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ひげもじゃが”ドラエモン”、当地では”ゴジラ”、赤ん坊はその子供で ”コジラ”。
地上の星も子守(孫守)に隠れて高い空からは見えにくくなりました。


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地球一周クルーズ船の四角窓キャビンにてご機嫌のXYL(JA6RQL)






少年の日の夢が叶って感激ひとしお、来し方西の彼方の海を見つめるモアイ像七つとご対面。
1997.1.17.身障者を含め300名余りが太平洋のうねりの中をテンダーボートでイースター島
ハンガロア村船着き場に上陸・全員無事帰船できたのは幸運。チリーからのチャーター船による
給油・給水もうまく行き、当時日本大使館占領問題で渡航禁止?中のペルー・カヤオ港へ向かう。




ースター島のモアイ工場ラノララクにて文化財とニアミス?、顎を突き上げているように見えますが
触ってはいません。



台風による高波で15体全部倒れていたものを日本の四国のタダノクレーンが3年に及ぶ
ボランテイアの末、復旧させた曰く付きのモアイ像達。




1997.1.24.日本大使館占領騒ぎのまっただ中のペルー・リマ市近郊のカヤオ港に上陸。
一気に海抜3800Mのクスコに一泊、酸素不足の金魚のように口をパクパクさせ一夜を明かす。
翌日マチュピチュ(老いた峰)遺跡見学登山?眼下にマチュピチュ駅とアマゾン源流を望む。
背景はワイナピチュ(若い峰)。雨の合間遺跡入り口にて。



97.1.30パナマ運河通過。ミラーフローレス第2水門〜第3水門を日本の三菱電機製電気機関車
6台に引かれて東へ進む。水門の向こうがミラーフローレス湖。







パナマ・ガトウン第4水門を出て通行料は900万円!!




ナイル川の帆船群




二人で撮った写真が少ない。ギリシャ・イスラエルを経てエジプト・ポートサイド港に上陸。
カルナック・ルクソール神殿見学後ナイルを渡って王家の谷へ向かう途中のメムノンの巨像。
後の王の神殿建設のためにこの像の神殿は剥ぎ取られたという。(1997.3.2.)




1997.3.3.スエズ運河を北から入って1時間ほどのところ。南行第2コンボイ第1船のため
前方を遮る物もなく砂漠の中の河としか見えないが、此処に故水野哲太郎率いる五栄土木の
20年(1961−’80)に及ぶ知恵と度胸のドラマがあったことを最近NHKTV番組”プロジェクトX”
で知ることとなる。12万人の犠牲を払って幅78mで開通した物をタンカーの大型化に伴い幅深さ
ともに倍以上にしたもの。ドラマの陰には水中の中東戦争の不発弾3000発を処理した日本探鉱と
宇田川潜水士の腕と度胸・アメリカの特殊カッター44Dに優る54Dを開発した金田さんの知恵・
空襲のさなか追加入札にただ1社現れた水野社長の目の奥にライオンを感じたと言う当時の
エジプト・スエズ運河庁長官の話など、日本国民として誇りに思うことしきり。このとき故水野社長は
「進んでも爆弾、引き返しても爆弾なら行きましょう」と静かに言ったという。
実際の施工場所は水中ダイビングのメッカ紅海への出口に近い岩盤の堅い所だった。





常に補修工事が行われている。



中東戦争勝利記念碑と戦車などの残骸。



スエズ運河南方イスマイリヤ市沖テイムサハ湖で北行き第1コンボイ十数隻をやり過ごすため
2時間ほど仮泊。カーコンテナ船が砂漠の上を走っているように見える。



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