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              2000年5月4日の日記

 JR中央線しなの5号は、30分早く出る長野行きの「しなの3号」が出る前に並んでおけば席はある予定、と座席指定を取らず、朝食は食べずに少し早めに家を出発しました。座席指定代を朝飯代にしよう?ということでもあります。予想は大当たり、でも車内を見渡したところ、乗車率わずか30%くらい?にはちょっと驚きでした。臨時列車とはいいながら、旅行シーズンにこの乗車率はちょっとJRさんが気の毒になりました。

 もっとも前に出発していった長野行きはほぼ満席でしたから、ちょっとPRが悪いのかなとも思われました。しかし、空いてる列車ほどありがたいものはありません。周囲に気兼ねすることなく駅弁の朝食を食べることが出来ました。

 中津川あたりまでは時々乗っていますが、久しぶりに大糸線に入る列車に乗りました。木曽福島にかかるあたりからの風景には、満開の桜が目につきます。今年は名古屋でも桜の開花は遅かったのですが、約1ヶ月遅れでまた桜を見ることができました。分水嶺を越えて松本平へは桜吹雪の中を駆け下りて行く感じでした。ちょっとオーバーかな、でもホント桜はきれいでした。

 枯れた木々は、まだ芽が出始めたばかりで、緑のベールをかけたように見えるにはもう少し時間が要るのかなと思われました。もっとも2日後に帰る時は一気に芽吹いて緑のベールのように見えるようになっている所もありました。山国の春は遅く来るけれど、一気に真っ盛りになるようです。

 名古屋駅で連絡がとれた弟が、神城の駅に迎えに来てくれました。長靴を履いてすっかり雪国のおじさんしている姿に、思わず笑い出してしまいましたが、郷に入らば郷に従えのたとえどおりで、まぁ様にはなっていました。

 表敬訪問?した弟の別宅は、北側から見ると普通の家でした。でも南側は渓流に面していて外からも上がれる手すりのついた木製のベランダがあり、うん、これなら別荘かなと思いました。場所は不動産屋が書けば、五竜のゲレンデへ直結というぐらいゲレンデの近くで、スキー好きの弟が選んだ所というのもうなずけます。(ゲレンデは連休末まで営業しているようです)

 前の道路を少し上って行くと、カタクリの群棲地があり、カタクリ祭をやっているということで、案内してくれましたが、残念ながらまったく姿は見られず、群棲地の上半分は薄汚れた雪がまだ分厚く残っていました。祭の会期中には咲きそうもないようで、今年は2週間くらい春が来るのが遅いのだそうです。この時期、この地ではカタクリ祭、ザゼンソウ祭と春を告げる祭がいろいろあるようです。(順番は逆)

 続いて、姫川の源流へ案内してくれました。山の斜面下部から泉の如く流れ、湿地帯を形成している所が姫川の源流で、ここでは思いがけず満開の福寿草の群落を見ることができました。湿地の中には少しですが、ミズバショウも開花していました。
 姫川源流は遊歩道もきちんとできており、楽しみやすくなってはいるものの、観察しやすくする為よりもやはり自然保護の為かな?という印象でした。

 この後、貞麟寺というかなりの名刹のまだちょっと早い桜を観て、白馬一美味しいというケーキ屋さんへ立ち寄りました。さら八方の街を通りぬけて和田野のあたりまで行ったりして、もちろんこの間例のジャンプ台も遠望できました、辿り着いたお土産屋さんの多い通りで見つけたレストランで遅い食事をとりました。今晩はご馳走だから少な目にのつもりでしたが、どうだかわかりませんでしたね。

 弟のお陰で予定外の見物を色々でき、そろそろチェックインタイムになったので、今晩の宿へ行きました。弟とは翌々日また会うことにして別れました。明日は1日滑りに行くのだと云っていました。

 ペンションオーナーのWさんとは今回が初対面なのですが、お互いメーリングリストで書いた物を読んでいるせいかそんな気がしませんでした。想像をしていたより若々しいWさんに迎えられ、挨拶もそこそこに今晩の宿となるお知合いのペンションへ案内していただきました。P.ピトンのオーナーの本職は山のガイドだそうでピトンの意味がわかりました。岩登りに使うハーケンと同じような格好をしたあの道具に由来するものでした。あまり宣伝はしない主義か、お客さんは我々の他に若い夫婦だけという新築2年の白を基調にした建物内は静かなものでした。(写真は八方尾根をバックに、みそらの大通りです。峰の斜面のスキーヤーが双眼鏡でよく見えます。両ペンションともこの通りに面しています。)

 荷物を置いて再び「みそらの大通り」をP.むくの実へ。あらためてオーナーのWさんに挨拶をして鳥の見所など教えてもらい、明日は早起きして一人だけでも行こうと決めました。この後、2人の希望で再びお土産屋の多い通りまで散歩に行き、たくさん覗いて、少しだけ買い物をしました。帰りは、ペンション前を走っていた送電線を頼りに、空を見上げながら別荘地の中を近道して帰ったら意外に早く着けました。

 今日は弟の車での移動が主でしたが、数キロ以上は歩きました。お陰で美味しい料理と一緒に飲んだワインの酔いも手伝ってぐっすり眠れました。

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