2005年10月9日快晴、ついにハレの日が来ました。式は11時から、迎えの待合わせ時間は10時30分。しかし時間になっても来ません。まぁ 我々も記念写真でも撮りますか、なんてのんきな事を云いながら待っていました。
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11時近くになっても迎えに来てくれません。少し心配になって携帯で電話すると、これから行きます。うーん、何事もあわてないイタリア時間か?な、と感心していたのでしたが・・・
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その頃、S.LorenzoCattedraleでは、花嫁・花婿が白亜の車で到着して、親戚や後方の観光客に迎えられていたのでした。
(私達の撮れなかった写真は、Annaritaの撮影したものを借りました。Mi scusi,
Grazie)
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| そして、父、母と連れ立って祭壇の前へ進んでいったのでした。(やはり花嫁の父は寂しそうですね。どこの国も一緒なのだ!) |
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私達がサン・ロレンツォ大聖堂へ到着し中へ入ると式はもう始まっていました。
右へ座ったらいいのか、左なのか、とにかく空いてる所へ潜りこんで座ったのですが、どうも反対側が新婦側。まぁどちらでもいいや、両方とも知っているんだから、とそのまま新郎側に座っていました。
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式は神父さん1人で、祭壇へ行ったり本人達の前に来たり、日本風に云えばいろいろ神事があって厳かに進んでいきます。
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すべてが終ると、参列者が2人に近づき、おめでとうを云って一緒に写真を撮ったりします。我々も遅れてはならじとシャッターを押してもらいました。
式の進行はプロのカメラマンが撮影をしていましたが、全員で1枚というのはありませんでした。
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| 花を活けた大きな壷が転がっているのは、どういう意味なのか聞き漏らしました。 |
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上左はSusyの両親とStefanoのママ。 Susyのパパはプロのカメラマンですが、今日は同業の人に頼んでもっぱら写される方に回っていました。
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ひとしきりお祝いの言葉と写真が終ると参列者は全員外へ出ました。
さて何が始まるのか?2人は神妙な顔をして出口へ進みます。
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2人が大聖堂の外へ出ると、皆が待ち構えていて、おコメが振り掛けられます。ライスシャワーの洗礼です。
ライスシャワーのおコメは前日にママの買物に付いていって買ったのは知っていましたが、箱入りで細長いものではないものでした。
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| S. Lorenzo Cattedrale は、12世紀の建立、Viterboが紹介されている旅行案内では、市内観光の第一番に挙げられている由緒ある所です。堂内の両側の円柱と床のモザイクがきれいであると説明されていました。観光客は式の最中も入ってきて円柱の外側で見学していました。 |
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大聖堂、鐘楼とも大きく、かなりバックしてやっと両方が撮れました。でも、両サイドはやはり入りません。
お天気は前日のテルテル坊主が効いて、このとおり素晴らしい快晴でした。
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式が終って大聖堂の前では8年ぶりの再会がありました。
ジョルダーノとモニカ夫婦とケーティでした。
ケーティーはびっくりするほど大きくなり、妹も出来ていました。
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さて式も終ったし、どうなるのかなと思っていると、
披露宴をするはずの Ristrante La Zaffera を通り過ぎて
古い街の方(この辺りは特別風致地区です)へ行くようです。
??と思いましたが、私達もついて行ってみました。
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行ってみてなるほどと分ったのですが、古い街をバックに記念写真を撮っていたのでした。
そう、こんな雰囲気のいい舞台があるのにスタジオへ行く必要はありません。
2人はみんなの応援?を受けてポーズを取っていました。もちろんBacioのシーンも。(Ba`cio)
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2人の写真が終ったところで、あとは各家族やグループと一緒に撮りました。街路の石の壁には2人を祝福するように小さなマリア様がありました。
Susyの着ているドレスは日本製、それも製作したデザイナーが式の前日に持参して来たというものでした。
このことは、2人が新婚旅行の途中で我家へ寄ってくれた時に分ったのですが、彼女が日本にいる時に友達になったデザイナーに頼んだようです。そういえば、式の前日、ママがドレスが出来たから見に行ってくると云って出かけた時がありました。ちょっと出来上がるのが遅いなと思ったものでしたが、これで謎が解けました。
これも後から分ったのですが、2人の式には日本人が全部で8人来ていました。(1人はフィレンツェから)このうち私達3人を含めた6人は翌日新居で会うことが出来たのですが、残り2人は披露宴の時にも話を出来なかったのですが、そのうちの1人がデザイナーだったのでした。
遠い日本からこんなに駆けつけた(いえ飛んできた)なんて、彼らの日本大好きを物語るものだと思います。
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