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「ここが第1の門です。ここから私達の家の敷地です。」鍵を掛けてない門を過ぎて2,30m入り、草付きの広場に車を止めました。左の写真は第1と第2の門の間です。わずかに赤いのが駐車した車です。
第2の門までの途中で「ここからSorianoのお城が見えます。」なるほど谷を越えてSorianoの街とお城が見えます。
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左画面の中心にある Soriano城の拡大です。
この辺まで来て、新居=別荘?という雰囲気になります。 |
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第1の門から100mくらい奥に鍵のある第2の門がありました。
家そのものは2LDKですが、各部屋は日本のそれより大きく、ゆったりとしています。
前の持ち主から引継いだ犬が5匹、前の家もネコ付きで手放したのだとか、犬付きネコ付きで家を売買する心優しい人たちです。
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南の谷は開けており、アマツバメ?の類が沢山飛んでいました。(急きょ来たので、双眼鏡が手元に無いので残念!)
ここでのんびり過ごせたら、命の洗濯になりそうな素晴らしい環境でした。
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家の前にはぶどう棚もあります。下の方には野菜の畑もある由。主婦Susyは、皆のためにぶどうを摘んでくれました。
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下の方から少し機械音が聞こえてくるのは、石切り場の音?、下の谷に沿うように鉄道が通っているはずで、前に来たとき乗って通りかかった時「あの音は何?」「多分石切り場の音」と聞いたはずです。今もイタリアの建築材としては石は大事なんでしょうね。5時頃になったらぴたりと音は止まりました。
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この日集まった全員で記念撮影。日本人は6人でしたが、ここにこれなかった2人もいて、全部で8人でした。(1人はフィレンツェへ留学中の人)
私達以外は、JALの人、Expoのイタリア館で働いていた人、語学留学生といろいろな人がいて彼らの交際の広さを物語っています。彼らの共通点は東京で同じイタリア語の学校に通っていたことでした。Stefanoが先生でした。
これから、イタリアと日本の架け橋となってくれる若い人たちの活躍を祈って止まない次第です。
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翌日私達は、Lago di Vico へ行った後、日本食を作って食べようということになり、再度訪れることになりました。
今度はパパも一緒で家族だけという雰囲気でした。
メニューは、肉じゃが、茄子のシギ焼き、玉子焼き、茄子の味噌汁 で、在庫している調味料を見て決めました。
ご飯もちゃんと電気釜があり、苦労することなく炊けました。
味噌汁は、カフェラッテを飲む時に使うあの丼のような茶碗が役に立ちました。全部なくなりましたので、お味は良かったものと思っています。
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パパとママも美味しそうに食べていました。
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食後はダンスパーティ、パパとベッタがタンゴを踊りますが、どうもテンポがいまいちです。ママが替わると昔とった何とかでやっぱりぴったり合っていました。
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