから。

 扉が開く。
 一瞬、目を細めたくなる、まばゆい陽の光。
 聴こえてくる、拍手と歓声。
 遙の手を取り、一歩、二歩……。
 降り注ぐ紙ふぶきとライスシャワー。
 遙の手が、すっと目の前の空間を横切る。
 その指先から離れ、美しい放物線を描いて舞う、ブーケ。

「いっただきぃ!」
 遙の投げたブーケを、待ち構えていたかのように人垣から飛び出し、しなやかな身のこなしでキャッチする影。
「………み、みつ…き?」
「え?! せ…先輩?」
 信じられない、という表情で驚く、遙。
 呆気に取られている茜ちゃん。……そして、俺。
「ふふん、これはもらっちゃったわよぉ〜」
「でかしたぞ、水月。これで次は俺たちに決まりだな」
 慎二。
 来てくれて、いたのか。

「……みつき、みつきぃ……」
 遙はドレスが乱れるのも構わず水月に抱きつき、泣きじゃくっていた。
「ほら、泣かない、泣かない。今日はおめでたい日でしょ? 遙」
「……だって、だって………。うぅ…みつき……」

「来てるんなら一言くらい、かけてくれよな。まったくよ……」
 本当は感謝の言葉をかけてやりたい。
 水月に今日のこと……俺と遙の結婚式のことを伝え、式場にまで連れてきてくれた。
「はは、ま、そう言うなよ。それに、この方が劇的だろ? まあ、涼宮…いや、遙…さんって呼ばなきゃな。泣かしちゃったことは、謝るけどさ。 あ、そうだ。こんな登場のしかたしたもんだからさ、ご祝儀用意してないんだ。で、それの代わりと言っちゃあ何だが……な。おい、水月」
「え? ああ、あのことね」
 そう言ってお互いに手を胸の辺りまで持ってくる。
 その薬指にキラリと光る、指輪。
「え? それって……」
「みつき? 平くん……」
 タキシードとウェディングドレスのまま固まってしまっている俺たち。
「まあ、何だ。……言ったろ? 孝之。任せろって、さ。……これ以上言わせんなよ、ヤボだぜ。ったくよ」
「うふふ、ブーケはやっぱ、茜に渡しておこうか?」
「せ、先輩! もう……」
 思わず顔を赤らめる、茜ちゃん。
 ちゃちゃを入れる、水月。
 涙を浮かべながらも笑顔を返す、遙。

 また4人で笑えた。
 これも一つの「ゴール地点」
 これでまた、明日へ歩み出せる。
 今日がまた、はじまり……なんだな。

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Atto:3 同窓の風景

「さて、こんなところでゆっくりしてないで、行こうぜ」
 俺は水月に、孝之は遙さんに、ともに「先に行ってるから」と置いていかれ、男二人と子ども一人、苦笑しつつ会場へ急ぐことにする。

「よぉ! 悪友コンビ。そんなところで何、黄昏てんだ」
 声の方を振り向くと、室田と川崎さんだった。3年のときのクラス委員だった室田重光と川崎有希さんは、当時からお似合いと言われていたっけ。それにしてはゴールインまで6年と結構ロングランだったよな。
「悪友とはごあいさつだな、慎二と一緒にすんなよな」
「それは俺のセリフだ。……ん、子供、生まれたのか」
 川崎さん(本当は室田さんと言わなければならないけど、どうにも学生時分のクセは簡単には抜けそうにないものらしい)の胸に抱かれている子供を見ながら尋ねる。
「そっか、初めてだよねってか、私たちずいぶんご無沙汰だもんね。平くんトコと同じだと思ったけれど……違ったかな?」
 その女の子(希美ちゃんという名だそうだ)の頭を優しくなでながら、もうすぐ2才になるんだよと、教えてくれた。そうか、なら葉月といっしょくらいだよな。

「それにしても、幹事役ご苦労さん。こういうのってやっぱ委員長やったヤツに回ってきやすいんだよな。……ところで、何人くらい来てるんだ?」
「ああ、とりあえずC組の連中は……と、16人か。まあ10年も経ってるし、そうそうみなの都合がつくとは思えない。それを考えると上出来じゃないか? それに来る連中には他のクラスだったダチとかも連れてきてもいいって言ってあるし、結構にぎやかになると思うぜ」
 かなわねぇよ、こういう役はって顔をしつつ、取り出した手帳を見ながら話す。
「ま、そうだな。他のクラスって、考えてみれば孝之と遙さんだってそうだったもんな」
 横にいる孝之の方を向いて話を振る。そっか、遙さんはB組だったよな。
「涼宮と鳴海のことか。そういや、3年の夏休み前に急に出来上がったカップルがいたって、結構話題になってたからな。こりゃ多分、休み中に……ってウワサになってたっけ。まあ、あんなコトになっちまったけどな……って、悪い、思い出さしちまったか」
 俺のさりげない制止に気付いた室田が、慌てて孝之に謝る。
「いや、構わねぇよ。そりゃ遙の事故は絶対、忘れることはできない。でも、俺たちは今、一緒に暮らすまでになれたし、子供にまで恵まれてる。……それにな、こう言っちゃ変だけど、あの事故とその後の経験があったからこそ、今の自分があるとも思えるんだよ、慎二もな。まあ、結果論には違いないけどな」

 孝之が静かに話す。
 ……今の自分、確かにそうだろうな。遙さんの事故は孝之だけではなく、あのころ友人として付き合っていた俺にも、孝之に遙さんのことを紹介した水月にも、立ち直れないほどの衝撃だった。 そしてそれからの遙さんが眠り続けていた3年間で、俺たちは本当に「人と人のつながりと、他人を思いやること」を間違いを犯しつつも学んでいけたように思う。
 あの事故がなかったら、なんて考えるのは間違いだろうと思う。SFの世界では俺たちは無限の可能性の中の一つを進んでいて、それと平行していわゆる「もしも」の世界の自分も存在しているらしいが、これは現実だ。俺たちは俺たちだけでしかない。
 ……後戻りの許されない、たった一度の人生しか歩むことを許されない「人間」だ。これは、孝之から聞いた、香月先生の受け売り話だけど、まったく、そうだよな。

 ふと気付くと、目の前に……。
 ……ん? 彼方くん、だっけ。何だ? 上目遣いにこっちを見てるけど。
「あれ? どうしたのかな? 彼方くん」
「なにしてるの? たいらのおじちゃん」
 だから、おじちゃんはやめてくれって……あれ? みんなは?
「おお〜い、彼方。ぼ〜っとしてるおじちゃんなんて、ほっといて行くぞ!」
 少し離れたところからの孝之の声に、彼方くんが駆け寄って行く。見ると室田も笑ってやがる。
 あんにゃろ〜、俺を置いてけぼりにしやがったなぁ!
 父親に駆け寄る彼方くんを追いかけるように、みなのところに急ぐ。
「お前なぁ〜、行くんなら一言くらいあってもいいだろ?」
 追いついたところで孝之に文句を言う。まったく、物思いに耽ってた俺も悪いとはいえ、そんな俺だけを残して行くだなんて。しかも、それを遠目に見てやがったな、コイツら。
「いやいや、『考える人』を邪魔しちゃ悪いと思ってな」
 むぅ、こいつのひねくれぶりは全然、変わってないな。
「あのなぁ〜……」

「おやおや、ずいぶんとにぎやかだこと。へぇ〜、クラス委員と手のかかる悪ガキコンビか。なかなか、オツな取り合わせですこと」
 俺の抗議を遮るように聞こえた声のする方向を見ると、え? 夕呼先生がどうして?
「どうも、ご無沙汰してます。その節はいろいろお世話になりまして」
 孝之がガラでもない礼節口調で、夕呼先生の隣にいた香月先生に話しかける。
「お久しぶり、鳴海君。彼方くんも。みっつになったんだっけ? 早いわねぇ」
「ええ、先日。ほら彼方、パパとママがお世話になった先生だぞ。は〜い、ごあいさつしよっか?」
 顔を真っ赤にしながら、しどろもどろであいさつ(らしきもの?)をする彼方くん。そうか、欅町総合病院で二人を出産したって言ってたっけ。 もっとも産婦人科の担当だから、外科の香月先生とは直接関係ないだろうが、そこはかつてお世話になった先生だ。いろいろ話とかもしてたんだろうな。
「悪ガキコンビとはひどいですね。『悪』はコイツだけでしょ?」
「……コイツ〜? って、オイ!」
 何か言いたげな孝之を無視して話を続ける。
「それにしても夕呼先生がどうしてここに? それに香月先生も」
「やぁねぇ、私がきちゃいけないの? クラス担任はしてないけど、一応、あなたたちの恩師のつもりでいるんだけどな。ま、姉さんに誘われたってのがホントだけど」
 恩師、ね。そういうことを何の臆面もなく言いのけてしまうのが、この先生らしい。

 事情を聞くとこういうことだ。今回の同窓会、もちろん孝之には連絡が行ってるわけだから、遙さんも当然知っている。 で、そのことを3才時検診で病院を訪れたときに香月先生に話したら、久しぶりに私も会ってみたいと言い出し、ムリを言って休みを取った。そしてそこに妹である夕呼先生もくっついてきた、というわけだ。
「さて、そろそろ行きますか? 先に行ってる連中をあまり待たせてもいけないし」
 横で見ていた室田が幹事らしく場を仕切り、みなを先導しだす。

 会場となるホテルの宴会場では、先に到着していた連中が三々五々と集まっては談笑していた。
 やはりここでも、かつての友達意識が優先するのか、男同士、女同士で集まって話をしている。
「遙は、どこ行ったかな? っと、いたいた。おお〜い、遙ぁ」
 孝之がその姿を見つけて呼ぶと、悠ちゃんを抱いた遙さんがこちらを向く。
「あ、孝之くん。どうしたの? 遅かったみたい……あ、先生!」
「お久しぶり、鳴海さん。といっても1ヶ月くらいかしらね」
 話に花が咲いているようだ。遙さんにとっては香月先生こそ、恩師そのものだろうしな。

「さてさて、女性同士の話に男が首突っ込むのもなんだから、行くぞ孝之」
「おいおい……」

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Atto Fine 笑おう、すべてを想い出に変え…

「さぁ〜て! 皆さん集まられたようですし、始めますか!」
 壇上から室田の声が宴会場に響いた。
 ……よっ! 委員長!
 ……お熱いね、お二人さん!
 乱れ飛ぶヤジを制しながら、室田の演説が続く。さすが元委員長、そして現市会議員。よく口が回るものだ。
 やがて演説が終わったのか、ざわめきが増す。みな思い思いに場を楽しんでいるようだ。

「こぉら、慎二! ほら飲みなさい」
 横から差し出された水割りのグラスを受け取る。
「しっかし、10年も経つと変わるものは変わるよな。同窓会はそれを確認する場だってホント思うよ。これだから、人生、面白いんだけどな」
 ……人生が、面白い。
 孝之が口にした言葉は、かつて香月先生から贈られたそれだった。
 そう言って笑える日が、必ず訪れる、と。
「孝之ぃ〜、ガラにもなく、何オヤジくさいこと言ってんのよ」
 すかさず水月のツッコミが入る。
「ガラにもなく、とは失礼だな。おい、遙も何か言ってやれよ」
 案の定、遙さんは横で笑っているだけ。
 そういうことを期待するなって、いつだったか誰かに言われなかったか?
 ……………
 それにしても、こうやってお互いの「幸せ」を確認しあえるのが、嬉しいよな。

 ………
「孝之、ちょっと……いいか?」
「ん? どした?」
 皆のパーティーの輪から少し離れたところへ孝之を呼んだ。
 楽しげな談笑が、華やかな舞台を鑑賞しているかのように映っている。
「おい、どうしたんだよ。こんなトコロに呼んでさ」
「……なあ、孝之。7年前…になるのか? 俺がお前に言ったコト、憶えてるか?」
「あん? ………ああ、あのことか」
 怪訝そうにしていた孝之が、何だ、と顔を綻ばせる。
「お前が、遙…いや、涼宮と一緒にいることを選んだ時、俺に、水月のことを頼むって言ったよな」
「ああ、お前…それに何て答えた? 一生、後悔するぞ……なんて言わなかったっけか?」
 そう、あの時、涼宮と一緒にいるのを望んだことで、水月が俺たちから離れていこうとしたとき、孝之は俺たち4人をいつまでも繋ぎ止めたい、との願いからだろう、水月のことを俺に託した。
 一度は愛した女性が、やがて自分の知らない男と付き合うことに耐えられない、ならば俺なら、と考えたからだろう。
 それに対し俺は、俺と水月が付き合うことこそ、孝之には耐えられないぞ。それでもいいのか? と正したっけな。
「……ふっ、ははは……」
「はは……、何てこと言い合ってたんだろうな、俺たちってさ」
 お互いに顔を見合わせて笑った。
「ま、あのころはそう思ってたんだろうな。……真剣に、さ」
「ああ、今となっちゃあれも、いい思い出ってヤツかもな」
 辛かったこと。
 悲しかったこと。
 そして、悩み、苦しんだことさえも、時が経てば思い出として、笑い合うことができるようになるもの、なんだよな。
 ……………

「あ〜! こんなところにいたぁ。もう、男二人で何黄昏てんのよ」
「孝之くん、平くんもこんなところで何してるの?」
 会場の隅の方で話をしていた俺たちのところへ、水月と遙さんがやってきた。黄昏って、そんなに哀愁漂ってたか?
「あ、い…いや、ちょっと思い出話に…な? 孝之」
「あ、ああ、大したことじゃないよ、うん、大したことじゃ…ははっ」
「どうせ、私の悪口でも言ってたんでしょ。全く、この男二人はほぉ〜んと、成長してないんだから」
 それこそ、俺たちへの悪口なんじゃないか? 水月。
「そろそろ行くか? 慎二」
「……ああ、そうだな」


 いろいろなことが……あった。
 嬉しかったことも、
 辛かったことも、
 そして、悲しかったことも、
 時間しか解決してくれなかったことだって……あった。

 だけど、そんな経験があったからこそ、今、俺たちはここに居られる。
 だから、今は思い出として胸にしまおう、笑って語り合おう。

 今日は、かつての「仲間」の再会の日。
 すべてを思い出に変えられる日。
 そう……

 ………すべてを「みんなで笑える日」なんだ………



〜Fin〜


≪あとがき≫

 う〜ん、知らないウチに随分と長くなってしまいました(汗)
 今回、遙聖誕祭にと書きましたが、実際にこれを着想したのは例の同窓会モノ「One Day Afternoon」 がどうにも中途半端に感じてしまった(同窓会だけを取れば、アレもありなのですが)ので、遙エンド後、 この同窓会に到る過程をもっと掘り下げて書いてみたい、との思いからです。
 つまり、ベースになってるのは「One Day〜」でして、それが3ページ分くらいあります。長くなってしまった 理由の一つがこれにあったりも……。
 かなり苦労したワリには、ちとまとまりに欠けるというか散漫な内容になってしまったのがちょっと……。
 感想がコワいなぁ〜。ま、またしても改訂魔が首を……(爆)

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