『SSのお部屋』

信じるココロ、生きるチカラ


Atto:1 憂秋

「……何だと……もう一度言ってみろっ!」
 力なく震えるその腕が、俺の胸倉を掴み上げる。
 焦点の合わないその目が、それでも必死に俺を睨みつける。
「……だから言ったろ、涼宮の親父さんの言うことももっともだって。」
「な……にっ……!」
 再び腕に力がこもる。
 本当に、これでいいのか? ……速瀬。
 彼女の涙混じりの声がこだまする。
「……ごめんね、慎二くんを悪者にしちゃって。でも、こんなこと慎二くんにしか頼めない」
 ………速瀬、お前、本当に孝之のこと………

 涼宮の事故から一年余り経った初秋のある日、涼宮の父・宗一郎氏の口にした言葉は、 孝之を再び絶望の奈落へと突き落とすに、十分過ぎるものだった。
「いつ目覚めるとも知れない娘のために、これ以上君の人生を犠牲にするわけにはいかない。 いままで本当にありがとう、もうここには来ないで下さい。遙のことは……忘れて下さい。」
 そのときの孝之の姿を俺は、一生忘れることはできないだろう。
 その目は焦点を失い、口元は歪み、言葉にならない叫びとともに、まるで糸の切れた あやつり人形の様に、その場に……崩れ落ちていった。

 あれから一週間が過ぎた。
「ねぇ、孝之……どうしてる?」
「どうしてる、って速瀬、お前……」
 思わず言葉を飲み込む。
「そ、そうだよね。あたしからもう構うなって言ったのに、なぁ〜に言ってんだろ。」
 いつもの軽い口調、そして沈黙。
「なぁ、ちょっと荒療治過ぎないか?」
「うん、でも……こうでもしないと、ね」
 その先は訊かずとも分かっていた。
 孝之、応えてやってくれよ。
 速瀬の想いに、さ。
 辛いのは、お前だけじゃないんだぜ。



Intermezzo 孝之 T

「もぉ〜、遅いよぉ〜孝之くぅん」
 ぷぅっと頬をふくらませ、上目遣いの抗議。
「わりぃ、ちょっとヤボ用で橘町行ってたんだ」
 これは本当のことだ。例の丘の上で撮った写真がようやくできたので取りに行ってたのだ。 そのあとの速瀬とのことは・・・言わないほうがいいな。
「15分の遅刻だよ。もぉ、忘れてるかと思って電話しちゃうとこだったじゃない」
「まあまあ、お楽しみのプレゼントもあるし、それで許してくれよ」
「え、お楽しみって……何?」
「ふふ〜ん」
「あ〜、いじわるぅ〜」
 マヤウルの贈り物。びっくりするだろうな、遙。
「ほらほら、行こうぜ、絵本作家展はじまっちまうよ」
 まだ何か言いたげな遙の手を取り歩き始める。
 突然、背後で耳をつんざく甲高いブレーキ音と激しい衝撃音、人々の怒号と悲鳴の渦。 思わず振り向くと、さっきまで俺たちが待ち合わせていた場所が惨状と化していた。
「あ、危ねぇ〜もうほんの少し遅れてたら……」
「そう……だよ、孝之くんがちゃんと時間通りに来てくれてれば、私……」
「……は、遙?」
 隣にいたはずの遙の姿が、ない。かわりに目前の惨状の中に、見覚えのあるピンクのリボン。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
 暗闇。いつ以来だ、この悪夢に飛び起きたのは。
 じっとりとかいた汗で張り付くシャツの感触が気持ち悪い。
 そして、まだ悪夢の覚めやらぬ頭に慎二の言葉が過ぎる。
 どうして、あんなことを……

「いつまでウジウジしてんだよ! そんなだから来なくていいなんて言われるんだぜ、 全くよ。いままでありがとう、なんて慇懃な言葉で愛想尽かされたんだよ、お前は。 こんな情けない男が彼氏なんて、娘が目覚めてもとても合わせられんよなぁ〜って、 へっ! 涼宮の親父さんの言うことももっともだぜ」
 俺は思わず慎二に掴みかかった。
 でも、分かっていた……。
 本当は、分かっていたんだ。
 俺が強く生きなければならないんだ、ということに……。
 そうだよな、こんな情けないヤツが彼氏じゃ、目覚めても遙が可哀想だよな。
 だけど、強く生きるってどういうことなんだ?どうすれば強く生きられるんだ?
 教えてくれよ。誰か、教えてくれ……よ。

 *          *          *

「なぁ、合鍵……持ってるんだろ? 少しは……」
「う……ん、でも、何て声かければいいのか、分かんなくて。あはは、自分から言い出しといて これだもんなぁ〜」
「速瀬……」
「でもね、孝之のことだから、感づいてるよ、きっと。あたしの差し金だーって」
 芝居が下手なのは相変わらずだ、そう、二人とも。
「そういえば、練習……また始めたんだって?」
「え? あ、あぁ〜、ふふっ、茜には散々言われちゃったけどねぇ〜。いまさら何しに来たのーって。 でも、あたし自身強くなんなきゃ、それこそ遙にも孝之にも合わせる顔がないし、ね」
「そっか……。はぁ、何か俺だけ平和な学生生活送ってるよなぁ」
 孝之はあの事故以来ふさぎこみ、学校にもほとんど顔を出さなくなった。かろうじて 卒業だけはできたものの、進学も就職もあきらめざるを得なくなり、見るに見かねて 紹介してやったコンビニのアルバイトも長続きしなかった。さらには俺たちとのつきあいすら 拒み出し、日がな一日病室で涼宮の寝顔をみつめることが多くなった。
 孝之の目には、いやあいつの世界には、いつ目覚めるとも知れない涼宮しか存在していない。
 それは文字通り「廃人」となってゆく過程だった。
 速瀬は確実視されていた水泳の実業団入りを果たせなかった。周囲には記録の世界で 生きてゆくことに疲れを感じてしまい、モチベーションが下がってしまったなどと弁解 していたが、真実は違う。そしてそれは俺と速瀬本人しか知らない。
 もちろん誰にも言えないし、言うつもりもない。
 ……そう、孝之にさえも言ってはならないのだ。
「ねぇ、あたしのしたこと……やっぱり間違ってる?」
 ぽつりとつぶやく。それは俺への問いかけというより、自分へのそれのように聞こえた。
「………」
 何も答えられない自分が腹立たしく、情けない。
 ……孝之、お前はいつまでそこにいるつもりなんだ。



Intermezzo 孝之 U

「すみません、すみません、すみません……」
 人目も憚らずリノリウムの冷たい床にひれ伏し、額を擦り付ける。
「すみません、すみません、すみません……」
 他の言葉が出てこなかった。
「鳴海君、止しなさい。君のせいではない、だからそんなことは止めるんだ。 何があったかは知らないが、さあ顔を上げて」
 恐る恐る顔を上げる。
 親父さんの目は別の一点を見つめていた。
 手術中の赤いランプが消え、開いたドアからストレッチャーが滑るように通路に飛び出す。 よろめきながらも駆け寄ると、眠っている遙が見えた。包帯とガーゼで覆われた顔。 シーツが掛けられているので分からないが、恐らく手や足も同じなのだろう。
 遙の変わり果てたその姿に、改めて罪悪感が怒涛のように押し寄せる。
 俺のせいだ……。

   時だけが無為に過ぎ行く……。悔恨だけを積み重ねながら……
 一体俺は、何をしていたのだろう、何を考えていたのだろう。
 気付くと待合室と思しき場所で遙の親父さんと向き合っていた。
「大丈夫かね?」
 自分の娘が交通事故で重体となり、俺以上に取り乱しても何ら不思議でないのに、 優しく気遣う言葉。
「とりあえず、命だけはとりとめたよ」
 重傷だが怪我そのものは命に関わる程ではなかったこと。
 だが、未だに意識は戻らず、今後の経過は分からないそうだ。
「だから、そんなに思い詰めないで、自分をしっかり持ちなさい」
 そして、今の自分の生活を捨てることなく生きられるなら、娘に会いに来てやって欲しい、と。
 それがどうだ。
 分かってるさ、今の俺は親父さんの危惧した「今を捨てた自分」に成り下がっている。
 あの事故以来、まともに記憶に残っているのは数日もない。 ただ惰性のように毎日病院に通い、眠りつづける遙の顔を眺めているだけ。 水月の励ましも慎二の叱咤も、右から左へ通り過ぎるだけ……。
 ……もう、構わないでくれよ。放っておいてくれよ。
 今の俺に遙に会いにいくこと意外に、何が出来るっていうんだよ。
 それさえも無くした俺に何をしろ、と。
「今の君にできることをしなさい。私だって人の親だ、君が娘を気遣って見舞いに来てくれるのは 嬉しい。だが、それでは君の生活は崩壊してしまう。娘が目覚めたとき、 そうなってしまっていたらあの子はどう思うだろう。だから、 君はこれ以上ここに来るべきではないんだ」
 今の俺にできること?
 遙が目覚めたとき、彼女が悲しむことのないようにすること。
 それは………

 *          *          *

「へぇ〜、一年もブランクある割には、意外にやるじゃないですか」
 水から上がった私を冷ややかに見下すように投げかける声。
 茜だった。
「ま、今更なにをしようったって負け犬には所詮、無理でしょうけど」
 言葉を返すわけにはいかない、それこそ言い訳にしかならないから。
 蔑むような声のトーンが一際落ちる。
「聞きましたよ。鳴海さん、姉さんの見舞いにもこないでふさぎこんでるって。 何があったか知りませんけど、傷心の彼を慰め、姉さんに取って変わろうとでも言うんですか?」
 奥歯を噛み締めて耐える。今の私にはそうすることしかできない。
「なんで何も言わないんですか?言いたいこと言ってしまえばいいじゃないですか」
 キツく吊り上った目で憐れみの視線を投げかけつつ、足早に去ってゆく。
 ここを出るまでは……。
 だけど、涙が溢れてきた。濡れた顔を拭くフリをして外に出る。
 人目がないのを確認して……泣いた。
 ……孝之、私だって辛いんだよ。だけど、私なりに頑張ってるつもりだよ。
 あなたは、何をしているの?



Intermezzo 茜

 どうして戻ってきたの?
 そのまま離れていれば、遠くから憎しみの視線を投げるだけで済んだのに……
 もう一度、水泳を始める。一年のブランクは大きいけれど、あの人ならその内取り戻す。
 かつて憧れた先輩が、また私と同じプールにいる。
 嬉しくないわけ、ないじゃない。
 だけど口を吐いて出てきたのは、悪態。
 水月先輩が水泳をやめた理由。
 記録の世界に疲れたから?
 嘘。
 全ては、鳴海さんのため……、そして、姉さんのため。
 それくらいのことに気付けない私じゃ……ない。
 ……もっと素直になれたら……
 だから、今は……時間を下さい……
 私の心のわだかまりを解くための、時間を。



Atto:2 今、できることを…

「ふあぁ〜〜〜っ!」
 予備校尽くしの高校時代に較べれば天国そのものだけど、朝イチの講義の連続はさすがに堪える。 もっとも、サークルのコンパで夜中まで引き回されてるからなんだけどね。
「へ?午後からの全部休講かよ! ったく何のために大学来たんだか……」
 仕方が無い、適当にぶらつくか。
 ふと、高校の建物が目に入った。そりゃ付属だからな、気にならなかった方がおかしいか。
 足を向けると一つの校舎が見えた。普段は使われていないが、さすがに進学校だけあって 様々な講習などに利用できるよう開放されている。
「お、丁度終わったとこか」
 自主参加の講習らしく皆私服だが、全員が現役というわけではない。
「……ん?」
 見覚えのある髪型、一際目立つ長身、一瞬こちらを振り向いた。
「………孝之?」
 恐らく何かの手続きだろう、事務室などのある棟に入っていった。
 校門へと先回りする足がもたつく。
 姿が見えた。
「孝之!」
 急に名を呼ばれ(しかも鳴海でなく孝之と)驚いてこちらを見る。
「し、慎二……?」
 何でここに?と言わんばかりの表情を差し置いて訊く。
「お前、何してんの」
「何って……講習、受けてたんだけど」
「講習って……お前、まさか」
「ああ、今からじゃさすがに無理かと思うけど、出来る限りやってみるつもりさ」
 ここで講習を受けるからには、狙うは白陵大だ。涼宮の事故がなければ恐らく去年合格出来てただろう。 涼宮自身もここの児童心理学科をほぼ合格確実にしていたし、 そうであればあの時の仲間同士で大学生活を送っていたはずだった。
「……もう、大丈夫なのか?」
 俺の言葉に、微妙に顔を背ける仕草が、痛い。
「あのときのお前の言葉、そりゃ堪えたさ。だけどお前の言うとおりだもんな、 あのときの、あのままの俺を……例え目覚めても、遙が喜ぶワケないもんな」
「ま、まぁ俺もちょっと言い過ぎたよ。けど、マジで新聞読むの怖かったんだぜ、 お前が載ってるんじゃないかーって」
「……はは、馬鹿じゃねぇの? って言えないのが辛いとこだよな」
「え?」
 顔を伏せる孝之にそれ以上のことを訊く気にはなれなかった。
 恐らく、俺の想像など及びも付かないことなのだろう。
「……その話は止めようぜ、頼むよ。折角、やる気になってきたんだからさ」
「あ、ああ……頑張れよ、孝之」
「じゃあな。ああ、そうだ。速瀬にも礼言っといてくれないか」
 ………気付いて、当然か。



Intermezzo 水月

「今日、孝之に会ったよ。アイツ、受験に備えて講習、受けてたぜ」
「そう……なんだ。もう、大丈夫……なのかな?」
 安心したような、それでいて寂しそうな表情で答える。
 ……そうか。孝之は再び歩き始めた。涼宮が目覚めた時、彼女が悲しまないように……
 やっぱりお前、孝之のこと……好きだったんだな。
「あいつ、やっぱ気付いてたぜ。ああ見えて、余計なとこだけ敏感なヤツだからな」
「あ〜あ、余計なお節介しすぎたかなぁ〜」
 ふふっとやや自嘲混じりの短いため息を吐きながら、何か悟ったかのように、 人事風の作り笑いめいた口調。
「速瀬……」
 俺の胸に頭を押し付ける。声は聞こえなかったが、その頬を一筋の涙が流れ落ちていった。
「お願い……もう少しだけ、このままでいさせて……」

 *          *          *

 時が流れるのは、本当に速いものだ。
 4月、桜の舞う季節。
「しっかし、こりゃやっぱり奇蹟だよなぁ〜」
「おい、そりゃどういう意味だよ」
「だってよ、本格的にやりだしたのは10月も半ばからだろ? しかも現役じゃないのに白陵大仕留めちまうんだもんなぁ〜、俺の苦労はなんだったんだよ」
「ぼやかない、ぼやかない。孝之だって、もともとは優秀だったんだから」
「その"もともとは"がすっげぇ〜気に障るんですけどぉ〜」

 久しぶりの笑いながらの会話。
 それを忘れていた時期があった。もうそんな時は訪れないと絶望したこともあった。
 だけどそれは、自分の全てが負のベクトルに向いていたからだと、知った。
 以前、遙とデートしたとき感じたこと、スイッチ一つでこんなに変わる。
 ……自分をしっかり持ちなさい。こういうことなんだ。

「と・こ・ろ・でぇ、孝之くん。俺に言うことはないのかな?」
「へ? 何が?」
「俺は仮にも白陵大の二年生、つ・ま・り俺は先輩、君は後輩、どぅゆぅあんだすたんど?」
 速瀬と顔を見合わせる。
(なぁ、友達付き合い止めようか?)
(珍しく、あたしも賛成)
「そこっ!ひそひそ話はヤメ!」
 ……………
「ところで、孝之」
「何ですか、平せんぱ〜い?」
「ぶっ!そ、それはひとまず置いといてだなぁ」
 全く勝手なヤツだ。
「今度の月曜日、空いてるか?速瀬も」
 え? あたしも? と速瀬が自分を指差す。
「まぁ大丈夫と思うけど。ってかお前の方が詳しいじゃん。ほら、この講義」
「ああ、これなら大丈夫だ。レポート一つで即単位、だからな」
「あたしも大丈夫だよ」
「それじゃあさ、三人で出掛けようぜ」
「何するんだよ」
「まあまあ、柊町駅前に10時集合、いいか?」
「どうせ、駄目とは言わせないんだろ?しゃあねぇな、何企んでるか知らないけど、付き合うよ」
 俺の隣で、仕方ないわね、と言わんばかりの表情で速瀬も頷いた。
「じゃあ、月曜日な。絶対、忘れんなよ!」



Atto:3 そして、明日へ…

 約束の月曜日。
 幾分余裕を持って出かけたからか、駅前到着は俺が一番だった。
 程なくして、速瀬と慎二がやってきた。
「よお、早かったじゃないか」
「まあね、例え男でも待たせるのはよくないだろ?」
「ねぇ、ところでどこに行くの?」
「まあまあ、俺について来いっての」
「はいはい」
 電車に揺られること暫し、車内アナウンスが「次は欅町〜欅町〜」と告げた。
「おい、降りるぞ!」
「え?ここでか? ……ここ、欅町、だよな。まさか……お前」
「行くぞ」
 普段とは明らかに違う険しい声色に気おされ、速瀬とともについて行く。
 やがて目的地に着いた。
 欅町総合病院
 遙の入院してるところだ。
「おい、どういう……つもり、だよ」
 押し黙っていた慎二が口を開く。
「だまし討ちみたいな真似をしたことは謝る。だけどこうでもしないと……な」
「けど、もう来ないでくれって……」
「今日は……親父さんも来ている。わざわざ確認したからな」
「だったら、なお更!」
 慎二の目が俺のそれを見据えた。
「……今のお前なら、涼宮に会う資格があるんじゃないか?」
「え?」
「今のお前は自分の生活を捨ててない。白陵大合格も果たした。 実はな、今日の話、香月先生には通してあるが、親父さんには知らせてない。 その意味、分かるか?」
「孝之……」
 心配そうに速瀬がのぞきこむ。
「大丈夫だ……行こう」
 そうだ、ここまできて躊躇うわけには……いかないんだ。
 俺は俺なりに今の自分にできることを、やってきたつもりだから。

 病院の待合室。二つの声が聞こえてくる。一つは香月先生、もう一つは……。
「私にお客ですか、果てさて誰かな? 心あたりが……」
 通路の先から人影が見えた。ベンチから立ち上がる。
「………な、鳴海…君」
 驚愕に引きつった表情が、これが予期せぬ不意打ちであることを物語る。
 横目で慎二を見、一歩を踏み出す。
「ご無沙汰していました、お父さん」
「どうして……来たんです! あ、あれほど……」
 口調こそ穏やかだが明らかに戸惑いと怒りを帯びていた。
 何を話すべきか……。
 いや、考える必要などない。今の自分のありのままを話さなければ……。
「……白陵大に合格しました。一年遅れましたが、志望の大学に、行けました。 あのときのお父さんの言葉、自分を捨てず生きられるかという言葉、情けないことですが、 俺は捨てかけました。いや、捨ててました。あの秋のお父さんの言葉が何よりの証明です。 だけど、全てではありませんが取り戻しつつあります。慎二に、速瀬に支えられ、ときには 叱咤され、ようやくここまで辿り着けました」
 宗一郎は黙って聞いていた。
「……こんな俺でも、遙に会う資格はありませんか? お父さん!」
 宗一郎が重い口を開いた。
「三日前、突然平君から家に電話があったとき、何かあるのではと思ってはいたが……」
 長いようで短く重苦しい沈黙。言葉では言い表せない何かがその場に充満していた。
「……変わったね、鳴海君」
 その目に穏やかな光が戻っていた。
 俺に向かって、深々と頭を下げる。
「………今一度、娘を…遙を、よろしくお願いいたします……」
 その影から……光る雫が一つ、零れ落ちた。
「……はい、ありがとう……ございます」

 もう迷わない、もう振り返らない。
 今の俺にできること・・・それは、その日が来るのを信じて、生きてゆくことだ。
 ………信じて生きてゆけば、明日は必ず訪れるのだから。



Atto Fine

 ……あれからどれほどの時間が流れただろう。
 鳴海さんは大学生活とアルバイトで忙しいらしく、それでも週一度は姉さんに会いに来てくれている。 平さんも同じというより大抵は一緒だ、三人でいつも会いに来てくれる。そう、水月先輩も一緒だ。

「お姉ちゃん、気分はどう?今日はいいお花持ってきたよ」
 早速活けて病室に飾る。
「あれ?」
 姉さんの手がシーツからはみ出していた。
「おっかしいなぁ〜。シーツ掛けそこなったのな?」
 ベッドの中に戻そうと姉さんの手を取る。
 ……その手が、かすかに震えていた。
「………!!」
 無我夢中で、両の手のひらで包むように握ると、 そこからはみ出た指が、包み込む私の手のぬくもりを求めるかのように、わずかに曲がった。

「………」

 かすかな息遣い。

  反射的に顔を上げる。

 首を傾げるように私の方を向いた姉さんの目が、うっすらと開いていた。

「………お姉ちゃん!」

 唇がかすかに動く。言葉はかすれて聞こえなかったけど、確かにこう言った。

「………あ……か……ね」

 涙が溢れ、姉さんに抱きつく……。


「………おはよう、お姉ちゃん……」


………信じていれば、いつかきっとその日は訪れるから………

………生きていれば、いつかきっと誰かが応えてくれるから………



〜 Fin〜


≪あとがき≫

 このSSを書こうと思ったのは、某サイトで孝之=超ヘタレと散々叩かれていたので、 ならばヘタレでない孝之がいてもいいのでは? という発想からです。もっとも、孝之がヘタレでなかったら「君望」自体、存在しなかったかもしれませんが(爆)
 この一作目もそうですが、私はSSを書くときまず、ラストシーンを思い浮かべます。そしてそのシーンに向かって物語を進めてゆく、という手法というかまあそんな感じです。
 これのラストはたくとさんの書かれた「娘が嫁ぐ日」の遙の目覚めの場面から思いつきました。茜ちゃん視点で終わっているのもそれが理由ですが、 それにしては茜ちゃんとの絡みが……。こうした登場人物の行動理由とか心情の掘り下げはホントに難しいです。今後の課題の一つですよね。

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