Italia2005
イタリア旅行 No.2
(結婚式に招かれて)
6-14 Ottobre 2005

No.2というからにはNo.1があるわけですが、ほんの少しだけですが下のアドレスにあります。
イタリアでの探鳥
(見た後、ここへ戻るには左の目次のどれかをクリックして下さい。さもないと迷子になるかも!)


今回の旅の始まり

 私達のイタリアの家族(Susy、彼女の両親、妹、Susyの恋人Stefano)との交流は、家内が1995年Hippo Family Club の交流でホームステイさせてもらったことから始まりました。2年後、今度は私も含めた家族3人でイタリアを再訪しました。(私にとってはこの時が1回目、今回は2回目になります。) 「2001年日本におけるイタリア年」にはSusyがその東京事務所で約1年勤め、その後さらに1年、Stefanoも来日して日本で働く機会を得て、東京・名古屋での交流を何度かすることが出来ました。

 今回のイタリア旅行は、8月上旬に2人の名前で送られてきた、スイカの絵の暑中見舞い(電子グリーティングカード)に書かれていた 「10月9日結婚します!出来るだけ早く招待状を送ります。皆さんが来たらとっても嬉しいです。是非是非来て!楽しみに待っています。 ご家族によろしく伝えてください。 Tanti tanti cari saluti!!!  Susy e Stefano」 から始まりました。

 この暑中見舞いの中の一文に、長い交流の中で時々気になっていた、「2人の結婚はいつかな?」に答えてくれるものでとても安心し、是非行ってやらなければ、と少し心をうきうきさせるものでした。 Susyのパパと私は年が一緒で、何となく娘のような存在(さしずめ彼女は長女で自分の娘は次女?)であるのもそんな気分にさせた一因でしょう。

 今回は私の娘は都合がつかず、家内の初めての交流で一緒にホームステイした恵実ちゃんが一緒に行くことになり、3人でのイタリア旅行となりました。

 この年は愛・地球博(万博)の年で、私達も万博に行くのに忙しく、9月中旬に招待状が届き、航空券の手配はそれから始まりました。

 ちょっと手配の時期は遅かったのですが、何とかセントレア−成田−ローマのJAL便の確保ができ、無事旅立つことが出来ました。

 約10,000mシベリア上空の飛行は快適でした。
 成田−ローマは12時間30分の飛行です。数回でしたが可能な限り機内を歩きました。後部の渡り廊下のような所の壁に上の絵が貼ってありました。機長のアナウンスもありましたが、素人にも良く分かる飛行ルート図です。日本−ロシア−ベラルーシ−ポーランド−オーストリア−スロベニア−イタリアと沢山の国の上空を通っていきました。

 イタリアとの時差はまだ夏時間なので7時間、成田を離陸してしばらく後に時計を7時間遅らせました。上の絵はイタリアの時間で書いてありますが、夕食だけは親切に?日本時間で書いてありました。
 撮影した時間から推定すると、オーストリア上空ぐらいですが、下界は雲が多くアナウンスがあったローマのお天気<くもり>を暗示させるものが出てきました。

 ローマへ着いて、荷物を受取るのに時間がかかったので心配して待っているだろうと思ったら、まだ来ていない!
 こちらが心配して待っていると、程なく飛んできてくれて、ハグして再会を喜び合いました。さっきまで雨がひどくて交通渋滞したとのことでした。
 
 空港からローマの外周を回る高速道路をとおり、私達の泊まるViterboへ向かう道すがらの話では、このところ1週間近くヨーロッパでは長雨が続いていおり、まだ止む気配が無いとのこと。結婚式の日に雨!これは悲惨!何とかしなくては!しかし私達は式前日に秘術を使って快晴にしたのでした。