20世紀最後の悪夢




戦争が起きてしまった。20世紀が終わろうとしているこの時期に。日本の、そして世界の民衆はこの衝撃的な事実をどう受け止めているのだろうか。ただの大規模な事故や不運な自然現象とでも考えているのだろうか。人間はこれまで、あらゆる地域で平和を訴えながらもその実現という大義名分の名の下に武力を行使し、数え切れないほどの犠牲者を出して来た。特に20世紀になって科学の発展とともに殺戮兵器に科学の力を使い、大規模な殺戮をいとも簡単に行える環境を整える。何のために?何のために同じ人間を殺すのか?正当な理由などどこにも存在しない。政治的に、思想的に、如何なる理由で対立が起きたとしてもその対立の解決策として人間を殺すのは最悪の手段である!「邪魔だから消せ」と極普通の民衆に言って納得するはずもないが、知らないうちに我々はだまされ、納得させられてきているのだ。どのような理由にせよ、戦争という名の「人殺し」は気の狂った殺人者が人間を殺すこととなんら変わりはない。我々が普段、恐れ、怒りを感じる殺人犯人とどこが違うというのか。なぜ、言論で解決しようとしないのか!人間の思想は、そう簡単に変えられるものではない。その人の生まれ育った国や地域の環境、家族、周囲の友人などなど、一人の人間がこれまで生きて来た中でのあらゆる事象がその人の思想を作り上げている。だから、簡単に変えられるものではない。しかし、思想を変えることが出来ないから殺す?それでいいのか。相手が納得しないなら、納得するまであらゆる話題から言論で戦うべきである!腰を据えて、時間をかけて、じっくり話し合うべきである!クリントン大統領は国連の代表でありながら重大なミスを犯している。ミスなどという安易な言葉では表しきれないが今の現状を見て、今回の結果を見て世界が、地球が、一歩でも平和に近づいたとでも思っているのだろうか。大きな大きな勘違いであると私は考える。これほどの国々が国連に参加し、世界平和を考える場を持ちながら、まったく機能していないのと変わらないではないか!アメリカ一国だけでの言論での説得に力がないなら世界中の平和を願う民衆の力を素直に受入れ、その力をもって言論に望むべきだ。指導者とはそうあるべきである。

私のような人間一人がこんなことを言っても何も変わらないと考える方も大勢いると思うが、民衆一人ひとりの意識の問題でもあると思う。この日本という大国も一度は他国からの戦火をあび、それも世界初の核兵器を受けた悲しい宿命を持った国である。また、諸外国と同じように内乱やクーデターによって多くの命を失っているという歴史を持つ国でもある。しかし、現在は決して良いとは言えないが安定した政府を持つ恵まれた環境にある。そんな国に住む我々だからこそ、「平和ぼけ」などという言葉に躍らされず(こんな言葉を作った奴が一番ボケているのだ)、いま、この時代に、経済的にも政治的にも物質的にも安定している超大国が国連という正義の名の下に一国に対して武力行使を行ない、そのために尊い民衆が命を落とし、涙を流しているという悲しき事態を受け止め、なぜ、こんなことになったのか、どうすれば防げたのかを考える必要があると思う。このページをここまで呼んで頂いた方、是非ぜひ、ご意見を伺いたいと思います。



1998.12.20



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