EXPO 2005 AICHI JAPAN
17th Visiting Aug. 20, 2005
海上の森シンポジウム
瀬戸愛知県館「森の劇場」で、万博後の海上の森をどう活用するのかをテーマに、シンポジウムがありました。海上の森は当初全面的に万博会場になる予定でしたが、環境団体等から出た会場計画の見直し意見から会場としての面積が大幅に縮小された経緯がある森(里山)です。 主催は愛知県、「海上の森の会」といわゆる環境3団体「世界自然保護基金ジャパン」「日本自然保護協会」「日本野鳥の会」が後援しました。パネル討論のコーディネータとして山根一真氏(愛知県館総合プロデューサー)、パネラーとして、木村光伸氏(海上の森の会会長)、柳沢力氏(瀬戸愛知県館設計者)、古南幸弘氏(野鳥の会自然保護室長)、マリ・クリスチーヌ氏(万博協会広報プロデューサー)が登場しました。 この興味あるテーマに、野鳥の会の一員である私も討論の行方を見守るべく聴衆として参加しました。 討論に先立ち、主催者、来賓の挨拶につづき、林野庁長官の基調講演がありました。ここまでで約1時間、冷房の効いたホールならそろそろ汗も引っ込み、冷房が強いと寒くなりそうなものですが、一向にその気配なし。むしろ暑さは増し、少々頭がボーとしてきて我慢の限界となっているのです。 この暑さの秘密?は、休憩の間に登場した山根氏の説明で分かりました。愛知県館の消費電力は県下に設置された風力発電(場所?)の総出力を上回らないことをベースに設計されており、恒久設備として残さない仮設部分には冷房は設備されていないとのこと。「森の劇場」もいずれ解体される部分になるようで冷房はなし、しかしここで毎日演じられるイベントは14分であり、受忍の限度であるとのことです。 しかし今日ははるかに長い時間、それに立ち見も出る入りで、始まった頃は28℃だったものが31℃にもなったとのこと。そこで全員にうちわが配れら、非常口も開放してのパネル討論に入りました。 |
|||
| シンポジウム始まりのようす 左から、山根・木村・柳沢・古南・マリ各氏 |
|||
シンポジウムは各パネラーの自己紹介から始まり、それぞれが関わった観点からの意見が述べられた。各氏の言葉で印象が深かったことをメモしてみた。 木村氏:今回の万博は、環境万博とも云われているが、私は命の万博だと思う。万博の議論をしていると海上の森へ戻る。 柳沢氏:設計コンペの参考資料は県が用意したものより、反対派の人が用意したものの方が参考になった。 古南氏:検討会議が始まる時に円卓したらと提案したが本当にそういうスタイルになっていたり、議長も自主的に手を挙げた人がなったので驚いた。 マリ氏:検討段階において賛成・反対双方が歩み寄れたのは、良好なコミュニティが作れたからで、日本人が成長した証拠であり、世界で戦争が起こるのもコミュティが不足しているからだと思う。 山根氏:万博の報告書はきれい事だけでなく、いろいろあった経過も書いて残してほしい。 |
|||
| この種のパネル討論は、大抵の場合時間が短くて、ひと回り各パネラーの意見が述べられたあたりで、もう時間が迫っておりあまり突っ込んだ討議までは行けず、消化不良の場合が多い。 今回もご多分に漏れず実質1時間10分しかなかったのでそんな感じであった。前座が無ければもう1時間は取れたのにと思うと残念である。 この中で古南氏から、海上の森の映像をバックに、よりテーマである環境にマッチした提案が繰り返され今の会場計画が出来上がった過程が報告され、環境3団体が単なる反対をしてきたのではない点が理解されたと思った。 |
![]() |
||
![]() |
劇場舞台の背後にある3つのシャッターを揚げると、瀬戸愛知県館のシンボル、移植されたコナラの木が見える。この木の移植の苦労や毎夜やってくるムササビの話が、柳沢氏から語られ興味深かった。 この展示の部分は、劇場とともに屋根、壁面は解体されることになる案が少しであるが、同氏の説明からうかがわれた。 また建物下部に当たる恒久部分は、万博終了後は里山活動の拠点になる予定である。 |
||
| コナラの木の周りには県内の小学校が廃品や木片で作った、昆虫などの作品が展示されています。この中に私の母校、鶴舞(つるま)小学校のものがありました。なかなか良い出来でした。 | ![]() |
||
![]() |
内容と室温で白熱した体を癒そうと、M氏、H氏とともに、前に一度行ったビア・ハーレへ行って喉を潤しました。 アラカルト盛合わせはちょっと1杯のおつまみにはボリュームがありすぎて、2人前の感じでした。前回(No.14)もそうでしたが、ここはお値打ちです。一度足を運ぶ価値あり?です。 |
||